2015年1月27日 (火)

2015年1月27日 朝の10時過ぎまでは雨降り・そのあと日が射し暖かい春の陽気に・紅梅が咲き始めた・春は確実に近づいてきた。

家のすべての窓を開け、春の暖かい空気を室内に呼び込む。 母屋を包み込む樹齢約350年の椎の大木。 2階の窓を開けると、手の届くところに椿の大木が。  

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房総半島 富津岬の海は、青く澄みわたり南の島の海を思わせる。2015年1月26日

この日は、あいにく富士山方向は靄がかかり見えない・残念。(ここからの富士山は、一番美しい) 展望台より富津岬  

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2015年1月25日 (日)

2015年1月25日(日)ユンボを使って竹林の整備 淵田さん小杉さん三條場さんと尾高・午後は、上のヒノキ山の畑の整備。

    午後からは、上のヒノキ山の畑を、耕運機を使って耕す。(黒色の土は、ふかふかで耕すのは、気持ちがいい・この畑も、無農薬・無化学肥料で野菜を育てている。       夕方4時過ぎに、耕し終えた。         この畑の一番日当たりがよく、水はけの良いところに、昨年の3月に、 鎌足桜保存会からいただいた苗木5本のうちの1本を植えた・生育は順調・4月中旬に咲くのが待ちどうしい。          

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2015年1月23日 (金)

きみさらず大橋のたもとには,ヤマトタケルノミコト(倭建命}とオトタチバナヒメ(弟橘姫)の銅像が菅生の里と小櫃川を見下ろしている・菅生遺跡周辺の散歩 中尾の家から北に500メートルほどの菅生遺跡周辺を歩いてみた。2015年1月23日

きみさらず大橋のたもとには,ヤマトタケルノミコト(倭建命}とオトタチバナヒメ(弟橘姫)の銅像が菅生の里と小櫃川上流を見下ろしている。 この、きみさらず大橋の下流側からは、小櫃川の上に富士山がくっきりと見え、富士山の撮影のポイントにもなっている。 小櫃川の上流方向を望む   平景清陣屋跡・平安時代末期の武将・この近くに景清の井戸がある。 水道の取水口の上流には、馬頭観音が。 馬頭観音

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解明が待たれる・菅生(すごう)遺跡調査の今後の課題・菅生遺跡調査の重要性について 木更津市教育委員会 文化課 酒巻忠史主幹、今後の展望を語る。2015年1月22日ふるさと歴史講座にて。

解明が待たれる現在の菅生遺跡は、この小櫃川の右側のカーブしている地点・小櫃川の河川改修でその大部分は川の中に。   ●菅生遺跡の発見 ○菅生遺跡 木更津市菅生、大寺付近に広がる弥生時代、古墳時代、奈良時代の遺跡。 ○発見者 大寺在住の宮本寿吉氏 ○発見のきっかけ 小櫃川の河川工事で出土した遺物を発見したことによる。 菅生遺跡調査の重要性 ○1938年(昭和13年)当時、全国的にも数少ない、低地の遺跡の調査が行われたこと。 ○金鈴塚古墳と、並ぶ、全国的にも有名な遺跡であること。 ○菅生遺跡調査団のメンバーにより、相里}遺跡,松面古墳などの調査も行われ、多くの成果を上げていること。 ○当時・新聞報道や講演会の開催により、遺跡の重要性が広まり、学会や地元から物心両面の援助が得られたこと。 菅生遺跡調査の今後の課題 ○古墳時代後期の遺物の出土が多く、長須賀古墳群(金鈴塚古墳・松面古墳など}との関連性が想定されること。 遺跡の範囲、大溝の南側への延長は、どれほどのものか、水田跡の広がりなど、解明すべき課題は多い。 以上のまとめを、ふるさと歴史講座 第9回学習会で 木更津市教育委員会 文化課 主幹 酒巻忠史氏が講演した。 素晴らしい講演であった。  この先、菅生遺跡の解明が進み、古墳時代の菅生のリアルな姿が解明されることを願っている。 菅生遺跡とは・ネットより検索・転載 菅生遺跡 すごういせき 千葉県木更津(きさらづ)市大字菅生より、現在の小櫃川(おびつがわ)河床を経て、大字大寺(おおてら)に至る古代水路を中心とした集落遺跡。1937年(昭和12)より73年の間、第一次より第三次まで延べ9回にわたる発掘調査が行われた。 現地は下層に弥生(やよい)中~後期、中層に古墳時代後期、上層に奈良・平安時代の遺構・遺物を出土している。弥生中期の第二号住居跡では多くの完形土器とともに、関東には珍しい太形蛤刃状(ふとがたはまぐりばじよう)石器二のほか、柱状抉入(ちゆうじようえぐりいり)石器五、鉄斧(てつぷ)二を出土した。 遺跡の中心をなす中層では、土師器(はじき)や須恵器(すえき)とともに大量の木製容器や坐臥(ざが)具、装身具、紡績具、機織(はたおり)具、祭器具、農具、建築材などを出土し、古墳時代の民衆生活を知る有力な手掛りとなった。[乙益重隆] 乙益 重隆 オトマス シゲタカ 昭和・平成期の考古学者 国学院大学名誉教授。 生年大正8(1919)年1月7日 没年平成3(1991)年3月2日 出生地熊本県球磨郡免田村(現・免田町) 学歴〔年〕国学院大学文学部国史学科〔昭和16年〕卒 主な受賞名〔年〕熊日社会賞〔昭和38年〕 経歴昭和22年球磨農学校教諭、24年熊本女子大学助手、38年教授を経て、45年国学院大学教授に就任、のち考古学資料館長兼任、平成元年定年退職し名誉教授。日本考古学協会委員長、文化財保護審議会専門委員なども務めた。著書に「朝鮮の在来農具」「肥後上代文化史」「装飾古墳と文様」(共著)など。

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2015年1月22日 (木)

菅生遺跡 ふるさと歴史講座 2015年1月22日 東清公民館にて 講師 木更津市教育委員会 酒巻忠史主幹

上総菅生遺跡は、この小櫃川の右側のカーブしている地点・小櫃川の河川改修でその大部分は川の中に。 菅生遺跡 ふるさと歴史講座 2015年1月22日 東清公民館にて 講師 木更津市教育委員会 酒巻忠史主幹 4 病院跡から朝日町のジャスコを望む   各 各写真をクリックすると拡大します。 上総大寺廃寺は、中尾の自宅から北に約1,6キロの地点にあります。 上総大寺廃寺石製路盤 大寺廃寺は、出土した軒丸瓦の文様(複弁八菜蓮華文}によって、奈良飛鳥の四大寺の一つ川原寺との関連が非常に高いとみられ、この川原寺の創建年代に近い、7世紀後半につくられた上総国最古の寺院と思われます。木更津市教育委員会より転載。 写真の左から2番目が大場磐雄先生 弥生時代の水田跡と飛鳥時代の行政府跡? 奈良の川原寺のHPへリンク http://www9.plala.or.jp/kinomuku/kawaradera.htm これ以下はネットからの転載   これまでに大場氏による菅生遺跡における調査の写真資料は昭和53(1978)年に出版された『上総菅生遺跡』の他、様々な論文の中で引用されており、その概要が窺える。写真資料に関しても、これらの論文中に度々用いられており、ここではその内容の一部に触れてみたい。   調査当時の周辺環境がわかる遺跡の遠景写真・遺構写真は、戦後急速に変化した当地における開発が開始される以前の状況を知る上でも非常に示唆的である。例えば大場氏は『上総菅生遺跡』の報告書中の第1図、第4図、第12図などで、また、参考文献の幾つかの論文における遺跡遠望でも菅生遺跡を中心とした周辺環境を一瞥できる写真を利用している。また河川改修によって流路を何度か変更している小櫃川の昭和初期当時の状況も窺える資料としての意義も看過できない。この他、発掘調査参加者による集合写真、遺物写真なども多数残されている。 この中には人物を特定できる資料も多い。遺物写真は報告書中に未掲載の遺物出土状況の写真も多数含まれており、土器はもとより大きな成果をあげた木器や木製品などの出土状態なども窺える。   本調査と併せて大場氏は周辺の他の遺跡に関しても調査を行なっており、今回の資料中にいくつか認めることができた。確認できた中で2、3例を挙げると相里古墳は昭和13年5月の菅生遺跡第1次、第3回調査の際に大場氏が調査を行なって。『楽石雑筆』の記事からは遺物の出土も認められているが、当資料の中には石室の状態を写した遺構写真が残されている。   また大場氏は当調査中、双魚佩や環頭太刀の出土で著名な松面古墳の調査を実施している。松面古墳は調査当時、産業組合病院裏古墳とされ、のち大場氏による『日本古文化序説』の中では元新地古墳、『上総菅生遺跡』中では君津病院内古墳(周辺遺跡の図中では松面古墳)と称されている。調査は菅生遺跡第1次、第4回調査の昭和13年7月に実施されているが、他に当古墳の概要を記した報告等がなされていないため、今回の資料中に存在している石室や墳丘の写真資料は、かなり破壊を受けた段階ではあるが公開する意義が大きい。この他にも菅生遺跡のすぐ北側に位置する古代寺院の大寺廃寺など木更津付近一帯の調査を行っている資料も存在する。   次に菅生遺跡の現況について述べてみたい。現在、菅生遺跡では大場氏が調査した地点はその大部分が小櫃川の流路中にあり、原形を留めていない。 また詳細な調査地点に関しても、第1次調査時から65年の時を経て、現地の地理的状況は河川の流れを含めて全く変わってしまい、正確な位置に関する知見を得ることは出来なかった。   菅生遺跡周辺では、大寺浄水場建設に伴う菅生第2遺跡の調査の後、菅生遺跡も千葉県、木更津市による調査がされており、資料の蓄積が進んでいる。 一方で、大寺浄水場や菅生の西側を南北に伸びて小櫃川をまたぐ東京湾アクアライン連絡道などの開発によって菅生遺跡の取り巻く環境は大きく様変わりしている。また、大きな手掛かりとなる小櫃川の流路が変ってしまい、旧流路が消滅してしまった現在では、遺跡の原状を考察する事は非常に困難である。 しかし、遺跡の遠景写真で見られるような高千穂古墳群が存在する丘陵などはそのまま確認することができる。そして遺跡現場自体は、大寺浄水場の南側の小櫃川が北側に大きく屈曲する部分のやや東側の河床であることは、報告書等の図上から推測可能であり、今回はこの地点の現在の実地調査を行なうこととした。   調査は平成15年1月18日に実施し、撮影はそれぞれ遺跡の北側、西側、南側から行なった。写真1、写真3に見える高架の道路が東京湾アクアライン連絡道であり、写真2はその上から撮影した。写真2では小櫃川が大きく屈曲している箇所が確認でき、菅生遺跡の場所が比較的分かり易い。また写真2右手側は高千穂古墳群のある丘陵、左手側は大寺浄水場である。正確な遺跡の位置に関しては問題もあるが、菅生遺跡周辺の21世紀初頭の様子を「定点撮影」するという意義をこめている。また、近年活発に議論され、本フロンティア事業内においても懸案の一つとなっている画像資料の活用という面からも、遺跡調査時と現状の比較ということで現況の報告を行なった。   菅生遺跡において大場氏が発掘を行った正確な位置に関しては、遺跡の失われてしまった現在トレンチの位置など正確には不明な点が多いが、残された写真資料は調査地を特定する手掛かりとなる情報が多く含まれている。こうした細かい調査区がどの部分にあたるかなど、残された課題は大きい。また考古学ばかりではなく昭和13(1938)年当時の菅生における「定点撮影」として他分野の利用も想定できる。当新出資料に限らず広汎にわたる研究利用に供するよう、これからも作業を継続していきたい。   なお、菅生遺跡の現地調査や文献収集にあたっては君津郡市文化財センターの光江章氏、木更津市金鈴塚遺物保存館の稲葉昭智氏に多大なるご助力を頂いた。記して謝意を表したい。 (髙野晶文) 〔参考文献〕 『 大場磐雄 1938.3 「上総菅生遺跡(予報第一回)」『考古学』9-3,p109~116,東京考古学会 大場磐雄 1938.5 「地底の宝庫 清川遺跡を発掘して」『科学画報』27-5,p50~51・105~111,誠文堂新光社 大場磐雄 1938.10 「上総菅生遺跡(予報第二回)」『考古学』9-10,p469~480,東京考古学会 大場磐雄 1938.11 「上総清川村菅生遺跡発掘日録」『上代文化』16,p1~9,上代文化研究会 大場磐雄 1939.1 「上総菅生遺跡の一考察(一)」『考古学雑誌』29-1,p1~8,考古学会 大場磐雄 1939.3 「上総菅生遺跡の一考察(二)」『考古学雑誌』29-3,p154~169,考古学会 大場磐雄 1943.2 『日本古文化序説』明世堂 大場磐雄 1948.10 「千葉県木更津市菅生遺跡の研究」『上代文化』18,p1~10,國學院大学考古学会 大場磐雄 1951.4 「菅生遺跡回顧」『房総展望』5-4,p2~4,房総展望社 菅生遺跡調査団・木更津市教育委員会 1973.6 『上総菅生遺跡 -昭和47年度第1期調査速報-』 大場磐雄 1977.1 『大場磐雄著作集第八巻 楽石雑筆(下)』雄山閣出版 木更津市菅生遺跡調査団編 1980.3 『上総菅生遺跡』中央公論美術出版

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あいにくの雨だが、父親の命日を明日に控えお墓詣りに 2015年1月22日

そして、1月24日は、母親の誕生日。

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2015年1月20日 (火)

淵田弥吉さんテーブルと倉庫の窓の修理を行ってくれる・午後は、伊豆島の屋敷跡の竹林の畑の整備を行う。2015年1月20日2015年1月20日 

この倉庫の窓(撮影スタジオに使用)は,一昨年の大風の強風で石が飛び、ガラスにひびが入っていたが、アクリル板で補強をして外観はきれいになった。 午後は、伊豆島の屋敷跡の竹林の畑の整備を耕耘機を使って行った。  

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伊豆島の屋敷跡の畑と・竹林の畑を耕耘機を使って耕す。2015年1月19日

   

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2015年1月17日 (土)

伊豆島の屋敷跡の里山の畑整備を3トンユンボを使って行う・ユンボは里山整備には大事な助っ人。2015年1月17日から18日

今年初めての里山整備を淵田弥吉さん小杉武さんと尾高の3人でおこなった。  3トンユンボのパワーはすごい・1年も放置していた畑をどんどん整備していく。   初めは屋敷跡の畑に積み上げられている藁と枝を深さ約2メートルの穴を3ヵ所ほどユンボで堀り、地中に埋める作業。     4 ●屋敷跡の畑の整備を終え、午後からは、上の段のヒノキ山の畑の整備・まづはヒノキ山までの道路確保のためにユンボ大活躍・約150メートルほどの山道を1時間ほどで、軽トラックが通れるようになった。これまで長年の念願であった、ヒノキ山の畑への直接の道路が確保された。 この畑も、ユンボで表土を剥ぎ取り,整地を行った。 夕方の4時ごろには、里山の畑の整備を終えた。重機の力のすごさを改めて実感。

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2015年1月13日 (火)

2015年1月12日 快晴 横浜港大黒埠頭 海釣り公園で孫たちと遊ぶ・この日・日本郵船の豪華客船 飛鳥2が大桟橋に停泊。

横浜港からは、千葉県にある新日鉄は真正面に見える。 海釣りのエリアは、海の上を歩くようになっているので、孫たちは、打ち寄せる波を足の下に見ながら遅る遅る歩いていたが、しばらくすると駈けづり回っている。

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2015年1月 6日 (火)

2015年1月5日 中尾の瓜が谷の集落で不幸があり隣組で、葬儀に参加させていただき部落にあるお寺に納骨のために初めて行った。

掃除が行き届いており、良いお寺だ。

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2015年1月 3日 (土)

2015年1月3日 孫たちの田舎でのお正月 ・霜柱と氷・凧揚げ・コマ回し 

孫たちは、まだ日が当たらない田んぼに、霜柱と氷を見にかけていく。

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2015年1月 1日 (木)

2015年1月1日 初日の出 弥生時代から米作りが行われていた菅生遺跡周辺にも朝日が。

  新年あけましておめでとうございます                     今年もどうぞよろしくお願いいたします。                  木更津中尾伊豆島プロジェクト 尾高俊夫 横浜では、地平線の雲があつく初日の出は8時を過ぎてから雲間から上がってきた。 無農薬で育てた手作りお供え餅。 上総菅生遺跡に朝日・中尾の里山のすぐそばにある菅生遺跡・弥生時代から米作りが行われていた・この小櫃川の右側のカーブしている地点・このことを知ったのはつい半年前のこと・木更津中尾伊豆島プロジェクトの田んぼは、ここ・菅生遺跡から200メートルほどのところにある

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2014年12月31日 (水)

お正月を控えお墓の掃除 2014年12月31日

我が家のお墓は木更津市内のお寺さんの善光寺と蜜蔵寺、そして伊豆島の屋敷跡に2ヵ所の墓地がある。  新年を迎えるために全部のお墓の掃除をおこない・お正月に善光寺での護摩焚き法要に合わせて家族で、お墓詣りを行う。 善光寺にあるお墓 蜜蔵寺にある墓地。 江戸時代の先祖のお墓 伊豆島の屋敷跡の山林にあるお墓 伊豆島の屋敷跡の山林にあるもう一つの墓地

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2014年12月29日 (月)

中尾の里山で初めての4家族の親子で餅つき (今年初めて植えたもち米を使ってお正月のお餅つき)1014年12月28日

今年、初めて植えたもち米を使って、4家族の親子でお正月のお餅をついた。  子供たちにとっても、父親たちにとっても初めての体験。 YouTubeから見る最初の餅つき開始。 YouTubeから見る最後にお正月のお飾り餅をつく。 初めてのお餅つきなので、平野すずゑさんに前日から泊りがけで来ていただきよる遅くまで、準備をおこなった。  当日は10時から開始・総勢18名。  平野すずゑさんの指示に従って順調に準備が進んだ。  途中から平野勝彦さんの参加で餅つきの技を伝授。  みんなで、お餅を食べながら無事、お正月のお餅が出来上がった。 初めての親子でお餅つきは、天候にも恵まれ、人にも恵まれ、楽しい1日になった。  この餅つきは、道具の手配・火燃し・餅つきにと、全般にわったっての淵田弥吉さん協力で実現した・感謝。 お正月のお飾り用の赤いお餅

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2014年12月25日 (木)

孫たちの誕生日会とクリスマス会 2014年12月23日 横浜自宅にて.

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2014年12月21日 (日)

田んぼビオトープの様子 2014年212月20日

これから田んぼビオトープは、本格的な冬に入り田んぼ・水路は凍結する・2月に入って春いちばんが吹き・氷がゆるむと、例年・トウキョウサンショウウオが森から下りてきて産卵を始める。

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2014年12月20日 (土)

伊豆島の竹林掘削道路完成 3トンユンボの力は頼もしい。

この右の土手の上が上の段の畑600坪

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2014年12月18日 (木)

2升までできる餅つき機(タイガー餅つき機SMG)を購入 さっそく試験運転  2014年12月18日早朝

タイガー餅つき2升タイプ 出来上がり直前のお餅 前日、まづ精米機で無農薬のもち米2升を精米・水洗い後水に浸し12時間後・ざるにあけ約30分水切り。 初めてなので、1,4升のもち米でおこなった。 ボイラーに今回はお湯を580cc入れ・蓋をしてスタート。 約45分後・ブザーが鳴ったのでスイッチを切り・蓋をあけ・餅つきスイッチを押す。 約10分後でスイッチを切り・出来上がり。 もちとり粉を引いたトレーに出来上がったお餅を移す。 餅採り粉を付けながら、のし棒で形を作っていく。これで終了・初めてだが失敗なくできた・味は冷やしてから味わってみる。 これで、今度のお正月は、自分たちで作った無農薬のお餅を初めて食べることができる。  

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2014年12月16日 (火)

竹林の作業用道路の仕上げ作業(もう一回重機・ユンボで掘削すると道路は完成する・これで上の畑への農業機械の移動が格段に便利になる)  2014年12月14日 伊豆島にて

  グーグルアースからみた作業現場位置

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2014年12月14日 (日)

里山整備の後の夕食は、みんなで。2014年12月13日

夕食のご飯は、今年の田んぼで採れたもち米を使ってお赤飯。 夕食後は、ゲーム。 太郎君は、あっと言うまに、このゲームに習熟。 近くの家まで電気自動車で帰る。

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重機(ユンボ)による里山整備 竹林に作業用道路を通す 2014年12月13日

房総のかつての里山は、今、竹に覆われて、本来の里山の機能を果たさなくなっている。  竹を農業に使わなくなってからは、竹がどんどん繁殖をして、人の住む近くまで迫ってきた。  里山再生には、この猛烈に繁殖をする竹を重機で排除していかなければ、数年たつと竹に覆われてしまう。  都会からくる人たちは、竹林に覆われた山を見て里山が綺麗に残っていると思う人が多いが、本来の里山はどんどんなくなってきている。これまで、人の手が入り守られてきた里山は、今、放置され、竹が猛烈に繁殖して手を付けられない状態になっているところが多くなってきている。

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2014年12月10日 (水)

中尾の里山の家 お正月を控えキッチンとリビングの模様替え 2014年12月10日

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東京 中目黒 目黒川 冬のイルミナーション 人気NO1  12月25日まで・点灯時間は午後5時から9時まで。東急・中目黒駅の渋谷より高架下の目黒川。2014年12月9日撮影

春の桜見物で、年々人気がたかまってきた目黒川に、この冬初めて冬のイルミナーションがつけられた。  おりしも、ノーベル授賞式と重なり、青のLEDに特化した光景・青の洞窟の人気は凄い。春の桜の花見より混んでいるようだ。車は、平日にもかかわらず大渋滞なので、東急・中目黒の駅のすぐそばですので、電車で見に行くことをお勧め。

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2014年12月 9日 (火)

2014年12月8日 快晴 昨日より暖かい・新年会の回覧版を持って行った帰り・Uターンができなかったのでバック出てきたら、いい加減な運転から道から脱輪・自力ではあがれない・途方に暮れたが、JAFに救援依頼・すぐに来てくれ、アッという間に引っ張ってくれた・感謝。この日は、1日中、庭木の剪定を行った。

 

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2014年12月 7日 (日)

2014年12月7日 この冬一番の寒さ・初霜・初氷が張った。午後は母屋の南側の樹木を伐採し,車3台入れる駐車スペースを確保・これで約20台の車の駐車スペースができた。

一面霜 田んぼの水たまりに薄くこの冬初めての氷がはった。 庭の真ん中の柿の実は昨日の夕方で鳥たちがすべて食べつくした。 午後からは、母屋の南側の樹木を大きく伐採して、新たに車が3台入れる駐車スペースを作った。  

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2014年12月 3日 (水)

中尾の里山の家 母屋のリフォーム続行 家具の入れ変え 2014年12月3日

4 この椅子に座ると椎の大木の眺めがすごい。 幅180センチある大きなソファーを1人でいれるのはきつかった。   右手奥は、先日リフォームした台所。 今日のリフォーム代金0円・家具代0円・みんなもらい物・三條場さんからもらったクリーナーで汚かったソファーがよみがえった/絨毯は三條場さんのリフォームからの廃棄物。 。 台所より

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2014年12月 1日 (月)

中尾の里山の家・台所のリフォーム終了 2014年12月1日

母屋の台所の壁工事が半分残っていたので、壁の表面を剥ぎ落としてペンキを塗った。朝から初めて夕方4時ごろまでかかってしまったが、見違えるほど台所が明るくなった。 台所の外には、樹齢約350年の椎の大木。  

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2014年11月30日 (日)

駆け出しのころ撮影助手として参加した映画をYouTubeから・平安の幻想・免疫を探る。

この仕事で、京都に長くいっているときに、長女が生まれたので、名前を雅子とつけた。 娘は今は2児の母親になっている。 この映画は、スポンサーが資生堂で、化粧の歴史シリーズとして約3年にわたって続く。 その後、免疫を探るで初めて顕微鏡微速度撮影に参加でき、撮影助手として加わり、顕微鏡微速度撮影を身体で覚え、1年ほどは、1人で材料づくりから撮影までできるようになり、その後の人生に大きく寄与した。この撮影は1年半に及び、大阪の大阪大学医学部岸本研究室・撮影場所に藤沢薬品の研究所に1年あまり、そしてリンパ球関係を。 (この時期は、リンパ球の分離ができるようになり・T細胞・サプレッサーT細胞・キラーT細胞・B細胞とリンパ球の分類ができるようになりインビトの実験で、腫瘍細胞と各リンパ球を入れ顕微鏡微速度撮影を行った・この時期が師匠である小林米作氏が切り開いた顕微鏡微速度撮影の技術が最大に生かせた良き時代だった。) 千葉大医学部の多田研究室で半年ほど撮影し最後は予算がつき、1人での撮影が続いたが、偶然に撮影でき、出来上がった作品だ。 この時期は、がん免疫の領域が盛んに研究され、阪大の岸本先生・千葉大の夛田先生が、世界の先端をはしっていた・若手の千葉大の谷口先生は、講師・助教授・教授に短時間になり、モノクロナール抗の最先端の研究成果を世界の学界に発表していたころ。  谷口先生は、海外の学会に行く飛行機の時間の直前まで研究し、成田に車を走らせるという超多忙な研究を行っておりながら、私たちの撮影の材料・各リンパ球を分離してくださった。この時の体験が、忘れられない。 この2本映像は、元城西歯科大学教授 久米川先生が中心に設立したNpo法人科学映像館のご努力により、今、観ることができとことに感謝。

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アンモナイトの記憶からたどる宇宙の渚プロジェクト 関係者が集まって完成祝いの会 2014年11月29日

この曲を再生しながらアンモナイトの記憶からたどる宇宙の渚の各写真をご覧ください。 実際にリフォームをおこなった梅賀正人氏も参加。  

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2014年11月29日 (土)

故 平野勇さんの1周忌の法事 ふるさとの中尾の家で親戚が集まり行われた。2014年11月29日

早々と淵田弥吉さんがお線香をあげに来てくれた。 そのあとは、小杉 武さん家族がお線香をあげに来てくれた。 法事は、11時30分から始まった。あいにくの雨でお墓詣りは、断念。

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2014年11月27日 (木)

中尾の里山再生の拠点倉庫の修理に活躍する淵田弥吉さん 裏の入口にサッシドア・屋根の雨漏り修理。2014年11月27日

作業服をキメている淵田弥吉さん。 2人であれこれやっていると、不思議なことにぴったりとアルミサッシの入口は、入ってしまった。やはり2人で知恵を出し合うとうまくいくのだ。 次は、屋根の雨漏りの修理をおこなった。  

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2014年11月26日 (水)

木更津の内装屋さん・須田さんの頑張り 作業場の一部公開して、ライブハウス・撮影スタジオに。

淵田弥吉さんの友人の内装屋さんに、中尾の家のフスマの張り替えをお願いした。そのお礼にライブハウスでの撮影のアドバイスを頼まれたので、淵田さんと2人で出かけた。  (本番は12月21日の午後6時過ぎから2時間ほどで、約20人のほどが集まるとのこと。  車に撮影機材を積んで出かけた。) 今回は、尾高が撮影を行うのではなく、須田さんのこれまでやりたくてもできなかったことを、技術面と機材面でバックアップすることが目的だ。 今日は、3時間ほどかけて、撮影機材の使い方を見せた。 本番前までには、どの機材を使って撮影をおこなえば、べストかを身体で覚えて欲しい。          

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2014年11月25日 (火)

中尾の家 母屋の台所の壁を塗る  2014年11月25日 一日中雨・明日も雨。

母屋の畳を新しくすると、急にあちこち不具合なところが目につき出した。  午前中は、母屋の玄関と廊下にカーペットを敷いた。  午後からは、母屋の台所の壁を塗えい始めた。  

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淵田弥吉さんと2人で、2年前この里山を購入以来放置していた倉庫裏の改修を始める 2014年11月24日

改修工事前に雑然入っている道具類とごみを全部外に出す。 工事を始める前の様子。 淵田弥吉さん床張り工事開始。 床が完成した・手際よくきれいに仕上がった。  

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2014年11月23日 (日)

横浜に住む孫たちの人生記念樹を植える(横浜みどりアップ計画)

横浜みどりアップ計画のHPへリンク http://www.city.yokohama.lg.jp/kankyo/etc/jyorei/keikaku/midori-up/midori-up-plan/about-midori-up/about-midoriup.html 上の孫が小学校に入ったのを機会に、孫たち2人で記念樹を 植えた。 ミカンの木を植える。 ミカンの木を植え終え記念撮影 家を見下ろす高台の北風を遮る南斜面にミカンの木を植えた。 家の前の花壇には、ハナミズキとドウダンツツジを植える。

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伊豆島の里山整備をユンボを使って小杉さんが行う 約200メートルの軽トラックが通れる農道を作る。

隣のユンボ好きに康夫さんと小杉さん。 この里山の敷地の周りに農道を作る。 またクローラーのベルトが片側外れてしまったが、小杉さんは、すぐに修理を行い使えるようになった。 耕耘機などを保管するコンテナー・アプローチを土で盛る。

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中尾の里山の家 母屋の畳替え 近所の畳屋さん 小櫃の河名さんに依頼した・丁寧な仕事ぶり、素晴らしい・母屋の雰囲気がガラッと変わった。

河名畳店(かわな)は久留里線小櫃駅から2キロほどの君津市戸崎901・携帯090-1115-2971   座布団カバーも統一した。 これで、来週末の故平野 勇さんの1周忌の集まりの準備が整った。

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2014年11月21日 (金)

廃棄処分する絨毯(約65平方メートル)を無料でもらい、高圧洗浄機でクリーニングを行い再利用 2014年11月21日 

 

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アンモナイトの記憶からたどる宇宙の渚プロジェクト リフォーム完成 2014年11月19日撮影

この曲を再生しながらアンモナイトの記憶からたどる宇宙の渚の動画と各写真をご覧ください。

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2014年11月20日 (木)

梅賀正人 リフォームを語る アンモナイトの記憶からたどる宇宙の渚プロジェクトの最後の日に撮影 2014年11月19日

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2014年11月19日 (水)

絨毯張りの技に驚く三條場洋子さん アンモナイトの記憶からたどる宇宙の渚プロジェクト 2014年11月18日撮影

絨毯張りの技に驚く三條場洋子さん アンモナイトの記憶からたどる宇宙の渚プロジェクト 2014年11月18日撮影 三條場洋子さん

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2014年11月16日 (日)

伊豆島の屋敷跡の里山整備に3トンユンボ活躍 2014年11月16日(日)

早朝6時から作業開始・小杉 武さん運転のユンボは力強く作業開始。   大きな大木の切り株をどんどん掘り起こしていく・頼もしい。 10時の休憩で、三條場さんからコヒーとお菓子の差し入れ。 ユンボの運転台に初めて乗って得意顔の三條場洋子さん この日、掘り起こした切り株は10株になった・カブトムシの住み家には最適だ。

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アンモナイトの記憶からたどる宇宙の渚プロジェクト リフォーム工事ピークを迎える・この工事は、梅賀正人さんが主宰する、Arrange Spaceが行っている。この集団は、根っからの職人魂を持った集まりで、空間の素敵な活用が得意な集団。2014年11月13日

ガーデンプレイスの入口にある宇宙の構成 Arrange Spaceの梅賀正人さん、今日はぶち剝いた壁の仕上げ・親子で息の合った仕事を行っている。梅賀さんは、Arrange Spaceを主宰し(内装業)、空間の素敵な活用のお手伝いが得意な根っからの職人魂を持っている人。    

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2014年11月13日 (木)

アンモナイトの記憶からたどる宇宙の渚プロジェクト 内装屋さん(クロス張り)の三宅友好さんの頑張り 2014年11月13日

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2014年11月12日 (水)

中尾の里山の家のリフォーム開始 もっと里山の家に。2014年11月11日

まづは、畳表の張り替え 中廊下・椎の巨木の下の茶の間から玄関を望む 椎の巨木{樹齢約300年)の下の茶の間 茶の間の北側の台所 食器入れの納戸 4 新宅とのつなぎ廊下より台所を望む。 夕方暗くなって、畳を外した部屋の掃除を始める 畳表を新しいものにするために小櫃の畳屋の川名さんにお願いした。畳表を交換する前に10日ほど畳床を乾してから畳表を変えてくれるとのこと、丁寧な仕事ぶり、ありがたい。 掃除終了後  

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2014年11月11日 (火)

梅賀正人さんの仕事ぶり・東京湾からの海風が、この部屋を通り抜けることができるようになり、より一層解放系の開かれた空間出現・アンモナイトの記憶からたどる宇宙の渚プロジェクト リビングの壁ぶち抜き貫通 2014年11月11日 撮影 三條場洋子

梅賀正人リフォームを語る。 この工事は、梅賀正人さんが主宰する、Arrange Spaceが行っている。   この集団は、根っからの職人魂を持った集まりで、空間の素敵な活用が得意な集団。   壁をぶち抜いたおかげで、東京湾からの海風が、この部屋を通り抜けることができるようになり、より一層宇宙の渚につながる空間になった。

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2014年11月10日 (月)

朝から快晴・無風。日が射すと暖かい・皇帝ダリアが咲き始める・庭の菊を生ける。2014年11月10日

皇帝ダリア 庭の菊を昨日とって生けた・朝日を浴び輝いて見える。  

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完熟の庭の柿 小杉武さんと和嶋さん親子で柿もぎ。2014年11月9日

中尾の家の庭の真ん中にある柿木には、11月に入っても柿がたわわになっている。このところの寒さからか一段と甘くなってきた。昼間は、里山に住む鳥たちの食事の場になっている。 手の届くところが無くなってしまったので、軽トラックの荷台に乗って小杉さんが器用に柿を採り和嶋さん親子が、下で網で柿をうけとめる連携プレー。 竹の先を割ってひもでくくっただけの竹竿だが、よく採れる。 大きくて立派な完熟のおいしい柿が採れた。

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2014年11月 8日 (土)

木更津市郷土博物館金のすずでは、特別展・みなとまち木更津400年が開催されている。木更津発見の旅に・ぜひ一度大田山へ 

展示もこれまでになく充実しているのでお勧め。 木更津市郷土博物館金のすずへリンク http://www.city.kisarazu.lg.jp/13,491,38,262.html 木更津市 市制70周年記念 図説 木更津のあゆみ が平成24年11月3日に刊行されている。  各分野の専門家がまとめた図説でわかりやすく完成度の高い物だ。税込2000円 これも木更津市郷土博物館金のすずで手に入る。

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3トン・ユンボの排土板の油圧ポンプの油漏れを自力で直した小杉 武さん これで、この冬里山整備が行える。2014年11月8日試運転OK

試運転開始 この排土板の油圧ポンプからの油漏れ 修理後の試運転OK/これからの季節は里山整備にベスト・ユンボの活躍を期待  

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2014年11月 7日 (金)

アンモナイトの記憶からたどる宇宙の渚プロジェクト リフォーム開始 壁をぶち抜きリビングと一体化。2014年11月7日

 

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2014年11月 6日 (木)

上総菅生(すごう)遺跡(小櫃川に沿った) 弥生時代から稲作がおこなわれ古墳時代にかけて、この一帯は栄えた。写真の中央の建物(取水場)の後ろには、奈良の川原寺と同年代の古代寺院の大寺廃寺跡がある。

◎各写真をクリックすると拡大写真になります 上総菅生遺跡は、この小櫃川の右側のカーブしている地点・小櫃川の河川改修でその大部分は川の中に。 奈良の川原寺のHPへリンク http://www9.plala.or.jp/kinomuku/kawaradera.htm これ以下はネットからの転載   これまでに大場氏による菅生遺跡における調査の写真資料は昭和53(1978)年に出版された『上総菅生遺跡』の他、様々な論文の中で引用されており、その概要が窺える。写真資料に関しても、これらの論文中に度々用いられており、ここではその内容の一部に触れてみたい。   調査当時の周辺環境がわかる遺跡の遠景写真・遺構写真は、戦後急速に変化した当地における開発が開始される以前の状況を知る上でも非常に示唆的である。例えば大場氏は『上総菅生遺跡』の報告書中の第1図、第4図、第12図などで、また、参考文献の幾つかの論文における遺跡遠望でも菅生遺跡を中心とした周辺環境を一瞥できる写真を利用している。また河川改修によって流路を何度か変更している小櫃川の昭和初期当時の状況も窺える資料としての意義も看過できない。この他、発掘調査参加者による集合写真、遺物写真なども多数残されている。 この中には人物を特定できる資料も多い。遺物写真は報告書中に未掲載の遺物出土状況の写真も多数含まれており、土器はもとより大きな成果をあげた木器や木製品などの出土状態なども窺える。   本調査と併せて大場氏は周辺の他の遺跡に関しても調査を行なっており、今回の資料中にいくつか認めることができた。確認できた中で2、3例を挙げると相里古墳は昭和13年5月の菅生遺跡第1次、第3回調査の際に大場氏が調査を行なって。『楽石雑筆』の記事からは遺物の出土も認められているが、当資料の中には石室の状態を写した遺構写真が残されている。   また大場氏は当調査中、双魚佩や環頭太刀の出土で著名な松面古墳の調査を実施している。松面古墳は調査当時、産業組合病院裏古墳とされ、のち大場氏による『日本古文化序説』の中では元新地古墳、『上総菅生遺跡』中では君津病院内古墳(周辺遺跡の図中では松面古墳)と称されている。調査は菅生遺跡第1次、第4回調査の昭和13年7月に実施されているが、他に当古墳の概要を記した報告等がなされていないため、今回の資料中に存在している石室や墳丘の写真資料は、かなり破壊を受けた段階ではあるが公開する意義が大きい。この他にも菅生遺跡のすぐ北側に位置する古代寺院の大寺廃寺など木更津付近一帯の調査を行っている資料も存在する。   次に菅生遺跡の現況について述べてみたい。現在、菅生遺跡では大場氏が調査した地点はその大部分が小櫃川の流路中にあり、原形を留めていない。 また詳細な調査地点に関しても、第1次調査時から65年の時を経て、現地の地理的状況は河川の流れを含めて全く変わってしまい、正確な位置に関する知見を得ることは出来なかった。   菅生遺跡周辺では、大寺浄水場建設に伴う菅生第2遺跡の調査の後、菅生遺跡も千葉県、木更津市による調査がされており、資料の蓄積が進んでいる。 一方で、大寺浄水場や菅生の西側を南北に伸びて小櫃川をまたぐ東京湾アクアライン連絡道などの開発によって菅生遺跡の取り巻く環境は大きく様変わりしている。また、大きな手掛かりとなる小櫃川の流路が変ってしまい、旧流路が消滅してしまった現在では、遺跡の原状を考察する事は非常に困難である。 しかし、遺跡の遠景写真で見られるような高千穂古墳群が存在する丘陵などはそのまま確認することができる。そして遺跡現場自体は、大寺浄水場の南側の小櫃川が北側に大きく屈曲する部分のやや東側の河床であることは、報告書等の図上から推測可能であり、今回はこの地点の現在の実地調査を行なうこととした。   調査は平成15年1月18日に実施し、撮影はそれぞれ遺跡の北側、西側、南側から行なった。写真1、写真3に見える高架の道路が東京湾アクアライン連絡道であり、写真2はその上から撮影した。写真2では小櫃川が大きく屈曲している箇所が確認でき、菅生遺跡の場所が比較的分かり易い。また写真2右手側は高千穂古墳群のある丘陵、左手側は大寺浄水場である。正確な遺跡の位置に関しては問題もあるが、菅生遺跡周辺の21世紀初頭の様子を「定点撮影」するという意義をこめている。また、近年活発に議論され、本フロンティア事業内においても懸案の一つとなっている画像資料の活用という面からも、遺跡調査時と現状の比較ということで現況の報告を行なった。   菅生遺跡において大場氏が発掘を行った正確な位置に関しては、遺跡の失われてしまった現在トレンチの位置など正確には不明な点が多いが、残された写真資料は調査地を特定する手掛かりとなる情報が多く含まれている。こうした細かい調査区がどの部分にあたるかなど、残された課題は大きい。また考古学ばかりではなく昭和13(1938)年当時の菅生における「定点撮影」として他分野の利用も想定できる。当新出資料に限らず広汎にわたる研究利用に供するよう、これからも作業を継続していきたい。   なお、菅生遺跡の現地調査や文献収集にあたっては君津郡市文化財センターの光江章氏、木更津市金鈴塚遺物保存館の稲葉昭智氏に多大なるご助力を頂いた。記して謝意を表したい。 (髙野晶文) 〔参考文献〕 『 大場磐雄 1938.3 「上総菅生遺跡(予報第一回)」『考古学』9-3,p109~116,東京考古学会 大場磐雄 1938.5 「地底の宝庫 清川遺跡を発掘して」『科学画報』27-5,p50~51・105~111,誠文堂新光社 大場磐雄 1938.10 「上総菅生遺跡(予報第二回)」『考古学』9-10,p469~480,東京考古学会 大場磐雄 1938.11 「上総清川村菅生遺跡発掘日録」『上代文化』16,p1~9,上代文化研究会 大場磐雄 1939.1 「上総菅生遺跡の一考察(一)」『考古学雑誌』29-1,p1~8,考古学会 大場磐雄 1939.3 「上総菅生遺跡の一考察(二)」『考古学雑誌』29-3,p154~169,考古学会 大場磐雄 1943.2 『日本古文化序説』明世堂 大場磐雄 1948.10 「千葉県木更津市菅生遺跡の研究」『上代文化』18,p1~10,國學院大学考古学会 大場磐雄 1951.4 「菅生遺跡回顧」『房総展望』5-4,p2~4,房総展望社 菅生遺跡調査団・木更津市教育委員会 1973.6 『上総菅生遺跡 -昭和47年度第1期調査速報-』 大場磐雄 1977.1 『大場磐雄著作集第八巻 楽石雑筆(下)』雄山閣出版 木更津市菅生遺跡調査団編 1980.3 『上総菅生遺跡』中央公論美術出版 古代寺院 大寺廃寺跡 各 各写真をクリックすると拡大します。 上総大寺廃寺は、中尾の自宅から北に約1,6キロの地点にあります。 上総大寺廃寺石製路盤 大寺廃寺は、出土した軒丸瓦の文様(複弁八菜蓮華文}によって、奈良飛鳥の四大寺の一つ川原寺との関連が非常に高いとみられ、この川原寺の創建年代に近い、7世紀後半につくられた上総国最古の寺院と思われます。木更津市教育委員会より転載。 写真の左から2番目が大場磐雄先生 弥生時代の水田跡と飛鳥時代の行政府跡?

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秋晴れ・秋深まる中尾の里山で近所の親戚一同で、干し柿づくりと銀杏づくり 2014年11月4日 

朝10時親戚一同集合し、まづはお茶を。途中から蔵書の整理している 三條場さんもお茶に。 伊豆島の山の渋柿とりに。 中尾の里山の家に帰り、さっそく高圧洗浄機で銀杏の外側の皮を吹き飛ばす。 皮を剝いた銀杏をすぐに天日干し 庭の甘柿を 昼食は、無農薬・無肥料で育てたもち米で、お赤飯を焚き・みんなで持ち寄ったおかずで。 三條場さんも一緒に昼食 干し柿づくり お手製の便利な皮むき器 沸騰する熱湯に入れて消毒を行う 採った柿の整理

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アンモナイトの記憶からたどる宇宙の渚プロジェクト 蔵書の整理を木更津市中尾の里山の家にて 

今日は、ちょうど近所の親戚の人たちが、柿もぎと銀杏拾いに。  

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恵比寿ガーデンプレイスの中央広場には、今年もバカラ製の巨大シャンデリアが設置される。2014年11月3日撮影

2014年11月3日撮影・恵比寿ガーデンプレイスの中央広場には、今年もバカラ製の巨大シャンデリアが設置される。

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晩秋の木更津港の夕焼けは素晴らしい。

晩秋のころの木更津港の夕焼けは、素晴らしい。正面には、新日鉄の製鉄所、その右側には、夕焼けに染まる富士山が、望める。 港の岸壁では、釣り人が。 いずれの写真も撮影は三條場洋子氏。

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2014年11月 2日 (日)

前野寿邦の3Dネット美術館構想を前野寿邦氏に直接、じっくり聞くコピーライターの三條場洋子氏 2014年11月1日 東京・南青山の滞在さきで。前野寿邦(としくに)氏は、パリ在住34年になる美術評論家。

  今、世界中で人気のある3D/4D映画・アンと雪の女王/一部をyoutubeから動画配信脅威のアクセス数を更新中・ぜひ4D版上映を劇場で観てほしい・これまでの映画にない新しい世界を体験することができる。  

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2014年10月31日 (金)

前野寿邦の3Dネット美術館構想 パリ在住・美術評論家の前野寿邦(としくに)氏来日・南青山の滞在先で、来日の目的、そして今後の抱負をお聞きする。2014年10月31日

 今回は、前野氏のネット美術館構想を中心に、より具体的にお話していただいた。  この構想が実現すると素晴らしい。 翌日,前野寿邦氏にコピーライター三條場洋子がインタビュー    

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2014年10月29日 (水)

齋藤修三さん ヒヨウタンの最後の洗い・そして天日乾燥。 淵田弥吉さん 軽トラックに材木を満載して持ってきてくれた・この材料で倉庫の改修を行う。2014年10月29日

淵田弥吉さん、倉庫修理のための材木を持ってきてくれた。  

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2014年10月26日 (日)

アンモナイトの記憶からたどる宇宙の渚プロジェクト始動 東京・恵比寿 高層マンション12階のマイホームをリフォーム始動・初めにイメージを共有化するための試み。

この高層マンションのあるところから南に200メートルほどのところに恵比寿ガーデンプレイスがある。  その入口に三澤憲司氏のモ二メント・宇宙の構成がドーーンート置いてある。その作品に触発され、この部屋のリフォームのイメージを、宇宙の渚 アンモナイトの記憶から。 リフォームのイメージをより鮮明にするために・ 可能な限りの荷物を撤去し、この部屋の本来持っている素のパワー(力・エネルギー)を探る試み・写真を撮りブログにアップしイメージの共有化。 三澤憲司氏のモ二メント・宇宙の構成・ネットより画像転載 この部屋の北東側の小窓からはからは、トウキョウタワーが アンモナイトの化石   天井の照明 この部屋からはお台場方向が望める(東向き) この椅子に座り、ゆっくりと日の出を見ることから始まる この壁を取り除いてリビングと一体化する。 リビング側から見た壁開口部  

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2014年10月21日 (火)

トウキョウサンショウウオの産卵に備えてビオトープの草刈りを行う

今年の五月に源氏ほたるの鑑賞会に備えて草刈りを行った。 そのあと4か月余り放置していたらビオトープは、夏の間に生えた草に埋もれていた。  今日は、大まかに全体の草刈りを行った。あと延べ1週間ぐらい手を入れないといけない。    

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ちばアクアラインマラソン ほたる野通過(元伊豆島地区) 35,5キロポイント 

この日は、ちばアクアラインマラソンのため、この地区では、11時20分より午後4時まで完全に交通が遮断されるので、伊豆島の屋敷跡野草刈りをおこなった。 12時ごろにトップランナーが通過したが、そのあと20分ぐらいは誰も通過はなかったが、そのあとは、続々と通過。草刈りを止め、マラソンの応援に。  沿道の地元の応援は大いに盛り上がった。 4 後ろの小高い丘は、先祖の墓のある蜜蔵寺。今日は、この賑わいに先祖の人々は、びっくりしているかもしれない。  

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2014年10月18日 (土)

1年前の古米350キロに虫が湧いてきたようなので、天気が良いので庭に広げて天日干しを行いながら点検・(少し虫が発生)2014年10月18日

小杉さんは、丹念に虫を探している 籾摺り機に通してみる  

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2014年10月17日 (金)

木更津で最新の映画を見る・アウトドアと映画と防災に力を入れたイオンモール木更津の新たなコンセプトに期待。

海側には、巨大な土手が。 これだけの高さがあれば万が一津波に襲われても安全を確保できるだろう。 さっそくUSシネマで上映している映画 ふしぎな岬の物語を観た・房総の地域の人の暖かさと自然の豊かさが底辺に描かれた映画で共感することが多かった。そのあともう一本・アナと雪の女王を観た・この映画は4DX 3D映画・初めて体感した・椅子の動きと、・風と水しぶきと匂いにびっくり。 今まで、映画を見ることができなかった木更津で素晴らしい設備の映画館で映画を見ることができた幸せを感じた日だった。   ガソリンスタンド  

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2014年10月16日 (木)

イオンモール木更津 10月15日 オープン ものすごい・・・・感動もの。 夕方さっそく行ってみた・夜、木更津にこんなに人がいるなんて初めての体験。家族連れが多く、みんなの晴れがましい表情が印象的。素晴らしい・・・・・だが・オープン11日目の昨日。、

    駐車場は、イオンモールの周りを取り巻く・巨大駐車場4000台   金田のアウトレトは一階の平屋だが、ここは天井の高いオール2階建、津波のとき逃げ場のないアウトレットと異なり、安全な建物で安心だ。 イオンモールの中心・イオンスタイル 食料品の品ぞろへは凄い。   2階には、映画館 USシネマ 10スクリーンが。     西側には、キッズガーデン             東京駅行のアクアライン経由高速バスも p>昨年のちばアクアラインマラソンのときも、東京湾アクアライン道路閉鎖・木更津市内は、車の交通は完全に遮断され昼間の間は、車は、使用できなく、昔ながらの陸の孤島の木更津になった。地元民は、18日の混雑を避けるため、一足早く15日からオープンするソフトオープンに行くのがベスト・そして映画館が一館もない木更津に待望の映画館・シネコンが(イオンモール2Fに24時まで営業)10スクリーンも同時オープン。 追加コメント・オ-プ11目の昨日の土曜日に(夜6時過ぎに)イオンモール木更津のスーパーに新鮮な海の幸を買うために友人と行ってみた。残念ながら新鮮な海の幸は、売り切れで何もなかった。  それでも魚売り場で残っている魚を見ると、いつものイオンスタイルがあった。  マグロを買おうと物色をしたが、サーモンが半分ほどついた居るものばかりが沢山残っている。  地元の厚生水産を超える良い品がオーップン時、あったのに残念。  オーップン事の活気ある魚売り場は、まぼろしのごとく消え去っている。残念。  

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2014年10月13日 (月)

墓詣り(母の命日)木更津市永井作 善光寺 2014年10月12日

孫たちと家族で母の命日のお墓詣り お墓詣りの後は、中尾の家の庭で昼食 孫たちと収穫 シイのみ(434個)・ナス・トマト・ピーマン・かき 孫たちと気の早いクリスマスの飾りつけを行った サンタの帽子が1っしか見当たらない・お兄ちゃんが弟に。 花火大好きな孫たちと季節外れの花火を。

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2014年10月10日 (金)

台風18号の強風と豪雨で水路があちこちで、折れた木の枝と枯葉などで詰まってしまったので、台風19号に備えて家の周りの水路の掃除と土手の草刈りを2日間行った・(家の周りの水路は約100メートル)2台の刈払機が故障と破損・刈払機がすべて故障中なので、仕方なく1台購入。2014年10月10日から11日。

伊豆島の屋敷跡の畑に この日、隣のご主人からの差し入れ、大きなナシ5個を頂いた。感謝。 次の日、土手の竹を伐採

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2014年10月 9日 (木)

齋藤修三さん早朝6時30分よりヒョウタンの種の取り出しを。2014年10月9日

もう一度、種を取り出したヒョウタンを井戸水で十分に洗い、あと2週間ほど再び水槽の中に入れ残りの種を取りやすくして完全に種を取り除く・そして、あと2週間ほどしてから洗浄し、その後乾燥させて出来上がり。

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イオンモール木更津は本日10月15日9時からソフトオープン。ちばアクアラインマラソンが19日に開催され木更津市内は、朝から夕方まで長時間にわたって大規模な交通遮断・規制が行われ、大渋滞が予想される。19日を避け、15日から17日の地元民のためのソフトオープンに行くのがベスト。(誰でも自由に入れる)

昨年のちばアクアラインマラソンのときも、東京湾アクアライン道路閉鎖・木更津市内は、車の交通は完全に遮断され昼間の間は、車は、使用できなく、昔ながらの陸の孤島の木更津になった。地元民は、18日の混雑を避けるため、一足早く15日からオープンするソフトオープンに行くのがベスト・そして映画館が一館もない木更津に待望の映画館・シネコンが(イオンモール2Fに24時まで営業)10スクリーンも同時オープン。     駐車場は、イオンモールの周りを取り巻く・巨大駐車場4000台   金田のアウトレトは一階の平屋だが、ここは天井の高いオール2階建、津波のとき逃げ場のないアウトレットと異なり、安全な建物で安心だ。 イオンモールの中心・イオンスタイル 食料品の品ぞろへは凄い。   2階には、映画館 USシネマ 10スクリーンが。     西側には、キッズガーデン             東京駅行のアクアライン経由高速バスも

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2014年10月 8日 (水)

2014年10月8日 皆既月食

月に地球の影が,かかってきた。 木更津市中尾では、この後雲が広がってきて皆既月食は観ることができなくなる。  

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2014年10月 7日 (火)

植物の進化 裸子植物(イチョウ・ソテツ)は生きた化石? 今日は、生きた化石のイチョウの実・銀杏を淵田さんたちと採取・2014年10月7日

明治期の生物学の世界的大発見・イチョウ・ソテツの精子の発見し・水を介して受精することを証明し、植物の進化を実証。そして南方熊楠の細胞性粘菌研究。 平瀬作五郎のイチョウの精子の発見に続いて、池野成一郎のソテツの精子の発見 http://www.um.u-tokyo.ac.jp/publish_db/1996Koishikawa300/03/0300.html 、屋敷跡のイチョウの木になっている銀杏が半分以上、昨日の台風18号の通過で落ちてしまったので、急遽、淵田さんたちと銀杏拾いを行った。籠に山盛りいっぱい収穫し、中尾の家に戻り高圧洗浄機で洗い、さっそく電子レンジで焼いて試食。 洗浄した銀杏を測ったら、3,2キロもあった。 帰り際、台風18号の強風で倒れてしまった、大きなサボテンを2台の車を使ってみんなで引き起こしてくれた。写真撮影・淵田さんの奥様 みんなの協力で、まっつぐになった。

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2014年10月 6日 (月)

2014年10月6日 台風18号通過 木更津市中尾の様子 風雨とも強し 中尾の家は風の通り道

昨日から降り続いた雨は、朝になったもやまづ、ますます雨足は強くなってきた。 家の2階から撮影・風も強くなって椎の大木の枝が風に揺れている・家の脇を流れる水路は、いっきに増水し、あふれそうだ。 家の裏山には、台風からの風が直接当たり、木々が大きく揺さぶられている。 台風からの風で、、椎の大木の枝は、折れそうだ。 ますます、風は強くなり、家が強風を受け揺れるようになって、身の危険を感じるようになった。NHKの台風情報では、この時台風は対岸の横浜を通過している。 この家は、この椎の大木がなければ飛ばされていたかもしれない・樹齢約350年の椎の木に、がんばれ。感謝。 増水した家の脇を流れる水路 水路の土手の木が倒れ水路をふさいでいた。 サボテンが強風で倒れそうになった。 雨風でも負けづ、シイのみは綺麗にそろっている。 柿の木は、実を落とすこともなく、葉を落とし、一段と輝きを増した。  

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2014年10月 5日 (日)

2014年10月4日 横浜の自宅から中尾の家へ  午後、和嶋さん親子が椎の実拾いに・約2キロもの大収穫。

横浜の自宅のベランダの朝顔は、今朝も30余り花をつけ、すがすがしく咲いている。  来週初めに大型台風が接近するとの気象予報で、ひもを切りすぐに室内に移動できるようにした。 朝顔を固定している上の棒のひもを切る前に朝顔の記念写真を撮ってから、木更津の家へ 木更津市中尾の家の脇には樹齢約350年の椎の木の大木が。 この時期になると大量の椎の実が風が吹くたびにバラバラとおちてきてくる トミを使ってごみを取り除く。 指先にシイの実のからを。 約2キロもシイの実が採れた・こんなに大量の椎の実を見たのは初めてだ。  

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2014年10月 4日 (土)

一億年前の古代化石に触れる旅 国際ミネラルアート&ジェム展(10月6日まで開催)と城西大学水田記念博物館 大石化石ギャラリーへ。

2014年10月3日 30度を超える残者の中、国際ミネラルアート&ジェム展へ。 http://www.tima.co.jp/ 案内は、この分野に造詣の深い三條場洋子さん 会場を見て回ると、あちこちに欲しいものがある・今日は一通り見学し、日を改めて来よう。 ・・そして、三條場洋子さんの取り計らいで、この展覧会を主催している東京国際ミネラル協会会長 大島 仁氏が特別に貴重なシーラカンスの祖先の化石を見せてくれることになり、さっそく事務局に伺った。感激・・・・・。   シーラカンスの化石を写真にバチバチ撮り終え、ほっと一息していると。 城西大学の大石化石ギャラリーがオープンしたので、とても良いのでぜひ見ておいたらとのアドバイスを受けたので、紀尾井町にある、城西大学紀尾井町キャンパス内にある大石化石ギャラリーを訪ねた。     城西大学紀尾井町キャンパス3号館西正面入り口 大石化石ギャラリーのホームページへリンクhttp://www.josai.jp/fossil_gallery/   入口から進むと、なんと恐竜の骨格が現れる。 このキャンパスは、東からの入口もあり、大石化石ギャラリーは、こちらから入ると近い。 ギャラリーに入ると生きた化石のシーラカンスの映像が目に飛び込んでくる この大石化石ギャラリーは、入場無料・ぜひ子供たちにこの本物を見せてあげたい。 各写真をクリックすると写真が拡大します。 >

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和嶋さん親子の里山の秋 2014年10月2日

和嶋さん親子が伊豆島の里山の栗拾いに出かけた・この栗の木は大きな粒で期待していったが、大部分盗まれてしまった後だった。それでも少し残っていたので広い集めた。  中尾の家の里山では、柿もぎと野菜の収穫を行った。 伊豆島の里山 伊豆島の里山 伊豆島の里山 伊豆島の里山 伊豆島の里山 中尾の家の里山 無農薬野菜の収穫

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久しぶりに倉庫の掃除と整理を2日間で行う。2014年10月1日から2日

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2014年9月30日 (火)

お赤飯と餅づくりを一人で行ってみた・・・・・・まあまあの出来上がり。2014年9月30日・明日から10月だ。

もち米の玄米を前日2つの精米機を使って餅用とお赤飯用に調整した。 餅用は、そのあと8時間ほど水につけ使用。 もちつき機と炊飯器・両方ともタイガー製使用 出来上がったお赤飯をいつもお世話になったいる近所の方に。 お餅も出来上がった。(先日よりきめ細かくできた) 8合のお米がこれだけのお餅になった。  

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2014年9月29日 (月)

2014年9月28日夕方 小杉さん来年の米作りに備えて、丁寧に機材点検・整備を行う。

籾摺り機の整備点検は、ドラムもはづして内部の清掃を徹底的に行った。

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オーガニックもち米・新米でお餅を作る/ZOJIRUSHI もちつき機 力もち BS-EA10 (指導は淵田さんの奥様)

餅つき機  淵田さんは、わらの片づけを手伝ってくれる。 淵田さんは、キャンプセットの全面的補修を行ってくれた。  

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とれたばかりのオーガニックもち米を使ってお赤飯づくりに。収穫に感謝して出来たてのお赤飯を裏山のお稲荷さんと山の神様に供える。 (お赤飯づくりの指導は淵田さんの奥様)

オガーニック お赤飯の作り方。 ●もち米 1升5合 井戸水で洗い30分ほど水を切って使用・ 5合づつ3回に分けて炊く ●ササゲ220グラムを3分の1づつ使用・あらかじめ煮てササゲと煮汁を分けておく・できたものを3等分にして使用●といだもち米5合に煮汁1合と井戸水2合の合計3号を塩を少々・を入れ電気炊飯器で炊く。   ササゲ220グラムを30ほど煮る(3回分・1回にもち米5合) 塩を少々 煮汁1合と水2合と塩少々入れて電気炊飯器で普通に炊く。 おいしそうに出来上がったのでさっそく自宅の裏山の神様たちに今年の収穫のお礼にお赤飯を供えに、小杉さんと淵田さんと尾高の3人で裏山に登る。 お稲荷さんへお供えに。

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2014年9月28日 (日)

今年の最後の脱穀・籾摺り(天日干しのもち米) 2014年9月27日

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2014年9月26日 (金)

秋晴れの日 淵田邸で大バーベキュー 昔の仲間が集まっての懇親会 2014年9月26日

     

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2014年9月26日 昨日はの低気圧通過で風雨ともに強かった1日・今日は朝から穏やかな秋の日差しの中コスモスが揺れている。納屋からもち米をだし、秋の陽だまりの中に天日干し・水分量16,5パーセント。

秋桜 山口百恵 歌 昨日の大風でシイノミがこんなに落ちてきた。 庭の柿も色づき始めた。

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2014年9月26日昨日は低気圧通過で風雨ともに強かったが、朝から穏やかな秋の日が戻った。取り込んだ天日干しのもち米を庭につるして明日の脱穀に。

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2014年9月23日 (火)

里山の秋 木更津高専の環境都市工学科の学生たちのヒヨウタンづくり体験・講師は齋藤修三氏、そのあとは学生たちが5月に植え、無農薬・無肥料で育てた、オーガニックもち米の刈とり・刈とり後天日干し。そして脱穀・もみすり・精米し、年末にオーガニック餅つき大会を行う。この日ですべてのお米の刈りとりが終わった。

2014年9月23日 お彼岸の中日・素晴らしく晴れ渡った一日。  木更津高専の環境都市工学科の湯谷先生に引率された学生たちの稲刈り体験を行った。  この日参加した学生たちは、6月にもち米の苗を植えた学生たち、今日はそのもち米の刈りとりに里山にやってきた。   学生たちは、稲刈りを始める前に、ヒョウタンをこの里山で育て、そのヒヨウタンを里山の微生物の力を借り、中身を取り除き、美しい漆工芸作品づくりを行っている齋藤修三氏に制作過程の流れを聞きながらひょうたんづくりを学んだ。 この後、ヒヨウタンの収穫を実際に行い自分の好みのヒョウタンをさっがし作品づくりに挑戦。  この日は、このグループの他に娘家族の参加もありにぎやかな里山の一日になった。 講師の齋藤修三氏から全体の流れを聞く。 ヒヨウタン作りをいったん中断して、田んぼへ稲刈りへ。 2014年5月13日撮影 木更津高専 環境都市工学科の学生たちの田植えの様子 そうだ・・・この時は、里山のタケノコの収穫も行った。この日から4か月と10日過ぎた9月23日 同じメンバーで同じ場所の稲刈りを行った。 稲刈りを終えた後は、新米でおにぎりを作って昼食。 昼休みの時間を利用して、齋藤修三氏の今日の、ひようたんづくりの 最後の段階を体験。 漬物樽にヒヨウタンを入れ,水を入れ発酵させる・約2週間後に、この工程は完成する。 重石を載せシートで被い今日の工程は終了。 次の日撮影 里山の置かれたヒョウタンの樽 庭の柿が色づいてきた。 昼食休憩後・午前中に刈りとりを行ったもち米を天日干しに。 天日干しを終え・最後にもち米の籾、籾摺りを行った。 精米した無農薬もち米を分けてみんなで持ち帰る・天気に恵まれ良かった。

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2014年9月22日 (月)

2014年9月22日快晴 天日干しのもち米の水分量は朝の8時で20パーセント・昨日の夕方は17,5パーセント夕方4時には15パーセントまで落ちた。昼間、平野さんのおばさんと娘さんがお彼岸のお参りに見えた。

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2014年9月21日快晴・もち米をバインダーで刈りとり・運搬車代わりにトラクターを利用。家の庭でお米の天日干し・夕方までにもち米の水分量は15,5パーセントまで落ちた。

  この日は、快晴で、湿度も低く、気温が久しぶりに30度を超えたので、天日干しのお米の水分量は、夕方までに15,5パーセントまで落ちた。  

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2014年9月20日 (土)

ヤンマーロータリーハラーRHS-30AD籾摺り機を使って籾から玄米に。 14日にみんなで手刈したコシヒカリを1週間乾燥させてから脱穀・籾約80キロを籾摺りして約65キロの玄米ができた。今年のコシヒカリの収穫合計は、約840キロ。反あたり収穫6俵・360キロ。

  9月14日にみんなで手刈したコシヒカリを1週間乾燥させて、お米の水分量を16パーセントまで、落としてからハーベスターを使って脱穀。 次は、籾摺り機を使って玄米に。 運転終了後の各部の掃除(エアーコンプレッサーを使ってごみを吹き飛ばす。

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«秋のお彼岸を明日に控え、お墓掃除を1日かけて行った。2014年9月19日

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