2014年8月20日 (水)

横浜の家で8月のお誕生日会

 

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2014年8月17日 (日)

2014年8月16日 夕方 小杉田んぼの観察・もうじき刈り取り。

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2014年8月16日 密蔵寺の施餓鬼法要へ参加

 

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2014年8月14日 故 平野勇 お爺さんの新盆へ

 

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2014年8月11日 強風が吹く続ける小杉田んぼの様子

動画ー1 動画ー2 動画ー3 動画ー4   動画ー5

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2014年8月 6日 (水)

8月7日 3日の風祭り(風を静めるお祭り)の次の日から今日まで3日間・猛暑が続くなか強風が吹き続き・5株の稲が倒伏したので、田んぼかた水槽に移動して保護。今年もキカラスウリの花が咲き始めた。

8月7日 小杉田んぼは、強風でも倒伏する稲は見られない。(もち米) こちらは、コシヒカリ 尾高田んぼの手前の5株が強風で倒伏。 倒伏した苗を保護。 今年もキカラスウリの花が夜咲き始めた。 撮影木更津中尾伊豆島プロジェクト 尾高俊夫・ 編集 三條場洋子

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2014年8月 4日 (月)

8月3日 中尾の集落の道普請と風祭り。 風祭は・風を静め豊作を願うお祭り。

中尾の集落の草刈りの範囲約1キロの道の脇を9人で草刈りを行った・炎天下大変な作業・朝の8時から休憩をはさんで昼ごろまで・みなさんよく働く。/strong>         草刈りはお昼前に終了。   午後2時からは、毎年恒例の風祭・毎年、部落の各家が順番に宿をやり・皆さんにお酒と食事をふるまう。  ここ2時から始まった風祭りは、6時過ぎに終了。   途中に冷たいそうめんが出た。 最後は、冷たいトマトの食べ物・とてもおいしかった・奥様に感謝。 ありがとうございました。   風祭 かざまつり 風祭 日本各地において、毎年二百十日前後に行われる嵐を鎮めるための祭り。 二百十日は台風来襲の特異日のため、収穫前の農作物が被害に遭わないよう祈願することを目的とする。富山県富山市のおわら風の盆等が代表例である。 地方によっては屋根や竹竿の先等に風上に向けて鎌を立てる「風切り鎌」の風習も見られる。出典・ウィキペディアより

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8月2日 尾高の家の伊豆島にある先祖のお墓2ヵ所の掃除と蜜蔵寺の先祖代々のお墓と善光寺にある両親と弟のお墓の掃除。掃除の後は小杉さんちのプールへ

4か所のお墓の掃除をして汗だく・くたくた…小杉さんちをのぞくと、小杉さんは涼しそうに水泳・我慢できなく、そのままの服でプールへ・初めて入ったプール・快適・・・・・。

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8月1日 平野家のお墓の掃除を手伝う・(この1月に亡くなった故平野勇さんの新盆を控え)

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2014年7月31日 無農薬田んぼにミネラル散布・午後から木更津JA主催のシンポジウムに参加。

午後2時からJA木更津にてシンポジウム参加

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7月30日早朝 無農薬田んぼには蜘蛛の巣が多くなった。

 

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2014年7月27日 (日)

幕張メッセに宇宙博を観に行く  長谷川さん・三條場さん・太郎君の4人で。

宇宙の起源を探る ハヤブサ快挙 小惑星イトカワ サンプルリターン    ハヤブサ展示 失敗したロケットエンジンを太平洋の深海から回収 再使用ロケットRVT-9実験機成功 撮影編集 尾高俊夫・長谷川敏紀 民間による宇宙旅行 民間の宇宙旅行・スペースシップワン テストフライト成功 撮影編集 尾高俊夫 長谷川敏紀  スペースシップー2公開イベント 撮影 クラブツーリズム・編集 尾高俊夫   撮影編集 尾高俊夫 X prize Cup Dr Peter H Diamandis 撮影編集 尾高俊夫 長谷川敏紀 宇宙エレベータ

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2014年7月26日 (土)

今年一番の暑い日 無農薬田んぼの外気温度は40度を超えた・稲たちは、この暑さに負けづ元気 2014年7月25日

YOUTUBEより動画配信 中尾の家の前の無農薬田んぼ・今年一番の異常な猛暑の中、一段と元気な稲たち。 中尾の家の入口 家の前の庭 庭から里山を望む。

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2014年7月25日 (金)

江戸時代の西上総よもやま話し 講師 永井義雄氏 目からうろこの講演に拍手。

江戸時代(幕末)の私の先祖の伊豆島村の様子が、リアルに永井先生の講演で初めて見えてきた。村のコメの生産量は(村高)552,35268(約552石)で、62軒 給数(村に複数の領主)6 内訳は、幕府領・旗本朝倉・跡部・河野・佐野・小宮山で 552石の約35パーセントが、6件の領主に年貢として納められていたとのこと。 ≪一石は225キログラム・上田で1反あたり1石5斗(225キログラム)平均的農家では、約5反の田んぼを所有したいた(約1500坪)自作農が大部分であった。  領主との関係が希薄で、名主クラスでも領主の名前を知らない。藩領に比べて負担が少ない・年貢は決められた石高の35パーセント。実質上、農村は農民たちの自治で運営されている。 農民の年間の休みは、約100日。 収入は、村の組頭(富津では)で年30両で支出は20両。という具体的な話を、初めて聞き、目から鱗・・感動。 後半は、戊辰戦争で活躍した、請西藩主 林忠宗の生涯・この話ももっと時間を作っていただき、もっともっと話を聞きたいと思う。 資料 ネットからの転載  江戸時代の農民自治成立の背景   斎藤幸雄 HP ( 47 愛知 建築設計 ) 10/10/16 AM01 【印刷用へ】 >「村はかつて、実質的には自治組織であった。その性格を短い言葉で表現すると、布施=ボランティアの精神を根底にもちながら、独立精神と主義主張と結束力をもちあわせ、それが侵されようとするときには、一揆をもって応える、という、高く深く、やさしくしたたかな存在だった。」(210686) 江戸時代に、農村の自治が実現できたのは何故か?その背景を調べてみました。 戦国期に始まる兵農分離政策により、農村は完全に農民の自治に委ねられることになり、江戸時代を通じて“共同体”が維持され続けてきたようです。 以下、KNブログ「日本史についての雑文その4 兵農分離」から一部抜粋・編集(リンク) ■戦国期 旧来の封建領主の支配地域において自治を求める農民の動きが出てくる。封建領主からの自立と自治を求める農民の動きに地侍が乗っかって一揆を形成し、それが拡大し、また再編成されて戦国大名の家臣団が形成されていく。 信長は、兵農分離政策を実施し支配下の武士を農村から分離した。これにより武士を経済的に弱体化させることによって手懐けて、その軍事力のみを純粋に特化させて自己の軍事力の強大化を図った。 そして武士を切り離した農村は、完全に農民の自治に委ねられた。そのために検地を行い土地の所有者は封建領主ではなく、実際に田畑を耕す農民自身であるということなった。さらに農村からは武器を取り上げて変な輩が勝手に支配権を振るったり出来ないようにした。これらによって余計な中間搾取者や武器を持って暴れる者もいなくなり、農村は平和で豊かになった。 このように、土地を取り上げた武士を都市部に集め、武器を取り上げた農民による自治に農村は委ねるという政策が兵農分離だった。この兵農分離によって武士を経済的に弱体化して権力の支配下に置き、軍事力を権力の元に一元管理するという、新たな形の中央集権体制は江戸幕府の体制に引き継がれることになる。 ■江戸時代 戦国期の自治農村の自治組織を構成していた武士達が兵農分離で江戸へ連れてこられて幕府組織を形成した。他方、武士を排除することで農村はもっと純粋な形での自治農村となることになった。 これは農村自治を前提とした変則的な中央集権体制で、むしろ武士を土地から隔離することに主眼が置かれていたともいえる。武士階級を権力の手元に隔離しておくために、権力、つまり幕府が武士の生活の面倒を見なければならなくなった。こうして、武士階級の弱体化には成功するが、その後、経済が成長するにつれて武士階級の存在が幕府財政を悪化させ、さらに経済成長の足を引っ張ることになってくる。

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ヒヨウタンとヘチマの生育状態 2014年7月24日撮影・斉藤さんから群馬県月夜野のブルーベリーが送られてきた。

 

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カルガモの5羽のグループが毎日来る小杉田んぼ 2014年7月23日撮影・もち米の穂もかなり出てきている・茎も太く・葉も濃い緑・立派に育っている。

もち米の田んぼの向こうの小山は、中尾城址。 こちらは、コシヒカリの田んぼ

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2014年7月23日 (水)

横浜の公立小学校の1年生全員が、夏休みに朝顔を育てて観察を行っている。気象庁は今日・2014年7月22日梅雨明け宣言

孫たちのマンションが大規模改修で、ベランダが使えないので、六ッ川の家に朝顔の鉢を持ってきた・7月の初めごろ持ってきた朝顔は、それからぐんぐん伸びて、この状態。同時にチャレンジの付録のひまわりも育てている。 朝顔の花が今日の朝は2つ咲いている。 こちらはひまわり。

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2014年7月22日 (火)

中尾城址(木更津市中尾) 中尾の家の西側の小高い丘には、戦国時代に中尾城があった。

各写真をクリックすると大きくなります。 ネットから中尾城址を調べてみると・ネットへリンク http://www1.linkclub.or.jp/~part3/chiba/nakao/nakao.html

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2014年7月20日 (日)

7月20日 無農薬無肥料で育てるもち米 7月16日に初めて穂が出始めて、今日で4日目・ 全部の株から穂が出始めた。

モンキアゲハが吸水 <こちらは、コシヒカリ・小杉田んぼのコシヒカリは、4日ほど尾高田んぼより穂の出方が遅くなっている。

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2014年7月19日 (土)

2014年7月19日 早朝 近所の田んぼでは、無人ラジコンヘリによる農薬の空中散布が行われた。

2014年7月19日 早朝 無人ヘリによる農薬の空中散布が近所の田んぼで実施された。  今年は、昨年と比べて、近所の田んぼでは、この無人ラジコンヘリによる農薬の空中散布は減ってきている。     昨年のラジコンヘリによる農薬散布の様子・2本の動画で見ることができます。 YOUTUBEより動画配信    

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木更津の家の近くにある三井アウトレトパーク木更津が248店舗に増えて、首都圏最大級へ・さっそくオープン2日目に勇んで行った・・・・・・。アウトレットは平日にゆっくり行くのがベスト。

メインゲート前 メインゲート 午後1時ごろ撮影 案内版を見て新しくオープンした場所を確かめる。 新しくできた場所は、今いるところがブルーの色で表示してあるオーシャンゾーン・なるほど良くわかった。 入口にあった2枚のパンフレットを眺めながら歩き始めたが、案内板の地図と向きも新しくできたオーシャンゾーンの区域の色も違う……いったいこれはなんなのであろう。…地図は北半球にある日本の場合は、上が北と頑迷に思って、入口の案内版を見るからいけないので、いまの日本では、案内版は自由に書き,東西南北の表示を隅っこに目立たないように入れればいいのか。なるほど・・・・・。でも地図だと思ってみる人は、なかなか理解できないだろう。 オープン2日目で混雑を予想してきてみたが、駐車場もガラガラ、メインゲートは人がいない・中もかつての熱気は全く感じなかった。ここは、きっとおじさんが来るところではないのだ。  おじさんは、地図をみてわかりづらいが、若い女性たちは、地図を見ないで、お店の位置を来る前から調べてきて知っているのでは。 しかし、千葉県の千葉県観光物産協会のコーナーに立ち寄ってびっくりした・・・。県内の観光案内と物産のパンフレットがたくさんある・じっくり見ながらパンフレットを集めていたら、係りの方がビニール袋を持ってきてくれた・袋いっぱいにパンフレットを収集した。千葉県も新しくできたいろいろな場所と物産があることを知った・これをじっくり見て、県内を観光してめぐるときの参考にしたい・素晴らしい・感謝。

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2014年7月18日 (金)

7月18日4時30分 3日間続いた猛暑もひと段落して霧雨が降ってきた・ヒヨウタンもヘチマも順調に育ち花が咲き始めている。田んぼの稲は順調に穂が出てきている。

ヒョウタンの花 ヘチマの花 田んぼでは、オモダカの花が。 小杉田んぼのもち米は、穂がかなり出てきた。 もち米 コシヒカリ コシヒカリも少し遅れたが穂が出てきた。 ◎尾高田んぼの様子。

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2014年7月16日 (水)

無農薬無肥料の米作り  田植え後66日目 出穂(しゅすい)  2014年7月16日 木更津中尾伊豆島プロジェクト

昨日に続いてうだるような暑さ・雲一つない晴天・気温は朝10時には30度を超える中・稲の穂が出始めた。 小杉田んぼ・もち米の穂 尾高田んぼ この日の夕方までには、両田んぼでは約20株ぐらいづつ、穂が出てきていた。   昨年の出穂の時期は、7月22日 昨年(2013年)は、小杉さんが一番目に出てきた穂を見つけた。 昨年の稲刈りは、コンバインで9月15日に、行ったので今年は、9月7日ぐらいかも。  昨年は、稲刈り直前の台風直撃のほんの少しの晴れ間を縫って、コンバインで一機に行った。         <     この日の撮影は、すべて三條場洋子さん。                     朝10時からはじめた稲刈りはちょうど12時に終了した・収穫は1反歩あたり約500キロ・大豊作だ。  

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2014年7月15日 (火)

無農薬無肥料のコメ作り 田植え後65日目85センチから90センチに成長

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2014年7月14日 (月)

孫たちの収穫 5月に植えたナス・トマト・キュウリ・ジャガイモを収穫・無農薬の玄米を白米に精米して・この日の夕食は野菜サラダとカレーライス・ゆうた君は3回もお代わり.

2014年7月13日夕方撮影 孫たちは、いつもは野菜嫌いだが、自分たちで収穫したミニトマトときゅりは、洗ったそのままで食べる。   この日の夕食は野菜サラダとカレーライス・ゆうた君は3回もお代わり。

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2014年7月13日 (日)

孫たちの夏・2人でトンボを採って。木更津市中尾 2014年7月13日

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2014年7月12日 (土)

小杉邸・プール開き 7月12日・2014年 

  小杉お父さんは、まだ排水管工事中。今日の猛暑で、熱中症になりそう。  

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7月12日 小杉田んぼは。畔の草刈り・稲は順調に育っている。

エンジンの音は、小杉さんが刈払機で畔の草を刈っている音。

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2014年7月11日 (金)

請西藩主・林忠崇 旧請西藩1万石の真武根(まふね)陣屋遺址 ふるさと歴史講座・(木更津市) 

Youtubeから動画配信  脱藩大名 林忠宗の戦い . . 慶応4年{1868年}4代藩主の林晶之助忠宗は戊辰戦争において佐幕派に属し、木更津に集結した遊撃隊の伊庭八郎らとともに、箱根や奥羽地方で転戦した後、仙台にて降伏。  この出陣の際、自ら火を放ち真武根(まふね)陣屋は焼失。   その後、領地も新政府に没収された。 昭和16年歿・徳川幕府最後の大名として人々の記憶に残っている。 脱藩大名・林忠宗 ネット記事にリンク http://katintokei.at.webry.info/201102/article_9.html ウイキぺディアで検索 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9E%97%E5%BF%A0%E5%B4%87 前代未聞・藩主が脱藩・最後の大名・林忠宗へリンク http://indoor-mama.cocolog-nifty.com/turedure/2010/01/post-feb1.html 上総の歴史 http://kazusa.jpn.org/b/archives/category/%E4%B8%8A%E7%B7%8F%E3%83%BB%E5%AE%89%E6%88%BF%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2/jozai/hayashi/page/2 林忠宗と箱根戦争について http://kazusa.jpn.org/b/archives/3174 林忠宗年表 http://kazusa.jpn.org/b/jozai   各写真をクリックすると拡大します。           ▲「真武根陣屋遺址碑」(まふねじんやいしひ) 忠崇が出陣した相州の、根府川で産出する赤みを帯びた根府川石の碑石は、箱根山の陣中で月光を仰いで詠んだ和歌と共に、20代当主林忠昭氏による碑文が刻まれている。 一番上には、徳川将軍より拝領の林家家紋、丸の内三頭左巴下に一文字。   ▲真武根陣屋陣屋懐古詩碑(うたぶみ) 発起人である林勲氏による碑文。氏の物した詩が刻まれている。 一番から五番まで、忠崇の出陣の勇姿を謳うこの詩は柴勝三氏の作曲で歌になっている。   陣屋遺址から木更津市中央霊園入口を望む。     霊園入口から陣屋遺址を望む。         ネットからの転載 前代未聞・藩主が脱藩・最後の大名・林忠宗へリンク http://indoor-mama.cocolog-nifty.com/turedure/2010/01/post-feb1.html 前代未聞!藩主が脱藩~最後の大名・林忠崇 昭和十六年(1941年)1月22日、最後の大名とも呼ばれた請西藩の第3代藩主・林忠崇が94歳で亡くなりました。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 林忠崇(はやしただたか)は、嘉永元年(1848年)、上総請西(かずさじょうざい・千葉県木更津市)藩主・林忠旭(ただあきら)の五男として生まれ、20歳の時に家督を継ぎ、第3代藩主となりました。 請西藩は、わずか1万石の小禄ではありましたが、祖先が真心を尽くして徳川(松平)将軍家に仕えた功績から、毎年、正月元旦には、最初に将軍からの盃を賜る名誉を持つ家柄で、そのぶん忠崇が将軍家を思う気持ちもひとしおでした。 文武両道に優れ、将来は幕府を背負って立つ器と噂された忠崇の、運命が変わるターニングポイントは、藩主になってわずか1年後に訪れます。 慶応四年(1868年)1月の鳥羽伏見の戦い(1月3日参照>>)に始まった戊辰戦争・・・その後、東に向かった官軍と、それを迎える幕府軍も、西郷隆盛と勝海舟の劇的な会見(3月14日参照>>)によって直接対決が回避され、4月11日には江戸城無血開城(4月11日参照>>)となりました。 ただ、この無血開城によって、江戸の町を火の海にする事は避けられましたが、負けを認めた以上、当然の事ながら、この時点での徳川家の存続は風前の灯火・・・官軍の主流が、北陸・東北へと進む中、幕府の一員として納得のいかない一部の者が抵抗を続けます。 江戸幕府・最後の将軍となった徳川慶喜(よしのぶ)の護衛として上野・寛永寺にいた彰義隊(しょうぎたい)は、慶喜が水戸にて謹慎中の身となっても、なおも寛永寺に籠り、5月15日には、包囲した官軍との間で上野戦争となります(5月15日参照>>)。 さらに、上野戦争で敗れた彰義隊の一部が振武軍(しんぶぐん)と名を変え、5月23日には飯能戦争へ突入(5月23日参照>>)となるのですが・・・ そんな幕府の武士による抵抗と前後して、やはり慶喜のもとで遊撃隊(ゆうげきたい)として鳥羽伏見の戦いを駆け抜けた人見勝太郎(ひとみかつたろう)と伊庭八郎(いばはちろう)が、若き藩主・忠崇を訪ねてきたのは4月28日の事でした。 もちろん、日頃の忠崇の幕府=将軍への篤い思いを知っての訪問・・・「徳川家の存続を目指して、ともに戦いましょう」という事です。 忠崇は考えます。 わずか1万石の請西藩・・・とても官軍を相手に戦える軍事力はありません。 しかも、忠誠を誓う将軍・慶喜は水戸で謹慎して恭順姿勢・・・藩主である自分が自ら挙兵したなら、藩も領民も戦いに巻き込む事になる・・・ そして、忠崇は決断します。 閏4月3日を以って、なんと、59人の藩士を連れて、自らが脱藩・・・浪人の身となって遊撃隊とともに参戦するのです。 藩主の脱藩! もともと佐幕派(尊王に対する幕府側)だった請西の領民たちですから、藩主が立てば、自分たちだって、ともに玉砕する気持ちは持っていましたが、その領民のために、自ら脱藩して戦おうとする藩主に大いに感銘・・・この前代未聞の出来事に、彼らの出陣を見送る村人は、皆、道ばたに土下座して、その武運を祈ったと言います。 こうして、戊辰戦争に挑んだ忠崇でしたが、中心人物である人見が留守の間に勃発した箱根戦争(5月27日参照>>)では、小田原藩の寝返りに遭い、奮戦空しく、撤退する事に・・・熱海で、かの人見と合流した忠崇は、箱根で重傷を負った伊庭を品川沖に停泊中だった榎本艦隊に預け、長岡城奪回作戦を展開中の奥羽越列藩同盟(おううえつれっぱんどうめい)(7月24日参照>>)を応援するため、東北へと向かいます。 ウデに覚えのある忠崇は、一連の戦いでも最前線に立って戦う姿勢を見せますが、さすがに家臣たちに「殿様は後方で・・・」と、たしなめられたりもしています。 しかし、ご存知のように、東北での戦いは、連戦連敗となってしまいます。 やがて9月に入って、頼っていた米沢藩・仙台藩が相次いで降伏すると、もはや手を組んで戦う相手もなくなりました。 そんな時、忠崇は、徳川家の存続と慶喜の命が保障された(5月24日参照>>)事を知ったのです。 実際には、5ヶ月前の閏4月29日に決定していた事ですが、各地を点々としていた彼の耳には入っていなかったようで す。 このニュースを聞いた忠崇は、 「もともとの願いが叶った以上、この先の抵抗は私利私欲の無意味な戦い・・・戦いのための戦いになる」 と、あっさりと降伏します。 この決断一つをみても、彼が優秀な人物である事がわかります。 なんせ、脱藩して賊軍としておかみに抵抗したのです。 おそらく、死を覚悟しての投降・・・ 自らの死を目の前にして、うろたえて悪あがきする事なく、冷静に先を読むわずか21歳の青年は、家臣と引き離され、新政府によって監禁される事になります。 しかし、幸いな事に切腹は免れ、しばらくの獄中生活の後、明治五年(1872年)に釈放され、晴れて自由の身となりました。 ・・・とは、言え、忠崇の人生は、ここからが苦労の連続でした。 そう、彼が脱藩したおかげで、林家の家名は存続しましたが、当然の事ながら、当主は甥の忠弘が継いでいますから、彼は、何もないゼロからのスタート。 維新直後は、たとえ、幕府側で戦った過去があっても、一国の大名=藩主なら、華族という特権が与えられていたわけですが、彼には、それが適用されません。 裸一貫となった忠崇は、なんと、地元で開拓農民として、元自分が治めた、その地を自らの手で耕すのです。 その心を思うと、とてもお気の毒な思いがしますが、やはり、それは、元領民たちも同じ・・・あまりにも気の毒に思った誰かの口利きで東京府の下級官員となりますが、それはそれで、忠崇には、何か引っかかる物があったのでしょうか、わずか2年でその仕事をやめ、今度は、函館にて物産商の番頭として働きます。 その後も、大阪で役所の書記をやったり・・・と職を転々としながらの20年・・・普通の没落武士より、はるかに苦悩の日々を送った事でしょう。 そんな彼の汚名が晴らされるのは明治二十六年(1893年)・・・林家の嘆願がようやく聞き入れられ、林家への復帰が許されるとともに、華族の一員となったのです。 晩年は次女・ミツさんと暮らし、ようやく平凡な生活ができるようになった上、94歳の長寿を真っ当したおかげで、大名経験者で最後の人となり、ときおりは、戊辰戦争の生き証人として、マスコミからインタビューを受けるなど、おおむね幸せな生活を送られていたようです。 こうして、昭和十六年(1941年)1月22日、94歳の大往生を迎えた忠崇ですが、彼の時世の句というのは、実は21歳のあの時に詠んだもの・・・ そう、官軍に降伏して、一旦、死を覚悟したあの時です。 ♪真心の あるかなきかは ほふりだす   腹の血潮の 色にこそ知れ  ♪ なんとも、武士らしい、覚悟あふれる句です。 そして、もう一つ・・・彼が晩年に詠んだ句があります。 ♪琴となり 下駄となるのも 桐の運 ♪ 世襲の是非、親の七光りが目に付く今日この頃・・・確かに、2代目・3代目にも優秀な人はいるでしょう。 しかし、一般とは、スタートの時点で違うその得々人生・・・主君のために、その世襲を捨て、底辺の下駄となった彼の人生は、単なる3代目では味わえない有意義なものだったに違いありません。 あの若き日の決断が間違いではなかった事を、晩年の句が証明しているような気がします。  .

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7月11日台風8号一過の青空・田んぼの周りの農道と畔の草刈り。

台風8号が千葉県の富津市に上陸したとのテレビのニュースを聞き、心配で外を見ると、無風で細かい雨が降っているだけ、台風はどこへ行ってしまったのか?その頃台風8号は、我が家の上を,こっそり通過して九十九里の海に逃げていったのだ。朝8時を過ぎると抜けるような青空・今日の台風情報と、天気予報はどうなっているのだろうか?  食事を済ませてから、昼過ぎまでは、田んぼの周りの農道と畔の草刈りを行った。真夏の太陽だが、田んぼの上を吹く風は涼しくて気持ちがいい。 4  

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2014年7月10日 (木)

7月10日早朝・台風8号鹿児島上陸・その影響か南からの雲の流れが早い・台風に備えて田んぼの見回り。

小杉田んぼの様子。 尾高田んぼの様子・昨日ようやく除草のめどがついた。

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日本最大級の蝶・モンキアゲハ(吸水) 2014年7月10日朝、台風8号の影響の南風が吹く中・木更津市中尾の家の庭にて。

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2014年7月 7日 (月)

映像で学ぶ養蜂技術 ローヤルゼリー編/日本ミツバチ編

(1) (2) (3) (5) (6) (7) (8) (9) (10) (11) 日本ミツバチ編 http://www.akitayahonten.co.jp/dvdpage.html

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2014年7月 5日 (土)

2013年度のブログを観る 昨年の出穂(7月22日)と稲刈り(9月15日)

小杉 武さん撮影 出穂・今年は小杉さんが一番乗り・おめでとう。 昨年の写真(2012年7月21日夕方・出穂発見・小杉 武さん。 昨年(2013年)稲刈りの日は9月15日・コンバインで刈り取る。昨年のブログを見る         <     この日の撮影は、すべて三條場洋子さん。                     朝10時からはじめた稲刈りはちょうど12時に終了した・収穫は1反歩あたり約500キロ・大豊作だ。  

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無農薬無肥料の田んぼにミネラルをまく(月末に出穂を控えて) 科学映像館

YouTubeより動画配信              

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2014年7月 4日 (金)

梅雨の木更津中尾伊豆島プロジェクト・中尾の里山の風景 2014年7月3日・4日・

3日の夜半から4日の朝まで雨・朝・雨は上がったが東からの雲が早い・時折陽射しが。 庭の中央にある柿木・下記の身が直径3センチになった。 中尾の里山の入口の門 門の前から里山田んぼ約600坪・(無農薬無肥料でお米を栽培) この1ケ月は、稲の株間のコナギがぐんぐん・毎日毎日は、コナギとのいたちごっこ。 毎日来る野生の合鴨 稲の高さは約75センチ

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2014年7月 3日 (木)

7月1日から小杉田んぼは、中干し開始・7月3日齋藤修三さんと三條場洋子さんの3人で今年の小杉田んぼの素晴らしさを見学。

小杉田んぼより中尾の家を望む。 今年は、初めてもち米を植えた・暮れに餅つきを行うのが楽しみだ。  

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齋藤修三さん・ヒヨウタン・へちま棚を器用に作り植える。7月2日・3日・2014年

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3人の久しぶりの再会・夕食は、地元の食材で。7月2日

田んぼでの草取りを終え、泥をおとしてから・ビールで乾杯。 今日の夕食は、三條場洋子さんの担当・最初は、ハマグリ・あさりの鉄板焼き+白ワイン。 焼肉+赤ワイン 大阪の本場のお好み焼き  

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田の草取り・稲の株間は最後は、両手で草を取り除いてあげる。株に取りついたコナギをとってあげると稲は、突然成長するように見える。

7月2日猛暑・草取りは日中をを避け夕方4時から・撮影は齋藤修三さん 中尾の家の前の無農薬・無肥料田んぼ。  

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2014年7月 2日 (水)

7月2日 齋藤修三さんと三條場洋子さん久しぶりの再会 ジャガイも掘りとヒョウタン棚製作。

ヒヨウタン棚製作  

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7月1日 東京に出たついでに恵比寿の東京都写真美術館に久しぶりによった。

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養蜂家 鈴木一(はじめ) 坊ノ内養蜂園 (岩塚さんの紹介で鈴木さんに出会う・心躍る1日になった。)

この里山に子供たちの・稲刈り・田植え・たけのこ掘り・ほたる鑑賞などで、たびたび来られる岩塚さんの紹介で、袖ヶ浦の 養蜂家・鈴木一さんに会う・さっそく中尾の里山・伊豆島の里山・矢那の里山をめぐる・この出会いがこれからの活動を面白くする大きな予感を感じた・夜8時過ぎに解散。 矢那の石井さん 石井さんの里山の木工作業場を作っていた。  

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三條場洋子の映像履歴 医学分野

   

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2014年6月29日 (日)

小杉邸に巨大プール完成 子供たちは大喜び 2014年6月29日 梅雨の合間に。

YouTubeより動画配信

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2014年6月28日 (土)

除草大成功 田植え後47日目の小杉田んぼには草がない。

今年の田植えは5月11日 それから47日目の28日・小杉田んぼには、よく探さないと草は見当たらない。{田ん­ぼの広さ2.5反歩・ この除草大成功の秘訣を聞いた。(木更津中尾伊豆島プロジェクト・2014年6月28日­撮影) 成功の秘訣は・田植え後3週までは、毎回、4時間ほどかけ丁寧に除草を行った・4回以降は­半分の時間で草取り完了・7回目の今日6月28日は約30分で完了・5月中の丁寧な草­取りが成功のポイントかもしれない。 木更津中尾伊豆島プロジェクト・科学映像館

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2014年6月27日 (金)

江戸東京博物館に命を吹き込む展示ボランテイアの人たち 

江戸東京博物館に命を吹き込む展示ボランテイアの人たち。 その一人の山本さん・その活動の一部をYOUTUBEから紹介(山本さんの了承を得て配信)2014年6月26日 各写真をクリックすると拡大写真になります。 江戸東京博物館 ネット記事紹介へリンク https://www.google.co.jp/webhp?sourceid=chrome-instant&rlz=1C1LENN_enJP465JP465&ion=1&espv=2&ie=UTF-8#q=%E6%B1%9F%E6%88%B8%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E5%8D%9A%E7%89%A9%E9%A4%A8 館内の紹介 ◎模型の精巧さは際立っている

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2014年6月25日 (水)

6月25日 木更津高専の湯谷先生と学生たち・ほたる鑑賞を兼ねて研究室で育てたトウキョウサンショウウオの幼生を生まれ故郷のビオトープに返す。

この日は、朝から大雨・洪水警報が発令され、日中は何度が豪雨で心配されたが、夕方には警報が解除され、夕日が射してきた。午後7時10分・プロジェクトの倉庫前に集合して、目的地に向かう・ほたるが飛ぶ前に、育てたトウキョウサンショウウオを田んぼビオトープに返した・7時40分を過ぎると、源氏蛍が飛び始めた・その数20匹あまり・今年の最盛期は、6月8日ごろだった。帰りに下の田んぼの上を20匹あまりの平家蛍が舞っていた。 今、放したトウキョウサンショウウオ 源氏蛍 源氏蛍 この後、8時30分過ぎ中尾の家に戻ってくると・家の前の水路の周辺には、7匹の平家蛍が淡い点滅を繰り返していた。  

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フランス・メイマック現代アートセンター

各写真をクリックすると拡大写真になります。 聖アンドレ大修道院_メイマック現代アートセンター(メイマック,フランス)    place du bucher,19250 Meymac,FRANCE リンク:http://www.cacmeymac.com/ 平川滋子氏のブログからフランス・メイマック現代アートセンターを紹介 http://shigeko-hirakawa.org/blog/?p=1311 ウィキぺディアより平川滋子氏を紹介 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E5%B7%9D%E6%BB%8B%E5%AD%90

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2014年6月23日 (月)

家の前の水路の上に平家蛍が5匹舞い始めた・2014年6月23日午後8時30分撮影

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毎日、無農薬田んぼに来る鴨たちを動画で撮影 2014年6月23日

YOUTUBEから動画配信

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2014年6月22日 (日)

昨日の旧短編映画連合の集まり・2014年6月21日 夏至 築地にて午後2時から5時まで。

youTubeより動画配信

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6月22日 小杉邸のプール設置 雨のため延期に・残念 木更津市ほたる野にて。

朝から雨が降ったり止んだり・朝7時から作業開始は午後1時からに延期・午後1時過ぎに集まったが、雨が降り出しそうな気配で、再び来週の週末に延期・残念。 淵田弥吉さん 小杉 武さん  

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前野寿邦(としくに)・フランス在住の現代美術評論家・氏のアートの世界を変える試みを聞く・この日の出会いがアートの世界を一遍するかもしれない予兆を感じる。2014年6月・東京・南青山にて。

前野寿邦氏 竹内 好氏と前野寿邦氏 この日の出会いから、新しいアートの世界が生まれることを確信。

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夏至 20014年6月21日 AM4時30分 田んぼの草取り開始

この日は、1日あれこれ忙しいので,日の出前から、家の前の田んぼの草取りを開始・カモたちは、もう食事・間もなく小杉さんも・小杉田んぼの抑草は完ぺきだ・7時には終わり引き上げてきたが、尾高田んぼの草のひどさに驚き、猛烈な勢いで草取りを1時間ほど行ってくれた・ありがたい・今日は,おうちゃんの幼稚園のお祭りの日。  

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2014年6月20日 (金)

6月20日 中尾の家の前の無農薬田んぼの朝 いつも日の出前から合鴨が食事

母屋の玄関前にあるソテツの葉を思い切って伐採 全部新しい葉に代わるのが楽しみ。

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2014年6月18日 (水)

6月18日 このところ小杉田んぼには毎日、鴨が3羽

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2014年6月17日 (火)

6月17日 和嶋由加子さん無農薬田んぼ草取り・この方法は、腰に負担が来ないので初心者でもだれでもすぐにできる。

YOUTUBEより動画配信 今の田んぼの草は、コナギが大部分で、オモダカがほんの少し・初めに田んぼの水位をあげ・とる輪くんなどを使って、草を水面に浮かせたあと・このように網で草を回収。この方法は、農家の方から見ればあきれるかもしれないが、 こしに負担がかからないので、誰でもできる。   コナギを浮かせて網ですくい取る。

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2014年6月16日 (月)

6月16日早朝6時22分 トンボ羽化発見(日本の赤とんぼの代表・ナツアカネ)

2014年6月16日の早朝・田んぼの草取りを行っていたら、稲の根本近くに白い塊があるのに気付いた。  近づいてよく見るとナツアカネの羽化だ・約1時間後・羽がしっかりしてきて、身体全体に茶色っぽい色がついてきた。 近づいて写真を撮ろうとしたら少し羽ばたいて近くの葉に止った。約5分ほどしたら、今度はちゃんと飛んで行った。 6時26分 6時26分 7時29分  

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2014年6月15日 (日)

孫のしょうたくん・朝食前の散歩・小杉田んぼでザりガニを見せられ思わず後ずさり。

小杉武さんは、この日は朝の6時30分から10時まで、炎天下の草取り。

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孫のしょうたくん・ゆうたくんのお手伝い(2014年6月15日)

昨夜は、孫たちとホタル観賞へ・小さな孫たちは、暗闇に舞うホタルにあまり興味がなく、蛍を捕まえることには興味が向いているようでしたが、途中であきてしまったが、同行した大人たちは感動して、なかなかその場を離れなかった。  次の日の早朝・早起きのしょうたくん3歳は、自分たちが植えた野菜の収穫を行い・ゆうたくん6歳は、お米の精米のお手伝い。  昼過ぎに帰るときは、収穫した野菜を大事そうに袋に詰め帰った。 収穫したジャガイモを洗い・その場でおばあちゃんンにフレンチポテトを作ってもらった。 風邪気味で体調が悪く、遅れて起きてきたゆうたくんは、お米の精米のお手伝いを。 弟のしょうたくんは、お兄ちゃんのやることにはすぐに興味を持ってやってくる。  

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ほたる街道・国道410号線(房総背骨の道)の終点木更津でのホタル観賞会は大成功 天候にも恵まれ・源氏蛍が優雅に舞う。参加人員は約60名・源氏蛍約50匹・平家蛍約50匹。

ホタル観賞会の集合場所・木更津中尾伊豆島プロジェクトの倉庫前の駐車場・約30台の車であふれかえった。全員が集合した7時20分・源氏蛍舞う生息地に徒歩で向かう。  7時35分から8時15分まで、優雅に舞う源氏蛍の光の点滅に、一瞬日常を忘れる。最高の源氏蛍鑑賞会になった。これまでの鑑賞会は、すべてプロジェクト側で用意して行ったが、今回は、安西さん(木更津ボーイスカウトの世話役)の頑張りに負うところが大。(生息地の2回もの草刈り・そして1週前の事前調査と事前の周辺の農家の方への挨拶と、農家の方々の協力があって実現した。  最後に安西さんから1年を通した源氏蛍生息地の環境整備をサポートしたいという申し出があり、これで里山再生の1つの方向性が見えてきた。ありがたい・・・・・・。 淵田弥吉さん家族と和嶋さん家族 淵田弥吉さんの息子さん家族 全員が集合したので、徒歩で目的地に向かう。 目的地に到着・7時35分から8時15分まで鑑賞。 ホタル観賞を終え・集合場所で各グループは解散。 房総半島の背骨の道・国道410号線(6月はほたる街道に)の終点、木更津にも源氏蛍が乱舞する生息地がひそかに残っている。  房総の自然の奥深さを感じる。 この自然を次の世代につなげていくことを、真剣に考え行動していく最後のチャンスかもしれない。  そんなことを、源氏蛍が語りかけているように思えた。 ほたる街道410号線の清和ほたるの里・記事へリンク http://sciencenet.cocolog-nifty.com/kisarazuizushima/2014/06/6410-642c.html

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2014年6月14日 (土)

6月14日 快晴・猛暑 和嶋さんと子供たちでビワもぎと梅もぎ

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2014年6月13日 (金)

6月13日 1週間ぶりに雨がやみ快晴に・庭のサボテンの花・田んぼの花菖蒲の花が咲き始めた

畔の水漏れ箇所・3ヵ所発見・修復。朝の5時から田んぼに水を入れながら草取りを8時まで行った。  

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隣の家との境の垣根の伸びきった枝を伐採。

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2014年6月12日 (木)

素人が無農薬で稲を育てる・一番の高いハードルは、除草・この大問題を、エンジンを使わないで手で除草を行う(5反歩ぐらいなら、お金もかからなく効率の良い・とる輪くんが最適。

5反歩の田んぼで無農薬・無肥料で米作りを行って、今年で5年目を迎える・一番大変なことは、やはり田の草の除草だ。  はじめは、田んぼの中に這いつくばって、両手で田んぼをかき回しながらの草取り・これは想像を絶するほどつらい。   次に日には、身体のあちこちが痛く、何もできない日が続く。  それで、急きょアルミ製の除草機2台を購入(約5万円)さっそくこの除草機を使ってみる・天にも昇る快適さ。 草取りは、これが確信だという思いが日に日に強くなっていくが。  しかし、この後1か月もすると両腕の筋肉がダウン、そこで、中古のエンジン除草機を購入・使ってみると、まるで使い物にならない陳腐な代物。  最後に、たどりついたのが、とる輪くん・製作費約50円。筋肉疲労はなく快適。 素人は、素人の体に合った{かがまないで草取りをする・エンジンを使わない道具を自分で考え・試行錯誤を繰り返していくしかないという・ごく当たり前の結論に到達した。   女性には身体に負担があまりかからない熊手除草が良いのでは。 竹ホウキ除草(1) 竹ボウキ除草(2) 草取り道具一覧(とる輪くんの仲間たち)・この道具をその日の草の状態と体調と体力に合わせて、とっかえひっかえやってみるのが一番良い。 いろいろ道具を変えてやっても、昨日なんかは、最後は、田んぼに這いつくばって手で、草をとり、田んぼの土に埋め込む、一番腰の筋肉に負担がかかる方法で、除草を行った。(1時間ほど) 結論は、道具のよし悪しではなく、その時の自分の体調と、心の揺れに合わせて、だましだまし飽きずに除草を行うことではないかと思う。 農家で子供のころから育った人は、確実に、私の2倍の体力を60才を過ぎても、持っているので、身体を使うことには、慣れている。 しかし、都会で身体を使うより頭を使って生きてきた自分は、農家の人がやっていることを、そのまま真似することは、体力的に無理なので、自分に合ったやり方・道具を自分で作っていくしかないのではと、この5年間を振り返って思っている。 とる輪くん・アップ 各除草道具で浮かせた草を網ですくい取り、これに乗せて運ぶ。 今や、時々しか出番のない除草機。

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NHKのあさイチ(知られざるに大麦パワー・とても興味深く素晴らしい情報番組だった・感謝)に出演・青江誠一郎先生・大妻女子大学教授(専門は食物繊維・大麦は食物繊維が白米の20倍・玄米の3倍・大麦に多く含まれるグルカンが食後の血糖値の上昇を穏やかにすると解説・夕方、近所のスーパーに大麦を買いに行ったら売り切れ。

ご飯に30パーセントの大麦を混ぜると効果があると。    先生の研究へリンク http://www.nyusankin.or.jp/health/pdf/Nyusankin_474_b1.pdf ご飯を、炊くときには、お米と大麦の吸水の違いを理解して、炊くとおいしい麦ごはんが食べることができる・とのこと。

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2014年6月 9日 (月)

東京・西新宿にミネラルフェアを観に行く・2014年6月8日

110万円のアンモナイト 太郎くん将来買うかも。 それにしても大混雑。 疲れた・休憩・昼食 太郎君・食後・化石発掘割に挑戦。/strong> バラバラに割れてしまって失敗。 太郎君もう一つ選んで。 今度は、石が綺麗に3つに割れ、中からきれいに三葉虫の化石が出てきた。

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2014年6月7日 プロジェクト内輪の食事会・椎の大木の下で。

今日の食事会は、久々に3人娘がそろった。 そして、忙しい中、奥 克彦さんも参加。 関西風・おでん。 本場・大阪のお好み焼き。 途中から、小杉さん一家合流。  

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奥 克彦さん庭になっているビワと梅を使ってビワ・梅ジュースを作ってくれる・これはとてもおいしく、これからの暑い中での田んぼ作業の活力になるビワ梅ジュース。

ビワの木 梅の木 ビワ・梅ジュース完成・明日には飲める。  

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梅雨宣言の日・田んぼの花菖蒲を生ける・凛としたそのたたずまいが美しい。

時折・雨がザート降ったり止んだりした中、撮影。

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奥 克彦さん国会での多忙な仕事の中、無農薬田んぼで心も体もリフレッシュ。(6月7日・雨にもめげづ)

YOUTUBEより動画配信

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2014年6月 7日 (土)

6月7日(2014) 梅雨前線停滞 昨日から雨で、田んぼの水位が急上昇・畔からあふれたので、緊急に排水開始。

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土壌動物学の青木淳一先生・昨夜NHKの番組で。 4年前、プロジェクトの里山の生き物調査を生き物係りの林鷹央さんに依頼・そのときの調査で、自然環境把握の指標に土壌動物の調査が役に立つことを初めて知った。その時の映像を4年前のYOUTUBEから改め見てみる。

オオバウマノスズクサ発見・関口晋太郎先生

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2014年6月 5日 (木)

モンキーブリッジ・ボーイスカウト 木更津第2団 2011年 木更津こどもまつりにて撮影・これを中尾の里山でできると子供たちが喜ぶのでは?

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コナギ大量発生 2日前より除草・除草・除草 6月5日 和嶋さん雨の中草取りに参加・ありがたい。

コナギが密集している。 竹の熊手を使ってコナギを浮かせて網ですくい取る 水に浮かせて。

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2014年6月 2日 (月)

6月のホタル街道・国道410号線を行く・天と地の燦きが同時に楽しめる。

房総半島の背骨の道・国道410号線。そのルートは、6月になると野生のホタル生息地が点在する「ホタル街道」になる。また、ホタル生息地周辺は星空が美しく、絶好の天体観察スポットでもある。天と地燦きを同時に楽しめるのは、5月下旬から6月中旬まで。   その中で、一番素晴らしい・清和ほたるの里を紹介する。     平成3年ごろ清和県民の森の一面に、わずかに生息しているホタルが発見されました。 この貴重なホタル生息地を守るために平成6年、地元関係者が・清和ほたるの里を護る会を結成し、ホタル生息地の農家の賛同を得て、ここを清和ほたるの里と命名しました。 以来、無農薬化の推進、水路の改善等、ホタルの生息し易い環境づくり努力を重ねた結果、現在では自然のままにホタルが発生する千葉県有数のホタルの里に発展しました。・・・・・清和ほたるの里を守る会・・・・・・ 事務局 清和県民の森 0439-38ー2222     標識に沿って行くと広い駐車場に着く・ここに車を止めることができる。夜、ホタル鑑賞するときは、車1台あたり300円の協力費を入口で納める・日中は、ヘラブナ釣りに来る人たちの車でにぎわっている。                           6月1日の夜7時半過ぎから、清和ほたるの里を訪れた・素晴らしい・そして星空も素晴らしい。これまで、いろいろほたるの里を訪れたが、ここはダントツに素晴らしい・期待を裏切らない。 ネットでの紹介 http://www.rurubu.com/season/summer/hotaru/detail.aspx?SozaiNo=120003 国道410号線・ほたる街道の終点・木更津市の源氏蛍の生息地でのほたる鑑賞会を紹介 http://sciencenet.cocolog-nifty.com/kisarazuizushima/2014/06/post-64a4.html

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2014年6月 1日 (日)

源氏ボタル情報 5月31日版 今年は、例年より早く出現(約30匹)。平家ボタル(約5匹}確認

今年の木更津中尾伊豆島プロジェクトの田んぼビオトープの源氏ボタルの出現状況は、このところの日中の暑さの影響か、例年より4日ほど早く出現。 31日の、午後7時30分で源氏ボタル約30匹・平家ボタル5匹を確認した。  ほたるが本格的に舞うのは、今年は、10日前後と思われる。 来週末のほたる鑑賞会に備えて、この日今年2回目のほたる調査を、小杉武さんと三條場洋子さんと行った。  早い時期にかかわらず源氏ボタルの優雅な舞に心を奪われた。   来週末の鑑賞会は大成功に間違いない。

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小杉 武さんプール周辺工事最終段階 5月31日

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2014年5月31日 (土)

5月30日 ほたる鑑賞会を控え最後の草刈り・伊豆島の屋敷跡の様子。

源氏ほたる生息地の草刈り。 木更津中尾伊豆島プロジェクトの田んぼビオトープ 伊豆島の屋敷跡の活動地の様子。 ジャガイも畑 梅の木 今年の梅は昨年の大豊作の影響か、不作。

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2014年5月29日 (木)

5月28日 夕焼けがとても綺麗 18時51分から52分に撮影・淵田弥吉さんと地震雲の関係は?

淵田さんが6時ごろ真竹を採りに中尾の家にきて2人で真竹を採り淵田さんが帰った後、しばらくして空が赤くなった。   5月4日の夕方、淵田さんから電話で、空を見てと。空を観ると地震雲(?)が出ていた。次の日の早朝に震度4の地震があったことを思い出した。なぜか淵田さんと気象の変化のつながりがあるのかな?  

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2014年5月28日 (水)

5月26日の晩から27日の朝にかけて降り続いた雨で無農薬田んぼは満水・排水を行う。

この日、小杉田んぼを見回ると、かなり草が出てきているので、1時間ほどかけて、よく育っている草を除草。  家の前の尾高田んぼは、排水後、畦の周辺の除草を1時間余り行った。

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2014年5月27日 (火)

平野すずゑさん 三條場洋子さん 漆畑直美さんの3人で田植え(5月25日午後)

平野すずゑさんの田植えは素晴らしい・半世紀近くこの田んぼで田植えを行ってきた。今日は2人の田植えを見学している予定だったが、見るにみかねて田んぼへ。 夕食は田植えをした無農薬田んぼが見える部屋で。 後日・漆畑さんよりお礼のメールが。 尾高師匠   2日間 薫風の吹き抜ける美しい水田のある里 中尾で   不思議なご縁で集まった人々と楽しく過ごさせて頂きました。   有難うございました。   尾高師匠と中尾の里があるから おかげさまで   私も 豊かな交流に参加することができて 元気になります。   いつも 有難うございます。      今年は 水田に入り 田植が出来て 嬉しい!! です。   仕様がないなあ・・・・と 師匠が いつも田植えの後の手入れや     始末をしてくださっているのでしょうね。   お手数をおかけしてごめんなさい。       頂いたお米を早速 2合土鍋に浸けてきました。   今晩炊き上げて 頂く予定です。     6月に中尾にまた伺わせていただくのを楽しみに。

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皆んなでソラマメを収穫して、すぐにゆでて初夏のソラマメの味を堪能・うまい。

ソラマメ畑は、リビングの目の前にある・今年の初めに1本50円の苗を40本購入して、毎日この場所から眺めていた。肥料もやらず、3度の大雪もはねのけ立派に育って実を着けた・今日はみんなでソラマメもぎ。 収穫したソラマメをみんなで皮をむく。 むき終わったら素早く沸騰したお湯の中に約50秒。; 茹で上がり 素早く食べる さようなら

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久しぶりに平野すずゑさんを呼んで泊りがけの食事会を行う・5月24日から25日

この日の午後・平野すずゑさんを娘さんの斉藤千世子さんが車で連れてきてくれた。 この日の食事会は、夜中の12時を回ってお開きに・全員、中尾の家に泊まる。 楽しい・心温まる食事会になった。  

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漆畑直美さん三條場洋子さん中尾の里山を見て回る 5月24日

ヤマボウシの花が咲き始めた。

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無農薬田んぼには、鷺と鴨たちが毎日エサを食べに来ている。5月24日撮影

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5月24日 早朝から安西さんは源氏蛍が生息する場所の山狩り2回目・ご苦労さま。

今年は、ほたるの生息地域の手入れができないので、ほたる鑑賞は無理だと思っていたが、安西さんの協力で可能になった・感謝。  

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2014年5月21日 (水)

5月21日 昨夜からの雨は、21日の夕方になってようやく止んだ・田んぼは雨水で満水。

小杉田んぼは満水 中尾の家の前の尾高田んぼも満水。  

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宇宙旅行かなう夢・5月19日朝日新聞朝刊に掲載・長年の夢が来年にも実現しそうだ。

約10年前・アメリカのモハベに民間の宇宙船スペースシップワンの初フライトを長谷川敏紀さんに同行させてもらい撮影に行った時の感動は、今でも鮮明に覚えている。YOUTUBEからその時の映像を動画配信・その夢がいよいよ来年にも実現しそうだ。素晴らしい。   スペースシップワンの映像を日本人で唯一撮影し編集完成したメンバー3人・長谷川敏紀さん三條場洋子さん尾高の3人。

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