2015年7月 5日 (日)

EDIUS Pro8の使い方・その歴史からたどって。YouTubeより・ 操作性の似ているEDIUS Neo 3.5の使い方も参考にして。

EDIUS Pro8の使い方 http://www.grassvalley.jp/products/edius_pro_8.php EDIUS Neo 3.5の使い方。編集 EDIUS EDIUS(エディウス)とは? EDIUS(エディウス)とは、グラスバレー株式会社(旧トムソン・カノープス)が2003年から開発・販売している、日本製のノンリニア編集用ソフトウェア。 SD/HD/FullHDなどマルチフォーマット対応やAVCHDやデジタル一眼のネイティブ編集、1080/60pなどの最新規格対応、その映像の混在編集、デュアルディスプレイ表示も可能な独特なマルチウインドウ構成のGUIなどを特徴とし、DVD/Blu-rayのオーサリングからSDカード・カメラにエクスポートする AVCHD出力、iPad/YouTubeなどへのMP4など一連のエクスポータを実装し、入力から出力までオールインワンの機能を有する。放送・映画からアマチュア・ハイアマチュアまで広いユーザー層を獲得し、昨今は、EDIUS Neo 3が家電量販店のPOSデータを集計したBCNランキングで1位を獲得したことが発表されるなど一般ユーザーにも支持されるソフトに成長している。 パナソニック株式会社とは、AVCHDフォーマット普及に向けて協業に合意したことが発表され、EDIUS Neo 2 Boosterから、AVCHDネイティブ編集に対応している。また、EDIUS 6からはQuickTime/H.264ネイティブ編集にも対応している。Pro6.5/Neo3.5/Expressからはモジュールが統一化され、アップデータも一つにまとめられた(インストール時のシリアルナンバーでElite,Pro,Neo,Expressを判別する)。 概要[編集] DV、HDV、AVCHD等のあらゆるフォーマットに対応するほか、Canopus HQという放送業界でも採用される独自コーデックや自社製ハードウェアを持つことが特徴である。当初はアクセラレーションボード、DVStormシリーズのハードウェアDVコーデックでノンリニア編集の一時代を築いたが、マルチコアCPUの登場とともに、CPUの性能を限界まで引き出すことで、PCの性能に合わせてリアルタイム性を高めることができるスケーラブルテクノロジーの思想に一新し、ハイビジョンリアルタイム編集を実現している。 また、プロユースでもシェアを広げているノンリニア編集ソフトの中で、比較的ハードウエアの制約が少ない。映画などの編集で需要の高い、Avid等の古くからある編集ソフトでは、グラフィックボードやシステム構成に厳しい条件が課せられている場合が多い中、通常のソフトではグラフィックボードの特性がOpenGL系を強く推奨するメーカーが多いにも関わらず、DirectXを中心に据えたボードでも対応している。 現行バージョンは「EDIUS Pro 7」と「EDIUS Elite 7」。また、EDIUS Proのエンジンを踏襲したミドルレンジモデル「EDIUS Neo」や、ジャストシステムとの共同開発で初等教育の検定教科書にも採用される初心者向けの「エディウスJ」、そしてエントリー向けの「EDIUS Express」(ダウンロード販売限定)がある。 ソフトウェアパッケージ[編集] エディウスJ[編集] EDIUSシリーズのエントリーモデル。ジャストシステムから小学校などの教育機関向けのビデオ編集ソフトとして発売されており、授業で習ったことを家庭でも楽しめる製品とされている。編集画面は直感的に使えるよう、新たにナビゲーションウィンドウを搭載し、画面に大きく表示されたイラストボタンに従って、順番に操作していくことで、映像の取り込みからDVD作成まで予備知識がなくても簡単に行うことができる。ちなみに、このエディションのみローマ字ではなくカタカナで「エディウス」と表記される。 EDIUS Express[編集] エディウスJ同様エントリー向け。Neoと比べ、機能は大幅に制限されているが、タイトル入力やトランジションといった基本機能は網羅している。EDIUS Neo[編集] EDIUSシリーズのミドルレンジモデル。家庭用のビデオ編集から映像クリエイターの本格的な映像制作まで、幅広い用途で使用できる。 多彩なトランジションやビデオフィルタをはじめ、無制限に拡張できるトラック(ビデオ・タイトル・オーディオ共に)や同時に複数のシーケンスを編集できるネストシーケンス機能など家庭用として最高峰の機能を有している。エディウスJとは異なり、ユーザーインターフェースはEDIUS Proを同一のものが採用されており、搭載されているエンジンもEDIUS Proがベースとされている。 その為、プレイヤーとレコーダで構成されるプレビュー画面やデュアルモニタの対応など映像クリエイター向け設定も用意されている。バージョン2から、自社製編集ボードに対応し、HDSPARKとFIRECODER Bluのセット版が販売されている。パナソニック株式会社のAVCCAMにはバンドルされている。2009年11月に発売された、「EDIUS neo 2」の機能拡張版である「EDIUS neo 2 booster」では、EDIUSシリーズとしては初めて正式にwindows7に対応した。EDIUS / EDIUS Pro[編集] EDIUSシリーズのハイエンドモデル。放送業界に導入されるなどアマチュアからプロシューマまで幅広い評価を受けている。3つあるエディションの中で唯一USBドングルを採用しており、これを差し込まないとソフトが起動せず、同じライセンスで複数台のマシンにインストールできる代わりに同時に使えるのは一台だけという仕様になっている。 自社製のハードウェアと合わせてノンリニア編集システムを構築することもできる。なお、Version 5のWindows7への対応に関しては、当初は次回のメジャーアップデートで対応予定であるとしていたが、2010年4月9日に無償アップデート(Ver 5.5)にて対応した。なお、バージョン6はタイトルからProが取れ、単にEDIUS 6となっていたが、次バージョンの6.5では再びProが付くようになった。なお、Pro 6.5以降はUSBドングルが不要(インターネットでのライセンス認証方式に変更)となっている。 本ソフトがベースのNeo3.5,ExpressはWindows7(32bitもしくは64bit)専用で、アップデータでWindows8も対応するが64bitのみとなる。EDIUS 7からは、Windows 7及び8の64bitのみの対応になる。 システムパッケージ[編集] EDIUS システム[編集] EDIUSには、グラスバレー株式会社が開発するノンリニア編集システムがある。現行バージョンのEDIUS Pro6.5には、HDSPARK・STORM MOBILEが、旧バージョンのPro 5にはVELXUSシリーズが発売されている。 HDSPARK HDSPARKは、EDIUS 6/Pro6.5とHDMI出力搭載のハードウェアによる編集システム。HDMI出力で絵と音を同時に撮影クオリティのまま確認しながら編集できる。 HDSTORM / HDSTORM PLUS / HDSTORM CLASSIC HDSTORMは、EDIUS 6とHDMI入出力搭載のハードウェアによる編集システム。ビデオカメラからHDMI出力された映像をハードウェアエンコードでリアルタイムにCanopus HQ Codecでキャプチャできる。AVCHDやXactiを代表とするH.264形式で撮影される映像は圧縮率が高く、EDIUSの場合Cnopus HQへの変換が必要とされるが、HDSTORMを用いることで従来のリニア感覚で取り込み軽快に編集できる。HDSTORM PLUSは、HDSTORMに加え、アナログの入出力とHDMIの入出力を搭載した5インチベイ HDSTORM Bayの組み合わせである。 アナログ映像のキャプチャやコンポーネントによるマスモニへの出力、ケーブルの着脱の利便性向上などの特徴が上げられる。HDSTORM CLASSICは、HDSTORM PLUS同様HDSTORM BAYとの組み合わせ。現在は3機種共に発売終了。 STORM MOBILE 様々なプラットフォームに対応したインタフェースユニット。HD STORMの後継で、従来の機能を5インチベイに集約させた。5インチベイ内蔵型、外付け型があり、外付け型にはデスクトップ用とノート用、そしてそれぞれにEDIUS 6/Pro6.5をバンドルした物が用意される。EDIUS ワークステーション[編集] EDIUSのノンリニア編集ワークステーションには、REXCEED(レクシード)/HDWSシリーズがある。hp製の業務用ワークステーションをベースに、EDIUSの最上位モデル「EDIUS Elite」とSTORMなどの専用ハードウェアで構成するREXCEED MxxxV、REXCEED Mxxxxのシリーズと自社製ワークステーションをベースに展開し放送業界で高い導入実績のあるHDWSシリーズのラインアップ。サーバーシステムを追加した蓄積・送出までの拡張性を有する。HDWSシリーズは、最新編集ソフト「EDIUS Elite 7」と旧バージョンの「EDIUS Elite 2.8」(機種によっては「EDIUS Elite」と旧バージョンの「EDIUS 6 Broadcast」)を放送局の環境に応じてインストール出来る。* REXCEED/HDWS テクノロジー[編集] Grass Valley HQ Codec(旧Canopus HQ Codec) 自社で開発した編集用コーデック。ハイビジョンも効率的に編集でき、高画質を維持できる特性から放送局でも採用される。映像のクオリティを完全に維持するには非圧縮データを用いる必要があるが、ハイビジョンの非圧縮映像は約1.5Gbpsものデータ量になり、記録には膨大な容量を、編集にはレンダリングやハードディスクのRAIDシステムの構築を必要とする。その為、地上デジタル放送は約17Mbps、HDVは約25Mbps、AVCHDは約15Mbps程度に圧縮して記録しているが、圧縮率が高くなるほどパソコンでの取り扱いが難しくなるため一長一短がある。 Canopus HQ Codecは、オリジナルの映像品位と編集のパフォーマンスが両立されるように約150Mbps程度に圧縮伸張されている。可変ビットレート方式が採用され、AVIコーデックであるため1フレーム単位で編集でき、アルファチャンネルにも対応する。 なお、AVCHDをCanopus HQ Codecに変換するCanopus AVCHD converterや、HDMI伝送の非圧縮のハイビジョンをCanopus HQ Codecにハードウェアでリアルタイムにエンコードするボード及びユニット(HDSTORM、STORM MOBILE)がある。近年はNHKと共同で、同社のコーデックを採用した編集機を開発した実績もあり、信頼性の面でも一目置かれている。Grass Valley HQX Codec(旧Canopus HQX Codec) Canopus HQ Codecの特性をさらに進化させ、真の高画質・高効率性を実現した次世代コーデック。EDIUSの第6世代(EDIUS 6)から採用されている。HQ CodecがDVやHDV、AVCHDなど最大1920×1080ピクセルまでのビデオ信号を中心とする解像度の編集(レンダリング)をサポートするのに対して、HQX Codecは、最小24×24から最大4096×2160ピクセルのレンダリングエンジンを搭載し、WEB用の特殊な解像度やRedOneなどの4k、スコープ・ビスタサイズ、デジタルサイネージで用いる縦型ムービーの製作を行える。色深度は10bitに対応するため、業務用カメラで収録した10bitカメラの編集に親和性がある。 AVCHDネイティブ編集 自社で開発した独自AVCHDエンジンにより「EDIUS Neo 2 Booster」でネイティブ編集に対応。従来の自社ソフトは、Canopus HQ Codecを用いた中間コーデックによる編集を、他社ソフトはプロキシデータの生成やフレームを間引いて編集を行っていたが、それらを行うことなくフルフレーム、フル解像度をベースに、フルクオリティのままネイティブ編集できる。 QuickTime/H.264ネイティブ編集 キヤノン EOS 5D Mark Ⅱを代表とする「Canon EOS ムービー」やニコン D7000などの「Nikon D ムービー」などのデジタル一眼レフで撮影するムービーや、デジタルカメラ、携帯端末で採用が進むQuickTimeフォーマットに準拠したH.264/AVC規格の自社開発エンジンを搭載しリアルタイム編集を行える。通常PCでQuickTimeを扱う場合、AppleのQuickTimeを用いて処理(デコード)するが、EDIUSの内部エンジンが用いられることで圧倒的なパフォーマンスが生み出されている。EDIUS 6とEDIUS Neo 3以降で対応。 EDIUS Neo でTame Raps 微速度撮影

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2015年7月 4日 (土)

夜中に豪雨 朝になっても田んぼの排水は、このとうり。2015年7月3日から4日にかけての夜中に豪雨

夜中に降った雨は、豪雨になり水路は20センチほどあふれ、朝になっても田んぼからの­排水の水は、多い。  先日も、風速20メートルを超える強風が吹いた。  今年の米作りは心配事が多い。

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2015年7月 3日 (金)

EDIUS Pro 8で HDVビデオ映像をIEEEケーブルを使い取り込む。(PCは九十九電機製ExPc/Windows8.1・COREi7 2015年7月3日

4K映像まで対応する動画編集ソフトEDIUS Pro 8を使い、HDVテープに記録された映像をIEEEケーブルを介して、動画ソフトにキャプチャーすることができた。  これで、これまでHDVで記録してきたたくさんの映像を編集することができる。モニターは、シャープ60インチ・クワトロン2K 急遽・小杉さんに手伝ってもらいEDIUS Pro 8編集室を2階に。 2階のEDIUS Pro 8編集室の設置に伴い1階も模様替えを行った。

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2015年7月 2日 (木)

525年もの歴史を持つ中尾の熊野神社・(1490年9月創建)今年の祭礼は7月20日午前9時から。今、故郷を見つめなおそうでは。

房総半島に現存する熊野神社は、福島やに次いで、全国第2位といわれるほど多く、房総は、古来より紀州三山への信仰が浸透した地域でした。 また、漁法や醤油の醸造法を始め、黒潮を通じて紀州から伝えられた技術や文化も、房総には数多く残されています。  海と山、豊かな自然に恵まれているという自然環境も似ており、人間の気質も似通ったものがあったのでしょう。 たとえ住んでいる地区に熊野神社が存在していても、残念ながらそれらの神社と紀州熊野とのつながりに気づかない人がほとんどというのが現状です。(この文章は袖ヶ浦郷土博物館 館長 渡辺 護氏の記述から転載)   現住所は、ほたる野3丁目38番~1(旧住所 中尾670番地) 4 小高い丘の頂上にある熊野神社からは、東京湾を隔てて富士山がどーんとみることができる。この場所に富士山信仰の碑がある。この碑を建てた昔の人たちの心が伝わってくる。  

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2015年7月 1日 (水)

4K対応動画編集ソフト EDIUS Neo 3,5からEDIUS Pro 8へ 2015年6月28日~7月1日

ハイビジョン映像編集から4K映像編集に対応するために、ノンリニアにもリニアにも対応するEDIUS Pro 8が6月末に発売されたので、さっそく手に入れ、先月購入した九十九電機製のEXコンピュータにインストール。  10年以上前に少し動かしたことのあるEDIUS Pro 3の取説本を参考に動画ソフトを動かしてみた。  懐かしい、カノープスの記憶がよみがえってきた。 動画編集を一度もやったことのない、小杉さんは、まづプレミアエレメンツを使って4K動画編集の基礎を三條場さんから学ぶ・お疲れ様・ドローンの4k映像の編集が何とかできるようになった。 EDIUS Pro8を入手したので、さっそくインストール。 約1時間半で、何とかEDIUS Pro 8を動かせるようになった。これで、4Kのドローン映像の編集のめどがついた。

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4015年6月28日 小杉田んぼにミネラル(ミネグリーン)7袋投入。

ミネラルを田んぼに播いた後は、土嚢で水路から田んぼに入る水の流入口を遮断した。 稲の丈は約30センチ

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2015年6月30日 (火)

女の子たちで、ジャガイモの収穫とザリガニ釣り…・大満足。2015年6月28日

このジャガイモは、みんなで3月27日に植えた。今日は、2回目の収穫・ジャガイモは、すっかり枯れて、夏草に埋もれていた。掘り起こすと美味しそうなジャガイモがたくさん収穫できた。  ジャガイモ掘りの後は、中尾に戻ってきて、家の前の、田んぼの水路でザリガニ釣り・この日も大量にザリガニを釣ることができた。 伊豆島の畑で、ジャガイモの収穫を終え・中尾に戻ってきて、家の前の無農薬田んぼの水路で、ザリガニ釣り。

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2015年6月28日 (日)

近所の農家の石川さんの畑では、早朝よりトウモロコシの収穫・もぎたてのトウモロコシをいただき生で食べてみると・口の中は甘い汁が充満・おいしい。2015年6月28日

この品種は。ゴールドラッシュ・生でも果物のように 甘くジューシー・口の中で粒がはじける感覚が新鮮。 収穫は7月中旬まで続く・ぜひ一度、木更津市中尾の町内会館の脇にある畑のトウモロコシを食べてみて。  早朝、収穫している石川さんに声をかけて、譲ってもらい味わってみたらどうでしょう・(1本100円で譲ってくれます)  

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2015年6月24日 (水)

TAKUBO PROJECT Scince 1986

 

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2015年6月21日 (日)

ザリガニ釣りの名人たち 無農薬の田んぼの水路にザリガニが大量発生/午後は、伊豆島の畑でジャガイモ掘り。 2015年6月21日

    午後は、伊豆島の畑でジャガイモ掘り

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木更津市中尾のTAKUBO 田窪恭冶    フランス・ノルマンジーの林檎

林檎の画の下は、林檎の礼拝堂の屋根瓦と屋根ガラス。

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1週間真水で飼ってからザリガニを茹でて初めて食べる・・・・・・エビに近い味で癖がない美味しさ。ザリガニ釣りは、大人も子供も病みつきになるほど面白い。2015年6月

毎日、水を替えるたびにザリガニの数が減り(共食い)1週間後は、たったこれだけに。恐る恐る食べたが、意外にいける・・・・・美味しい。 食事後、ザリガニ釣り再開。 次の日、この子達は、200匹余りを捕獲。

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2015年6月17日 (水)

田窪恭治 1986年からの映像を動画配信 26本 その1本づつにTAKUBOが息づいている。

1986年 撮影 材料を入手して行徳のアトリエへ 1986年行徳アトリエからフジTVギャラリーでの田窪恭治展へ 1986年 行徳アトリエでTAKUBOを語る。 1987年 世田谷美術館にて家公開制作(1) 1987年 世田谷美術館にて家公開制作(2) 1987年 世田谷美術館にて家公開制作(3) 1987年 絶対現場 (1) 1987年 絶対現場 (2) 1998年3月31日 彫刻の森美術館にて田窪恭治展開催 礼拝堂プロジェクト構想の発表。 1988年10月 フランス・サンマルタン・ドミュー村 村議会に提案・承認 1989年11月 礼拝堂模型完成 1989年1月 教会石膏模型撮影 1990年1月26日から2月6日 フジTVギャラリーにて 田窪恭治ーサン・ヴィゴール・ド・ミュー礼拝堂プロジェクト展 1992年7月30日 サン・ヴィゴール・ド・ミュー礼拝堂プロジェクト日本支援委員会発足 1992年10月26日 はつり後の教会 昭和電工会長 鈴木治雄氏現地訪問 1992年はつり後の礼拝堂の様子。 広島市立美術館 1992年2月 この大型リトグラフができるまでをYOUTUBEから動画配信 1994年 屋根ぐみ・ガラスパネル・夜の屋根ガラス 田窪恭治 フランス・林檎の礼拝堂 報告会の全記録93分 撮影・編集 尾高俊夫 YOUTUBEより配信 林檎の礼拝堂プロジェクト YOUTUBEより配信・撮影・尾高俊夫。   1996年11月フジTVギャラリーでの田窪恭治展・多摩美大学生との交流会 木更津中尾伊豆島プロジェクト 中尾の家 田窪恭作品を展示 2015年6月16日   これまで,撮影したテープは、200本を超えた。; 田窪プロジェクトの初期は、1インチテープ・4分の3Uマチックテープ・そしてベーターカムテープへと・現在各テープとも、再生することが難しくなってきた。ビデオの歴史をたどっているようなプロジェクトの撮影だった。   田窪プロジェクトの初期は、1インチテープ・4分の3Uマチックテープ・そしてベーターカムテープへと・現在各テープとも、再生することが難しくなってきた。ビデオの歴史をたどっているようなプロジェクトの撮影だった。  

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2015年6月16日 (火)

風景芸術家 田窪恭冶のアトリエを訪ねて 2015年6月15日

YouTubeより動画配信   この日、アトリエでは、20年前にフランス・ノルマンジーの林檎の礼拝堂の中に響いていた同じ音が響いていた。 この日、田窪恭治作品・ノルマンジーの林檎のパステル画が中尾の家に 画の下は、林檎の礼拝堂の屋根瓦と屋根ガラス   両脇の壁に掛かっている画は、田窪恭治作品  

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2015年6月10日 (水)

ザリガニ釣り/ 長谷川さんドローンフライト見学とドローン映像の編集アドバイスに木更津へ前橋から来てもらう。

   

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2015年6月 8日 (月)

漆畑さん三條場さん小杉さんとで源氏蛍鑑賞・中尾の家の前の水路でも平家蛍を15匹確認。 2015年6月7日

 

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漆畑さん三條場さん和嶋さん土水路でザリガニ駆除・近所の高津さん宅訪問・琵琶もぎ 2015年6月7日

みんなでザリガニ駆除 ザリガニ駆除 近所の新規移住者の高津さん宅訪問。 ここは、山を切り開き新しく家を建て、移住してきた。 中尾の家に戻り庭の琵琶をとる。  

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2015年6月 6日 (土)

房総半島の秘境に生息する源氏蛍 その生息環境をドローンで空撮する小杉武さん・その様子をビデオで撮影する三條場洋子さん。

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2015年6月 3日 (水)

この朝九州は梅雨入り 中尾の田んぼにも小雨が。2015年6月3日・今年の源氏蛍は、昨年より早く5月31日には、約40匹余りを確認。

 朝5時45分自分の田んぼを見て、抑草が完璧・思わず笑顔がこぼれる。 家の琵琶も熟してきた。 中尾の家の前の尾高田んぼ。  

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2015年6月 1日 (月)

空撮 ほたる野 小杉邸より離陸・伊豆島東堰里山へ・ 中尾の里山田んぼを空から撮影 

中尾の里山田んぼを空から撮影にリンク  https://www.youtube.com/watch?v=hXCsAIjEQ8w

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2015年5月29日 (金)

ジャガイモ畑の手入れをする和嶋さん 2015年5月28日

3月27日に植えたジャガイモが2か月でこんなに育って、花が咲いている。あと3週間でジャガイモの収穫が始まる。  この間、一度,芽欠きを行っただけで、こんなに立派に育った。素晴らしい・・・・・。 今日は、周りの雑草取りと土寄せを行った。

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快晴・気温30度 小杉田圃 田んぼに注水する地下水の水温は15度・田んぼの周囲の土水路を一周地下水を回すと30度の水温に上昇。2015年5月27日11時撮影

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2015年5月28日 (木)

2015年5月24日 この日の田植えは、女性パワー。和嶋さんグループと三條場さん漆畑さん。田植えを挟んで幸運の四葉のクローバー探し・金運をさずかる5葉を見つけた人も現れた。

 

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田んぼガールの先駆けの3人が久しぶりに田植で再会・次の日、木更津高専の女生徒と小杉叔母さんが加わり田植開始 2015年5月23日から24日 

三人の職業は、右からコピーライター・Webデザイナー・薬剤師 次の日の朝、木更津高専の元気な自然環境に強い女生徒2名と環境の専門家の先生が田植に(男子生徒1名は、電車に乗り遅れてあとから自転車で駆け付けた)このメンバーは、田植2年目。 自分たちが昨年植えたもち米をお赤飯にして味わう。 皆で田植の準備    今年生まれたトウキョウサンショウウオを観察     完成したばかりの土水路の生物調査も・ザリガニの子供がたくさんいる。                       四葉のクローバー探し・こんなにたくさんの四葉のクローバー・この中には五葉・6葉もある。 四葉のクローバー

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蛍のシーズンが近くなったので源氏蛍の生息地の草刈りを行った・2015年5月20日

今年は、5月に入って真夏の日が続くので源氏蛍のシーズンは早くなるのでは?

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米作りが5年目の和嶋さん・この日は、ひとりで糯米を植える。2015年18日

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小杉さんは、現役の会社経営者 そのため田んぼの手入れは週末に限られる・ この日はあいにくの激しい雨の中、田んぼの草取りと稲の欠株の補植を行った。2015年5月16日

小杉田んぼは、約2,5反歩(750坪)  

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2015年5月24日 (日)

田んぼ環境を空から鳥の目で見たい ドローンでその夢が現実のものに 感動・感動・感動 2015年5月23日

グーグルアースで初めて田んぼ環境を宇宙から見ることができた・その感動は今でも鮮明に覆えている。  その感動から約10年後の2015年5月16日 小杉さんは昨日の夜中に到着したドローンの荷物を 抱えて中尾の家にきた。  すぐに組立初めて、セットアップを完了・さっそくテスト飛行開始・はじめての映像がこの映像。 素晴らしい・ただただ感動・・・・・。 

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2015年5月15日 (金)

田植後3日後の小杉田圃 台風は熱帯低気圧になり無事通過 2015年5月13日

台風の強風に備えて田んぼの水位を高くした。

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2015年5月12日 (火)

田植 二つの田んぼビオトープ約4反歩を約4時間かけて植え終わる。 2015年5月10日

この日から揚水の冷たい水を土水路に入れ一回り回して温めて田んぼに入れる。

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さっそく、小杉さんの子供たちの小学校の仲間たちとで田圃ビオトープで泥だらけになりながらもち米を植える・田植後は去年みんなで収穫したもち米を使ってお餅とお赤飯を味わう。 2015年5月9日

 去年、みんなで稲刈りをしたもち米で餅つき 庭の椎の大木に登って

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香取市の椿農場に今年も稲の苗を取りに行く・この日は、朝の7時に伺ったのに、椿さんご夫婦と話しこみ昼近くになってしまい慌てて苗を積みこみ木更津へ 2015年5月9日

椿さんご夫婦とは、6年目になる・稲の苗を通じての変わらない交流が続いている。

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田植前の田んぼビオトープ   2015年5月6日

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2015年5月 6日 (水)

こどもの日の夕食は流しソーメンと手巻き寿司 2015年5月4日から5日

5月4日朝・淵田さん一家が竹伐りに見えた・聞くと流しソーメンを夏にやるので竹をほしいとのことで、伊豆島の屋敷跡の竹林に案内した。その話を孫たちが聞いていて、自分たちもやりたいと言い出し、淵田さんにお願いして 、残った半分を貰い受けることにした。次の日の朝、きれいに竹を加工して届けてくれた。  さっそく、孫と流しソーメンの準備に取り掛かり完成させた。夕方を待って流しソーメン開始・孫たちは大満足・ そのあと手巻き寿司とケーキで、子供の日を祝った。そして夕食後は、菖蒲湯。 中尾の家のしいの大木の下に流しソーメンを設置・5月5日 ソーメン流し開始

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2015年5月 5日 (火)

孫たちの中尾でのゴールデンウイーク 2015年5月2日から6日

孫たちは、トラクターに乗せてもらい大満足。 下の孫は裏山に上るのが大好き。 去年の春に孫たち2人で植えた鎌足桜は、こんなに大きくなった・今年は、20ぐらいの花をつけた。 伊豆島の屋敷跡へ 今年は竹の子は、例年と比べて期間が短く本数は極端に少ない年だ。 . 今年もエビネがきれいに咲いた。 中尾の家に戻ってきて孫たちは水遊び。 庭の菜園に孫たちが植えた野菜の苗に水をやる 食事の後は、大好きな花火 花火の後は、田んぼビオトープの夜の生き物観察 お父さんがタイコウチを見つけた。この写真んはネットから転載(感謝)  

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2015年5月 2日 (土)

2015年4月29日 小杉さんと叔母さんの竹の子掘りと田んぼ見学

 

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2015年4月27日 (月)

日本の原風景・木更津・中尾の早朝の田んぼ 2015年4月27日 早朝の小杉田んぼの様子・無農薬・無肥料・土水路。

小杉田んぼは、日本の原風景・この中尾の集落の田んぼでは、一番早く日が差し込み、一番遅く日が沈む。 日が差し込む直前から日が差し込んでくる田んぼの景色は素晴らしい。                                

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日の出前の田んぼの様子・出勤前に自分の田んぼの様子を見る小杉さん。2015年4月23日5時50分

中尾の家の前の尾高田んぼの様子。 出勤前に田んぼの様子を見るのが日課の小杉さん・電気自動車で横浜の自分の会社に通っている。  木更津移住2年目の朝。これからの木更津は、このようなライフスタイルの家族が増えていくのでは。 早朝の田んぼの景色は素晴らしい・小杉田んぼも、土水路を巡らせ・無農薬・無化学肥料で、米作りを 行ったいる。

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玄米を長期冷温保存するための大型冷蔵庫を設置 2015年4月12日

念願の玄米を保存する大型冷蔵庫を手に入れた・この冷蔵庫の中には,約500キロ余りの玄米を長期保存することができる。

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2015年4月16日 (木)

田圃ビオトープの代掻き開始 水路の掘削に活躍したユンボを格納し、ドライブハローを付けたトラクターで代掻き開始 2015年4月11日・12日

YouTubeより動画配信

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春を実感する孫たちの竹の子ほりの声・2015年4月5日

YouTubeより動画配信   2015年4月5日 孫たちが木更津にやってきた。 小雨降るなか、庭の竹林の竹の子を孫たちは探しはじめた。・・・・・ようやく見つけて掘り­始めた。 お兄ちゃんのほうは大きいシャベルを持ち出し掘り始めて、最後に掘りだすと­きは、竹の子がぽきっと採れ、勢い余ってひっくりがえった・・・・そのシーンは、おか­しくて見ていて撮影をするのを忘れた…残念。、今年は例年より出てくるのが遅い。本格­的にたくさん出てくるのは、2週間後ぐらいだろう。 掘った竹の子をさっそく味噌汁と煮物にした。孫たちは、おいしそうに食べた・・・・・­・・、と言いたいところだが、野菜嫌いの孫たちは、食べようとしない・・・・・・。大­人たちは、おいしいといって全部食べてしまった。

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2015年4月10日 (金)

新しい発想の動画編集ソフト ロイロ スコープ(LoiLo Scope2)の使い方をYouTube動画で紹介・約2時間

この動画編集ソフトは、昔,KJ法と呼ばれていた情報処理カードの発想と似たところがあり、大量の動画情報を処理するには向いているのではと感じて、とにかくロイロ スコープを習得して編集を行ってみたい。  10年前に、カノープスから発売されていた、動画編集ソフト・超編ウルトラエジットⅡを超える編集ソフトなら、 この間約10年も、後戻りをしていた素人向け動画編集ソフトの分野で、画期的なものかもしれない。期待が膨らむ。 このソフトの存在は、秋葉原にある九十九電機(つくも)本店3階にあるキャプチャー王国の方に教えても らった・感謝・・・・。

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2015年4月 1日 (水)

伊豆島の屋敷跡は、花盛り 2015年3月31日撮影

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今から、500数十年前の戦国時代に築かれた出城・中尾城址 この日、この近くに住む人の案内で、中尾城址と里山見学・素晴らしい環境がそこにあった。

中尾の集落に移り住んで2年、この4月から町内会長を引き受け、その責任の重さを感じる。  その一方、以前より住んでいる方々との交流が深くなることを強く感じる。  今日は、目の前にある中尾城址を近くに住んでいる方に案内してもらった。  こんなに良いところがすぐそばにあったことを発見してうれしくなった1日。  

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環境にやさしい米作りがどうしたらできるのか?その試行錯誤・2015年3月29日 小杉さんの田んぼの周りに水路を作り・田んぼビオトープ化への試み。

昨日までに、中尾の家の前の里山田んぼの水路掘削は、完了したので、この日は、早朝より、小杉田んぼの水路掘削を開始した。  やはり、トラクターやコンバインがぬかるみにはまってしまう場所は、掘削をすると水が浸み出してくる。 近くの細野さんのお爺さんが、そこは、田んぼの区画整理をする前は、井戸があり、地下水が自噴していたところだと、教えてくれた。ありがたい・・・・これで納得ができ、対策が考えられる。  

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2015年3月27日 (金)

親子で里山で過ごす1日・午前中は、里山の畑で、ジャガイモを植え、昼食後は、里山ビオトープへ・今日のサポートは淵田弥吉さんご夫婦。2015年3月27日、

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2015年3月25日 (水)

佐渡の朱鷺の放鳥から8年・ようやく木更津市中尾で始まろうとしている。2015年3月 庭のこぶしの花が満開。

新潟港から荒れる日本海をフェリーで渡り、初めて佐渡に渡ってから今年で10年になることに、木更津高専の環境都市工学科の湯谷先生の一言で、思い出した。  今、中尾の家の前の田んぼの周りに土水路を張り巡らせているのは、あの時の体験があったからだと気が付いた。 中尾の家の前の田んぼ2か所を手に入れてから、ただ、自分の田んぼだけで、無農薬・無肥料で米作りをしてきただけで、田んぼそのものは手を付けておらづ、何か違うという思いだけは、持っていたが、積極的に田んぼの構造まで、手を付ける自信も、力も沸いてこなかったが、小杉さんが昨年、3トンユンボを手に入れ、運転に習熟してくるにつけ、自分の頭の中にある、おぼろげなイメージ具体的な形になって表れてくる感動を、里山で、ユンボは、力強く見せてくれた。  その勢いをかって、今年の正月から、目の前の田んぼに土水路を掘り始めた。  そして、今日、トウキョウサンショウウオの観察に来られた、木更津高専の湯谷先生が、この田んぼに気づき、 このやり方は、佐渡の朱鷺の田んぼのやり方だと、一言発した言葉を聞いて、そうだ、その時の体験から土水路を巡らせる、田んぼ環境再生の方法を、実践している自分に気が付いた。 その時に撮影した映像を。(この時は、まだ、米作りを尾高は、何もしていなく、本業は映像制作を行っていた時期。YOUTUBEから。 尾高がこの中尾の地で、田んぼを始めたきっかけを作ってくれたのは、メダカのがっこうの中村理事長。感謝。

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2015年3月21日 (土)

和嶋さんの子供たちが、中尾の里山のトウキョウサンショウウオを観察

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里山田んぼビオトープの水路の排水実験 2015年3月20日

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2015年3月20日 (金)

2015年 中尾の里山のお彼岸 平野家のお墓掃除とお参り・この里山には、トウキョウサンショウウオが多数生息している・里山田んぼビオトープの様子。

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2015年3月19日 (木)

中尾の里山にもトウキョウサンショウウオの卵のうがあちこちで見られる。2015年3月19日 お彼岸に入り里山ではウグイスが、田んぼでは、カエルが鳴きはじめた。

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里山ビオトープ田んぼの水管理 雨降り後の田んぼと水路の様子 2015年3月19日早朝

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2015年3月16日 (月)

お米の刈り取り脱穀のコンバイン・お米の乾燥器・お米を長期保存をするための大型冷蔵庫・これまでこの3つの機械がなく苦労をしてきたが、小杉さんが大型トラックを運転し、滋賀県・三重県の業者から購入してきた。往復は、1000キロを超えた・お疲れ様でした。2015年3月15日

小杉さんは、自分の家の大きなトラックで、乾燥機・コンバイン・冷蔵庫の3つを買って、往復1000キロの道のりを無事運転して、昨夜木更津にかえってきた・翌朝、近所のフォークリフトをお借りして、積み下ろし作業・まづは、一番大変な乾燥機の設置・何とか倉庫を壊さないで入れることができた。 近所の農家の方からフォークリフトを快く貸していただき感謝。 お借りしたフォークリフトを小杉さんは器用に扱い大きな乾燥機も簡単にトラックから降ろして設置場所まで運んだが、背の高い乾燥機は、倉庫の屋根、ぎりぎりでべニア板の上のおろし、手作業で、何とか倉庫に入れることができた。

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2015年3月15日 (日)

木更津市立公民館主催の公民館の魅力再発見シンポジウムに参加して。基調講演 宇都宮大学地域連携教育研究センター准教授 佐々木英輪先生の基調講演は、ただ聞くだけではなく、勇気が湧いてくる素晴らしい講演だった。2015年3月14日

佐々木英和先生の撮影はできなかったので、ネットから転載。 http://180.222.93.12/discloser/teacher.php?id=334 この日の映像記録は、ビデオで撮影しておられたので、公民館に問い合わせたらもしかして見せてもらえるかもしれない。  とても良い基調講演でした。このシンポジウムの開催された関係者の方々に感謝。 4年前に撮影して明石先生の許可を得て編集してYOUTUBEから動画配信 明石要一氏(千葉大学教育学部教授 講演・今、子どもにとって遊び場の大切さとは・・地域の遊び場が子度もを育む・この講演もとても良い講演だったので、子供たちの地域の遊び場に興味のある方は、ぜひ見ていただきたい。  動画配信 明石要一氏(千葉大学教育学部教授 講演・今、子どもにとって遊び場の大切さとは・・地域の遊び場が子度もを育む 全83分   ●この講演は、千葉県プレーパークづくり事業研修会 23年度プレーリーダー養成講座の第1回・ 今,子度もにとって遊び場の大切さとは。プレーリーダーの役割と関わり と題して開催された明石先生の講演の すべてを、明石先生の許可をいただき配信しております。83分の長時間ですが、ぜひみていただきたいと思います。 木更津中尾伊豆島プロジェクト 代表 尾高俊夫  

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2015年3月13日 (金)

揚水ポンプの威力は凄い・30分ほどで水路にたまった水を排水してしまた。2015年3月13日

揚水ポンプのエンジンがかからない・情けない・そんなところへ電気自動車に乗って小杉さんがやってきた。  今日は、下の子供の卒園式で、ごごから会社に行くとのこと。  田んぼの排水状況をさっそく見てもらい、揚水ポンプのエンジンをかけてもらった・1発で、エンジンは、かかった。  ありがたい。 揚水ポンプの威力は凄い・あっと言う間に排水完了。 アッという間に排水完了。

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2015年3月12日 (木)

田んぼビオトープを作るため、重機が田んぼへ入れるよう水抜きを行う。快晴・南西の風強し、おかげで夕方には、大部分の水は無くなった。週末は、重機が田んぼに入れるかもしれない。

大型の重いコンバインでぬかるんでいる田んぼで、強引に稲刈を行うと、そのあとの田んぼは、この状態になる。 ここまでは、12日の早朝に撮影・田んぼには、かなりの水が残っている・夕方には、大部分の水は無くなった・あと2日、雨が降らなければ、重機・3トンユンボで、水路掘削工事ができるかもしれない。

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2015年3月 9日 (月)

鎌足桜保存会視察研修会に参加・目的地は、今回は、茨城県の鹿島神宮(2015年3月8日)この日は、鹿島神宮に春を告げる祭頭祭の前日、社殿前には、大豊御竹の大きな告知板が。

鹿島神宮の鳥居は、3.11の大地震で倒壊してしまった。すぐに市民の協力で再建された。 この日はあいにくの雨だが、鹿嶋ふるさとガイドの3名の方がついてくださり、3班に分かれて案内・解説をしていただいた。感謝・ありがとうございました。 鎌足桜の案内版発見 植樹後6年・大きくなった鎌足桜を見上げる。 鹿島神宮 動画 YOUTUBEより転載(素晴らしい映像に感謝) 頭から2分53秒目に鎌足桜の映像があります。   鎌足桜の保存に手を貸してくださった・佐野籐右衛門氏 要石へ(パワースポット) 芭蕉の句・その時代は、境内に松が多かったが、その後、枯れてしまって現在のような森になった これ以降の記事は、鹿島神宮に春を告げる祭り祭りの紹介・社殿の前に立てられた大豊竹(だいほうだけ)は祭頭祭りの一部で夜に行われる。。 ここから以降はネットからの転載させていただきました。この場を借り関係者の皆様のご努力に敬意と感謝。ありがとうございます。 2014年3月 鎌足桜を中尾の家の裏山に孫たちと記念植樹     夕方に午前中に植えた鎌足桜に孫2人で水をやる。                                    昨年冬に鎌足桜保存会よりいただいた鎌足桜を3月・伊豆島の屋敷跡の敷地等に植樹した・4月中旬になると鎌足桜は咲いた・感激。   佐野籐右衛門・尾高恒徳 かずさアカデミアホールにて 鎌足桜を守った父を持つ2人息子たち 尾高恒徳・鈴木彰 ヒノキ山の畑の鎌足桜も開花  

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鹿島神宮 神事 大豊竹(だいほうだけ)・社殿の前に立てられた根付きの竹・これはいったい何なのだろう? さっそく調べてみた。

ここから以降はネットからの転載です・関係者のご努力に感謝します。ありがとうございます。

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2015年3月 6日 (金)

田んぼの水路に水が亡くなりトウキョウサンショウウオ危うし・13個の卵のうを1時避難。2015年3月6日

 13個の卵のうの中には、幼生が動きはじめており、誕生がまじかに迫っている個体も半分ぐらいある。 水路の水が亡くなり干上がってきている。 水路の一番上の小さな水たまりに11個の卵のうがあった。 中尾の家に持ち帰り、数えてみた・13個もあった。

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岩井俊二監督1996年作品 スワロウテイルのロケ現場になった富士繁 綾瀬工場

5分27秒から綾瀬工場撮影現場   2015年3月5日撮影 ㈱富士繁 綾瀬工場

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2015年3月 5日 (木)

こんにちはトウキョウサンショウウオ  2015年3月5日撮影

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2015年3月 3日 (火)

トウキョウサンショウウオ大量発見 2015年3月3日 木更津市の里山にて

3月3日・梅は満開・そろそろトウキョウサンショウウオに出会えるだろうと意気揚々と出かけた・いたいたいた・卵のうが田んぼ脇の水路に沢山ある・数えてみると22個もあった。  このままにしておくと、鳥に食べられてしまうかもしれないが、そのまま何日か様子を見ることにした。 さっそく田んぼを耕作している隣の尾高康雄さんに電話。トウキョウサンショウウオの卵のうがお宅の水路にあるので、水路掃除をするまで、そのままにしておきたむねを相談・すると堰の左上の田んぼの水路の掃除をしていたら、トウキョウサンショウウオ3匹と卵のう8個を見つけて家にもって帰ったとのこと・さっそく見に行った・すごい・良かったらみんな持っていいよと・その場で全部くれた・ありがたい・感謝。さっそく中尾に持ち帰り数を数え、撮影スタジオの水槽の中に入れた。  今日3月3日は、今年初めて、沢山のトウキョウサンショウウオに会えた記念すべき日になった。     田んぼビオトープに行く途中の水路に。 >隣の尾高康雄さんとその隣の家のシゲルさん。     さっそく、トウキョウサンショウウオのいた水路を見に行く。 中尾の家に持ち帰って、落ち着いて数を数えた・アダルト3匹・卵のう8個・用意していた水槽に入れ、ほっと一安心。 素早く写真を撮り終え、撮影スタジオの水槽へ。

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2015年3月 2日 (月)

3月2日 昨日の午後から降り続いた雨は、未完成な水路を満水に・あわてて水路をつなぎ排水。

 

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家の前の田んぼビオトープ工事2日目 2015年3月1日 早朝から開始。

泥だらけになったユンボを高圧洗浄機メンテナンス・ご苦労さま。

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2015年3月 1日 (日)

中尾の家の前の田んぼを田んぼビオトープに作り変える作業開始・3トンユンボを使って田んぼの周囲を1メートルほど掘削して水路を作る・3トンユンボの並外れたパワーでぐんぐん水路は開けていく・素晴らしい・この地では弥生時代から小櫃川の水を使って稲作がおこなわれてきた・先人たちの水を巧みに使った田んぼづくりに思いをはせて・・・・・。

弥生時代の先人の田んぼづくりに思いを寄せて、家の前の田んぼの周りに水路をめぐらせ、田んぼの水の管理を徹底する・そして田んぼ全体を田んぼビオトープに作り変えたい。 その弥生時代の先人たちの田んぼづくりが、この中尾のすぐそばで、約1900年前から行われてきた。 約1900年前の弥生時代後期の水田跡が木更津市下望陀(しももうだ)で発見された・芝野遺跡(画面下が小櫃川・小櫃川北岸と高速道路が交わるところが発掘現場。 千葉県内最古の水田・加藤修司氏解説 木更津市下望陀(しももうだ)で約1900年前の弥生時代後期の水田跡が発見された。 当地の字名から芝野遺跡と名づけられました。   水田は、小櫃川のすぐ北側につくられたおり、現在の水田のように整然と区画はされておりません。 大小さまざまな区画の水田が地形に合わせて扇形に広がっています。 畦道や水路、水ぜめをつくるなど、当時の人の工夫が見られます。 水田のそばには、壺や瓶といった、当時の生活用具が1列に並んで出土しています。  人々が水田に向かって、豊作を祈ったものでしょうか。 木更津市は、東京湾に面して、東海地方との交流が盛んであったことから、西方の稲作文化をいち早く取り入れたと思われます。   周辺にも水田は広がっており、すでに弥生時代のこの地域では、広い範囲で水田耕作を行っていたことがうかがえます。(加藤修司) 菅生遺跡(弥生時代から古墳時代にかけての水田跡)は、芝野遺跡の下流約3キロのところにある。 上総菅生遺跡は、この小櫃川の右側のカーブしている地点・小櫃川の河川改修でその大部分は川の中に。 芝野遺跡から小櫃川を約3キロ下ったところに弥生時代の水田跡・菅生遺跡がある。 ふるさと歴史講座 2015年1月22日 東清公民館にて 講師 木更津市教育委員会 酒巻忠史主幹 弥生時代の田んぼ遺跡・菅生遺跡の大溝に思いを寄せて。 ユンボのラジエーターに水を補給

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2015年2月23日 (月)

トウキョウサンショウウオ今年初めて発見・アダルトと卵のう 2015年2月23日 この日午後2時には、南の風気温23度まで上昇。

左がトウキョウサンショウウオの卵のう・右がニホンアカガエルの卵 このトラップに、今年初めてトウキョウサンショウウオが捕獲された・ 写真を撮影してすぐに放す。    

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2015年2月21日 (土)

早春の里山でトウキョウサンショウウオを調査する洋子さん・2015年2月20日 

  毎日、捕獲用のトラップを確認。     ニホンアカガエルの卵   里山ビオトープでトウキョウサンショウウオを探す。           車で上の畑まで行けるように、3トンユンボを使って小杉さんが通行できなかった道を掘削整備を行った。       里山の木更津中尾伊豆島プロジェクトの開墾した畑。     この里山の畑の日当たりの良いところに昨年の3月に鎌足桜保存会からいただいた鎌足桜を植えた。     しばらく放置していた伊豆島の屋敷跡の里山もようやく 人の手が入り落ち着いたたたずまいを感じることができるようになった。   ようやく梅が咲き始めた。           和嶋さんと里山の畑を見に行く。    

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2015年2月17日 (火)

水中を泳ぐイチョウの精子から裸子植物の進化の過程を観ることができる・(裸子植物の受精は風と水を使って行われる) 科学映像館

9月20日 銀杏から精子を取り出し培養液中で撮影 精子が反時計まわりにぐるぐると鞭毛状のものを回し初めて動き始める・すると前に進み始める。 銀杏の中は、この時期だけ水に満たされ精子はそのなかを鞭毛状のものを回転させ、前に推進し卵子と出会い受精する。このときお互いの螺旋がぴったりと合わないと 受精は、行われない。 真横からみた回転部   明治期の生物学の世界的大発見・イチョウ・ソテツの精子の発見し・水を介して受精することを証明し、植物の進化を実証。そして南方熊楠の細胞性粘菌研究。

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2015年2月16日 (月)

吹き付ける北風の中、子供たちは、巨大ブランコに夢中。 2015年2月 木更津中尾伊豆島プロジェクトの里山にて。

 

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中尾の家の周りの里山整備を3トンユンボを使って行う・圧倒的な重機の力に拍手。2015年2月15日 

里山整備を3トンユンボを使って行う 里山に上るところに大きなコンクリートパイプが転がっており、何かと不便なので、これをかたづけ、道の整備を行った・小杉さんのユンボ運転の操作もお見事。 排水口設置工事・これまで大雨が降ると裏山からの雨水が倉庫に侵入してきたので、倉庫の北側を30センチから50センチの傾斜をつけてユンボで、掘削を行い・西側にある大きな排水溝に30センチのパイプを埋設・これで大雨が降っても大丈夫。

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2015年2月14日 (土)

木更市の花は椿・中尾の庭の椿が満開になると林檎の礼拝堂プロジェクト作品(田窪恭治氏)を展示・鑑賞。将来・田窪恭治氏に家中に椿を書いてもらう夢を持っている。

      2013年2月 木更市中尾432番地に田窪恭治 林檎の礼拝堂プロジェクト作品の大型リトグラフの一部を額装/木更津中尾伊豆島プロジェクト 林檎の礼拝堂プロジェクト YOUTUBEより配信・撮影・尾高俊夫。 近所の人と開設を祝う・食事作りは、三條場洋子さんに腕をふるってもらった。 田窪恭治氏の作品を作る現地では、どこでも支援者の輪が広がる。 1階のリビングにも林檎の礼拝堂プロジェクトの田窪恭治氏の作品を展示。 YOUTUBEから動画配信 礼拝堂模型完成 林檎の礼拝堂の写真・下の瓦は実物 2階には、林檎の礼拝堂の大型リトグラフを展示   食事の後は、2階の林檎の礼拝堂の大型リトグラフの前でこたつにあたりながらの鑑賞会 林檎の礼拝堂の大型リトグラフの前で記念撮影 この大型リトグラフができるまでをYOUTUBEから動画配信 2013年1月 久しぶりに田窪恭治氏と再会 木更津市中尾の自宅で。 風景芸術家の田窪恭治氏が木更津市中尾432番地の木更津中尾伊豆島プロジェクトの拠点に初めて来訪。  今回の目的は、風景芸術家の田窪恭治氏に、木更津市伊豆島・中尾における里山再生プロジェクトの活動状況を現地で見てもらい、この里山における風景芸術の1つの可能性を探ることと、もう一つはプロジェクトの代表である、尾高所有の田窪氏の作品の展示方法と木更津・田窪美術館開設の可能性を探るため。   この日〔1月18日)東京から斉藤脩三氏が出迎え、到着後、伊豆島と中尾の里山再生の現地を観てもらい、夕方から親戚の淵田ご夫妻も加わり、夜中過ぎまで歓談。〔食事は、斉藤脩三さんと淵田さんの奥様に腕をふるってもらった。) 翌19日は、小杉武さんが加わり、大型リトグラフの保存状況を確認し、展示する方法のアドバイスを受ける。  その後、きさらづ里山の会の活動地を見学したあと、会の代表の矢那の石井さん宅を訪問。   斉藤脩三氏撮影 大型リトグラフの保存を確認する田窪恭治氏     田窪恭治美術館 風景芸術の可能性を探る試み・木更津市中尾432番地〔木更津中尾伊豆島プロジェクトにて 前日の宴会 食事は、淵田さんの奥さんと斉藤脩三さんに作っていただいた。

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2015年2月13日 (金)

連日、里山ビオトープへ 今日も水路の改修を行いながらトウキョウサンショウウオの卵のう探し・発見できなかったが・オタマジャクシの卵の塊を8つほど発見。2015年2月13日

捕獲トラップ  

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2015年2月12日 (木)

この里山ビオトープは、絶滅を危惧される生き物たちの最後の砦かも(トウキョウサンショウウオ・ゲンジボタル・ジャコウアゲハ・ヘビトンボ・ノスリ・ウサギなどの貴重な生き物たちが生息している)この場所は、綺麗な水が1年を通して水量豊富。

2015年2月12日 今年になって里山ビオトープ整備3回目・今日は水路を中心に掃除をおこなった。 トウキョウサンショウウオ捕獲用のトラップ・木更津高専の湯谷先生と学生たちが4年前に設置・今も活躍中。  

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2015年2月11日 (水)

ニホンアカガエルの卵発見・もう少しでトウキョウサンショウウオも丘陵から下りてくる。 2015年2月11日千葉県木更津市

松島さんと淵田さんとで畑の下見の後、トウキョウサンショウウオの観察を行ったが、まだ時期が早そうで見つからない・しかし、ニホンアカガエルの卵は、今年初めて発見した。期待が持てる。 2人は、今年、伊豆島でそばを畑に植えて、そば打ちを行いたいとのこと・うまくいけば、おいしいそばが今年食べられるかもしれない。楽しみだ・・・・・。 3年前は、2012年2月9日に、この里山ビオトープのトラップにかかったアダルトのトウキョウサンショウウオを発見と・3月11日卵のうを大量発見した時の記録映像をYoutubeから配信。 去年・2014年は度重なる大雪のため3月13日にトウキョウサンショウウオのアダルトト卵のうを見つた。 今年は、トウキョウサンショウウオの出現は昨年より大幅に遅れた。  今年の出現は3月1日前後・3月1日の調査ではトウキョウサンショウウオの雄・メス6匹づつ12匹が捕獲罠・とっらっぷに、かかっていた。卵のうは6個。 http://sciencenet.cocolog-nifty.com/kisarazuizushima/2014/03/31121-92aa.html 2回目の調査は、3月6日、この時は卵のうを3個 http://sciencenet.cocolog-nifty.com/kisarazuizushima/2014/03/post-abdb.html   3回目の調査が今日・13日・卵のう10個発見/アダルトはゼロ。     この水路はある田んぼは、慣行農法でコメ作りを行っているので、上の段の田んぼビオトープに保護。     ニホンアカガエルの卵かい               ニホンアカガエルの卵のう    

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2015年2月10日 (火)

野生のエビネの群落の手入れ 落ち葉・枯草を取り除いた。毎年ゴールデンウイークのころ一斉に咲く・見事。2015年2月10日

この欅の大木の下にエビネの群落はある・花の色は3種類ある。 4月中旬以降に一斉に咲く。  

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2015年2月 8日 (日)

トウキョウサンショウウオは、まだ丘陵から水辺に降りてこない。2015年2月8日 木更津市の里山ビオトープ

2015年2月8日・まだ産卵する時期には、少し早いか? あちこち見て回ったが、トウキョウサンショウウオの卵のうは,発見できなかった。   これまで3年間の発見した日。 2012年2月18日 2013年2月9日 2014年は、たびたび大雪が降り残雪が残り、雪が解けた2月28日に、トラップにかかったアダルト6匹と、卵のうを多数発見した。    里山ビオトープの全景   水路の畔はイノシシの食事の場になっている。   カエルの卵もまだ1つも発見することができない。     トウキョウサンショウウオのアダルトを捕獲するためのトラップを見て回ったが、かかっていない。   このトラップには、ニホンアカガエルが1匹かかっていた。  

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2015年2月 7日 (土)

米作り日本一の椿 任功さんご夫婦を香取市のご自宅に小杉さんと2人で苗箱の返却を兼ね訪問。2015年2月7日

椿さんご夫婦が受賞した表彰状 朝の10時過ぎから、話し始め、昼食もごちそうになりながら話はつきなかった。木更津に戻ってきたのは、4時過ぎになってしまったが、楽しい1日だった。  

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2015年2月 6日 (金)

お米の苗の育苗箱の洗浄を高圧洗浄機で行う 2015年2月6日 午後。

午前中は、東京の病院で毎月の定期検査を終え、すぐに木更津に戻り、昼食後は、お米の育苗箱の洗浄を高圧洗浄機で行った。 本来は、冷たい水でたわしを使って洗うのだが、この季節は水を使うのが苦手・高圧洗浄機を使うと簡単に冷たい水に触れることなく素早く苗箱が綺麗になる。 4反歩の田んぼに60枚の苗箱(10枚はもち米)・無農薬・無肥料で育てるので、昨年の収量は、全体で約1000キロあまり。 苗は、コメ作り日本一に2回なったことのある香取市の椿さんに育てていただいている。 この育苗箱を近日中に椿農場に届けて、今年植える苗を育てていただく。今年で6年目入る。  

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2015年2月 4日 (水)

伊豆島・屋敷跡の土手・(北側約100メートル・東側約40メートル)草刈り2日目で、何とか終わった。 2015年2月4日

草刈り2日目・今日の天候は、一日中曇り・北風は弱い・朝の9時半から午後2時30分まで草刈りを行った・明日は、千葉県でも大雪になるかもしれない。 この日で、草刈は終わりになった。  

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2015年2月 3日 (火)

伊豆島の屋敷跡の北側の斜面の草刈りを1年ぶりに行う・梅がようやく1輪咲き始めた。2015年2月3日節分の日

伊豆島・屋敷跡遠景 この北側の急斜面は、高低差約3メートルから4メートルあり、長さは約100メートル・面積は約300坪ほどある・急斜面のため足場を確保することが難しく草刈りは通常の3倍の日数がかかる。 この日。北側の斜面の約3分の1ほど山狩りを行ったが、体力の限界に達したので、つづきは明日に。 庭の畑の真ん中にある梅の木・ようやく1輪咲き始めた。 今年の椿は、昨年と比べて精彩に欠く。

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瓜が谷 新年会 木更津市岩根の茂寿司にて開催 2015年2月1日

瓜が谷は11軒の集落・毎年、持ち回りで、その年の新年会を行っている・今年の新年会は、この集落に引っ越してきて3年目の新参者の尾高が宿(当番)・皆さんの協力もありなんとか無事終えることができた。 30年前までは、集落で宿を中心にして、みんなで料理を作って新年を祝ったそうだ・ここ30年間は、集落の外に出て、料理屋に行って祝うようになったとのこと。今年は、寿司の割烹料理屋の茂寿司(しげずし)で行った。          

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2015年1月31日 (土)

約1900年前の弥生時代後期の水田跡が木更津市下望陀(しももうだ)で発見された・{芝野遺跡 千葉県文化財センター/房総の文化財 創刊号(平成4年9月1日発行)より記事転載)

約1900年前の弥生時代後期の水田跡が木更津市下望陀(しももうだ)で発見された・芝野遺跡(画面下が小櫃川・小櫃川北岸と高速道路が交わるところが発掘現場。 千葉県内最古の水田・加藤修司氏解説 木更津市下望陀(しももうだ)で約1900年前の弥生時代後期の水田跡が発見された。 当地の字名から芝野遺跡と名づけられました。   水田は、小櫃川のすぐ北側につくられたおり、現在の水田のように整然と区画はされておりません。 大小さまざまな区画の水田が地形に合わせて扇形に広がっています。 畦道や水路、水ぜめをつくるなど、当時の人の工夫が見られます。 水田のそばには、壺や瓶といった、当時の生活用具が1列に並んで出土しています。  人々が水田に向かって、豊作を祈ったものでしょうか。 木更津市は、東京湾に面して、東海地方との交流が盛んであったことから、西方の稲作文化をいち早く取り入れたと思われます。   周辺にも水田は広がっており、すでに弥生時代のこの地域では、広い範囲で水田耕作を行っていたことがうかがえます。(加藤修司) 菅生遺跡(弥生時代から古墳時代にかけての水田跡)は、芝野遺跡の下流約3キロのところにある。 上総菅生遺跡は、この小櫃川の右側のカーブしている地点・小櫃川の河川改修でその大部分は川の中に。 芝野遺跡から小櫃川を約3キロ下ったところに弥生時代の水田跡・菅生遺跡がある。 ふるさと歴史講座 2015年1月22日 東清公民館にて 講師 木更津市教育委員会 酒巻忠史主幹 4 病院跡から朝日町のジャスコを望む   各 各写真をクリックすると拡大します。 上総大寺廃寺は、中尾の自宅から北に約1,6キロの地点にあります。 上総大寺廃寺石製路盤 大寺廃寺は、出土した軒丸瓦の文様(複弁八菜蓮華文}によって、奈良飛鳥の四大寺の一つ川原寺との関連が非常に高いとみられ、この川原寺の創建年代に近い、7世紀後半につくられた上総国最古の寺院と思われます。木更津市教育委員会より転載。 写真の左から2番目が大場磐雄先生 弥生時代の水田跡と飛鳥時代の行政府跡? 奈良の川原寺のHPへリンク http://www9.plala.or.jp/kinomuku/kawaradera.htm これ以下はネットからの転載   これまでに大場氏による菅生遺跡における調査の写真資料は昭和53(1978)年に出版された『上総菅生遺跡』の他、様々な論文の中で引用されており、その概要が窺える。写真資料に関しても、これらの論文中に度々用いられており、ここではその内容の一部に触れてみたい。   調査当時の周辺環境がわかる遺跡の遠景写真・遺構写真は、戦後急速に変化した当地における開発が開始される以前の状況を知る上でも非常に示唆的である。例えば大場氏は『上総菅生遺跡』の報告書中の第1図、第4図、第12図などで、また、参考文献の幾つかの論文における遺跡遠望でも菅生遺跡を中心とした周辺環境を一瞥できる写真を利用している。また河川改修によって流路を何度か変更している小櫃川の昭和初期当時の状況も窺える資料としての意義も看過できない。この他、発掘調査参加者による集合写真、遺物写真なども多数残されている。 この中には人物を特定できる資料も多い。遺物写真は報告書中に未掲載の遺物出土状況の写真も多数含まれており、土器はもとより大きな成果をあげた木器や木製品などの出土状態なども窺える。   本調査と併せて大場氏は周辺の他の遺跡に関しても調査を行なっており、今回の資料中にいくつか認めることができた。確認できた中で2、3例を挙げると相里古墳は昭和13年5月の菅生遺跡第1次、第3回調査の際に大場氏が調査を行なって。『楽石雑筆』の記事からは遺物の出土も認められているが、当資料の中には石室の状態を写した遺構写真が残されている。   また大場氏は当調査中、双魚佩や環頭太刀の出土で著名な松面古墳の調査を実施している。松面古墳は調査当時、産業組合病院裏古墳とされ、のち大場氏による『日本古文化序説』の中では元新地古墳、『上総菅生遺跡』中では君津病院内古墳(周辺遺跡の図中では松面古墳)と称されている。調査は菅生遺跡第1次、第4回調査の昭和13年7月に実施されているが、他に当古墳の概要を記した報告等がなされていないため、今回の資料中に存在している石室や墳丘の写真資料は、かなり破壊を受けた段階ではあるが公開する意義が大きい。この他にも菅生遺跡のすぐ北側に位置する古代寺院の大寺廃寺など木更津付近一帯の調査を行っている資料も存在する。   次に菅生遺跡の現況について述べてみたい。現在、菅生遺跡では大場氏が調査した地点はその大部分が小櫃川の流路中にあり、原形を留めていない。 また詳細な調査地点に関しても、第1次調査時から65年の時を経て、現地の地理的状況は河川の流れを含めて全く変わってしまい、正確な位置に関する知見を得ることは出来なかった。   菅生遺跡周辺では、大寺浄水場建設に伴う菅生第2遺跡の調査の後、菅生遺跡も千葉県、木更津市による調査がされており、資料の蓄積が進んでいる。 一方で、大寺浄水場や菅生の西側を南北に伸びて小櫃川をまたぐ東京湾アクアライン連絡道などの開発によって菅生遺跡の取り巻く環境は大きく様変わりしている。また、大きな手掛かりとなる小櫃川の流路が変ってしまい、旧流路が消滅してしまった現在では、遺跡の原状を考察する事は非常に困難である。 しかし、遺跡の遠景写真で見られるような高千穂古墳群が存在する丘陵などはそのまま確認することができる。そして遺跡現場自体は、大寺浄水場の南側の小櫃川が北側に大きく屈曲する部分のやや東側の河床であることは、報告書等の図上から推測可能であり、今回はこの地点の現在の実地調査を行なうこととした。   調査は平成15年1月18日に実施し、撮影はそれぞれ遺跡の北側、西側、南側から行なった。写真1、写真3に見える高架の道路が東京湾アクアライン連絡道であり、写真2はその上から撮影した。写真2では小櫃川が大きく屈曲している箇所が確認でき、菅生遺跡の場所が比較的分かり易い。また写真2右手側は高千穂古墳群のある丘陵、左手側は大寺浄水場である。正確な遺跡の位置に関しては問題もあるが、菅生遺跡周辺の21世紀初頭の様子を「定点撮影」するという意義をこめている。また、近年活発に議論され、本フロンティア事業内においても懸案の一つとなっている画像資料の活用という面からも、遺跡調査時と現状の比較ということで現況の報告を行なった。   菅生遺跡において大場氏が発掘を行った正確な位置に関しては、遺跡の失われてしまった現在トレンチの位置など正確には不明な点が多いが、残された写真資料は調査地を特定する手掛かりとなる情報が多く含まれている。こうした細かい調査区がどの部分にあたるかなど、残された課題は大きい。また考古学ばかりではなく昭和13(1938)年当時の菅生における「定点撮影」として他分野の利用も想定できる。当新出資料に限らず広汎にわたる研究利用に供するよう、これからも作業を継続していきたい。   なお、菅生遺跡の現地調査や文献収集にあたっては君津郡市文化財センターの光江章氏、木更津市金鈴塚遺物保存館の稲葉昭智氏に多大なるご助力を頂いた。記して謝意を表したい。 (髙野晶文) 〔参考文献〕 『 大場磐雄 1938.3 「上総菅生遺跡(予報第一回)」『考古学』9-3,p109~116,東京考古学会 大場磐雄 1938.5 「地底の宝庫 清川遺跡を発掘して」『科学画報』27-5,p50~51・105~111,誠文堂新光社 大場磐雄 1938.10 「上総菅生遺跡(予報第二回)」『考古学』9-10,p469~480,東京考古学会 大場磐雄 1938.11 「上総清川村菅生遺跡発掘日録」『上代文化』16,p1~9,上代文化研究会 大場磐雄 1939.1 「上総菅生遺跡の一考察(一)」『考古学雑誌』29-1,p1~8,考古学会 大場磐雄 1939.3 「上総菅生遺跡の一考察(二)」『考古学雑誌』29-3,p154~169,考古学会 大場磐雄 1943.2 『日本古文化序説』明世堂 大場磐雄 1948.10 「千葉県木更津市菅生遺跡の研究」『上代文化』18,p1~10,國學院大学考古学会 大場磐雄 1951.4 「菅生遺跡回顧」『房総展望』5-4,p2~4,房総展望社 菅生遺跡調査団・木更津市教育委員会 1973.6 『上総菅生遺跡 -昭和47年度第1期調査速報-』 大場磐雄 1977.1 『大場磐雄著作集第八巻 楽石雑筆(下)』雄山閣出版 木更津市菅生遺跡調査団編 1980.3 『上総菅生遺跡』中央公論美術出版

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2015年1月29日 (木)

中尾の家の里山整備 手前の約600坪ほどを草刈り機で4時間ほどかかって草刈りを行った。2015年1月29日

草刈り前の状態 4時間後・草刈終了

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2015年1月27日 (火)

2015年1月27日 朝の10時過ぎまでは雨降り・そのあと日が射し暖かい春の陽気に・紅梅が咲き始めた・春は確実に近づいてきた。

家のすべての窓を開け、春の暖かい空気を室内に呼び込む。 母屋を包み込む樹齢約350年の椎の大木。 2階の窓を開けると、手の届くところに椿の大木が。  

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房総半島 富津岬の海は、青く澄みわたり南の島の海を思わせる。2015年1月26日

この日は、あいにく富士山方向は靄がかかり見えない・残念。(ここからの富士山は、一番美しい) 展望台より富津岬  

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2015年1月25日 (日)

2015年1月25日(日)ユンボを使って竹林の整備 淵田さん小杉さん三條場さんと尾高・午後は、上のヒノキ山の畑の整備。

    午後からは、上のヒノキ山の畑を、耕運機を使って耕す。(黒色の土は、ふかふかで耕すのは、気持ちがいい・この畑も、無農薬・無化学肥料で野菜を育てている。       夕方4時過ぎに、耕し終えた。         この畑の一番日当たりがよく、水はけの良いところに、昨年の3月に、 鎌足桜保存会からいただいた苗木5本のうちの1本を植えた・生育は順調・4月中旬に咲くのが待ちどうしい。          

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2015年1月23日 (金)

きみさらず大橋のたもとには,ヤマトタケルノミコト(倭建命}とオトタチバナヒメ(弟橘姫)の銅像が菅生の里と小櫃川を見下ろしている・菅生遺跡周辺の散歩 中尾の家から北に500メートルほどの菅生遺跡周辺を歩いてみた。2015年1月23日

きみさらず大橋のたもとには,ヤマトタケルノミコト(倭建命}とオトタチバナヒメ(弟橘姫)の銅像が菅生の里と小櫃川上流を見下ろしている。 この、きみさらず大橋の下流側からは、小櫃川の上に富士山がくっきりと見え、富士山の撮影のポイントにもなっている。 小櫃川の上流方向を望む   平景清陣屋跡・平安時代末期の武将・この近くに景清の井戸がある。 水道の取水口の上流には、馬頭観音が。 馬頭観音

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解明が待たれる・菅生(すごう)遺跡調査の今後の課題・菅生遺跡調査の重要性について 木更津市教育委員会 文化課 酒巻忠史主幹、今後の展望を語る。2015年1月22日ふるさと歴史講座にて。

解明が待たれる現在の菅生遺跡は、この小櫃川の右側のカーブしている地点・小櫃川の河川改修でその大部分は川の中に。   ●菅生遺跡の発見 ○菅生遺跡 木更津市菅生、大寺付近に広がる弥生時代、古墳時代、奈良時代の遺跡。 ○発見者 大寺在住の宮本寿吉氏 ○発見のきっかけ 小櫃川の河川工事で出土した遺物を発見したことによる。 菅生遺跡調査の重要性 ○1938年(昭和13年)当時、全国的にも数少ない、低地の遺跡の調査が行われたこと。 ○金鈴塚古墳と、並ぶ、全国的にも有名な遺跡であること。 ○菅生遺跡調査団のメンバーにより、相里}遺跡,松面古墳などの調査も行われ、多くの成果を上げていること。 ○当時・新聞報道や講演会の開催により、遺跡の重要性が広まり、学会や地元から物心両面の援助が得られたこと。 菅生遺跡調査の今後の課題 ○古墳時代後期の遺物の出土が多く、長須賀古墳群(金鈴塚古墳・松面古墳など}との関連性が想定されること。 遺跡の範囲、大溝の南側への延長は、どれほどのものか、水田跡の広がりなど、解明すべき課題は多い。 以上のまとめを、ふるさと歴史講座 第9回学習会で 木更津市教育委員会 文化課 主幹 酒巻忠史氏が講演した。 素晴らしい講演であった。  この先、菅生遺跡の解明が進み、古墳時代の菅生のリアルな姿が解明されることを願っている。 菅生遺跡とは・ネットより検索・転載 菅生遺跡 すごういせき 千葉県木更津(きさらづ)市大字菅生より、現在の小櫃川(おびつがわ)河床を経て、大字大寺(おおてら)に至る古代水路を中心とした集落遺跡。1937年(昭和12)より73年の間、第一次より第三次まで延べ9回にわたる発掘調査が行われた。 現地は下層に弥生(やよい)中~後期、中層に古墳時代後期、上層に奈良・平安時代の遺構・遺物を出土している。弥生中期の第二号住居跡では多くの完形土器とともに、関東には珍しい太形蛤刃状(ふとがたはまぐりばじよう)石器二のほか、柱状抉入(ちゆうじようえぐりいり)石器五、鉄斧(てつぷ)二を出土した。 遺跡の中心をなす中層では、土師器(はじき)や須恵器(すえき)とともに大量の木製容器や坐臥(ざが)具、装身具、紡績具、機織(はたおり)具、祭器具、農具、建築材などを出土し、古墳時代の民衆生活を知る有力な手掛りとなった。[乙益重隆] 乙益 重隆 オトマス シゲタカ 昭和・平成期の考古学者 国学院大学名誉教授。 生年大正8(1919)年1月7日 没年平成3(1991)年3月2日 出生地熊本県球磨郡免田村(現・免田町) 学歴〔年〕国学院大学文学部国史学科〔昭和16年〕卒 主な受賞名〔年〕熊日社会賞〔昭和38年〕 経歴昭和22年球磨農学校教諭、24年熊本女子大学助手、38年教授を経て、45年国学院大学教授に就任、のち考古学資料館長兼任、平成元年定年退職し名誉教授。日本考古学協会委員長、文化財保護審議会専門委員なども務めた。著書に「朝鮮の在来農具」「肥後上代文化史」「装飾古墳と文様」(共著)など。

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2015年1月22日 (木)

菅生遺跡 ふるさと歴史講座 2015年1月22日 東清公民館にて 講師 木更津市教育委員会 酒巻忠史主幹

上総菅生遺跡は、この小櫃川の右側のカーブしている地点・小櫃川の河川改修でその大部分は川の中に。 菅生遺跡 ふるさと歴史講座 2015年1月22日 東清公民館にて 講師 木更津市教育委員会 酒巻忠史主幹 4 病院跡から朝日町のジャスコを望む   各 各写真をクリックすると拡大します。 上総大寺廃寺は、中尾の自宅から北に約1,6キロの地点にあります。 上総大寺廃寺石製路盤 大寺廃寺は、出土した軒丸瓦の文様(複弁八菜蓮華文}によって、奈良飛鳥の四大寺の一つ川原寺との関連が非常に高いとみられ、この川原寺の創建年代に近い、7世紀後半につくられた上総国最古の寺院と思われます。木更津市教育委員会より転載。 写真の左から2番目が大場磐雄先生 弥生時代の水田跡と飛鳥時代の行政府跡? 奈良の川原寺のHPへリンク http://www9.plala.or.jp/kinomuku/kawaradera.htm これ以下はネットからの転載   これまでに大場氏による菅生遺跡における調査の写真資料は昭和53(1978)年に出版された『上総菅生遺跡』の他、様々な論文の中で引用されており、その概要が窺える。写真資料に関しても、これらの論文中に度々用いられており、ここではその内容の一部に触れてみたい。   調査当時の周辺環境がわかる遺跡の遠景写真・遺構写真は、戦後急速に変化した当地における開発が開始される以前の状況を知る上でも非常に示唆的である。例えば大場氏は『上総菅生遺跡』の報告書中の第1図、第4図、第12図などで、また、参考文献の幾つかの論文における遺跡遠望でも菅生遺跡を中心とした周辺環境を一瞥できる写真を利用している。また河川改修によって流路を何度か変更している小櫃川の昭和初期当時の状況も窺える資料としての意義も看過できない。この他、発掘調査参加者による集合写真、遺物写真なども多数残されている。 この中には人物を特定できる資料も多い。遺物写真は報告書中に未掲載の遺物出土状況の写真も多数含まれており、土器はもとより大きな成果をあげた木器や木製品などの出土状態なども窺える。   本調査と併せて大場氏は周辺の他の遺跡に関しても調査を行なっており、今回の資料中にいくつか認めることができた。確認できた中で2、3例を挙げると相里古墳は昭和13年5月の菅生遺跡第1次、第3回調査の際に大場氏が調査を行なって。『楽石雑筆』の記事からは遺物の出土も認められているが、当資料の中には石室の状態を写した遺構写真が残されている。   また大場氏は当調査中、双魚佩や環頭太刀の出土で著名な松面古墳の調査を実施している。松面古墳は調査当時、産業組合病院裏古墳とされ、のち大場氏による『日本古文化序説』の中では元新地古墳、『上総菅生遺跡』中では君津病院内古墳(周辺遺跡の図中では松面古墳)と称されている。調査は菅生遺跡第1次、第4回調査の昭和13年7月に実施されているが、他に当古墳の概要を記した報告等がなされていないため、今回の資料中に存在している石室や墳丘の写真資料は、かなり破壊を受けた段階ではあるが公開する意義が大きい。この他にも菅生遺跡のすぐ北側に位置する古代寺院の大寺廃寺など木更津付近一帯の調査を行っている資料も存在する。   次に菅生遺跡の現況について述べてみたい。現在、菅生遺跡では大場氏が調査した地点はその大部分が小櫃川の流路中にあり、原形を留めていない。 また詳細な調査地点に関しても、第1次調査時から65年の時を経て、現地の地理的状況は河川の流れを含めて全く変わってしまい、正確な位置に関する知見を得ることは出来なかった。   菅生遺跡周辺では、大寺浄水場建設に伴う菅生第2遺跡の調査の後、菅生遺跡も千葉県、木更津市による調査がされており、資料の蓄積が進んでいる。 一方で、大寺浄水場や菅生の西側を南北に伸びて小櫃川をまたぐ東京湾アクアライン連絡道などの開発によって菅生遺跡の取り巻く環境は大きく様変わりしている。また、大きな手掛かりとなる小櫃川の流路が変ってしまい、旧流路が消滅してしまった現在では、遺跡の原状を考察する事は非常に困難である。 しかし、遺跡の遠景写真で見られるような高千穂古墳群が存在する丘陵などはそのまま確認することができる。そして遺跡現場自体は、大寺浄水場の南側の小櫃川が北側に大きく屈曲する部分のやや東側の河床であることは、報告書等の図上から推測可能であり、今回はこの地点の現在の実地調査を行なうこととした。   調査は平成15年1月18日に実施し、撮影はそれぞれ遺跡の北側、西側、南側から行なった。写真1、写真3に見える高架の道路が東京湾アクアライン連絡道であり、写真2はその上から撮影した。写真2では小櫃川が大きく屈曲している箇所が確認でき、菅生遺跡の場所が比較的分かり易い。また写真2右手側は高千穂古墳群のある丘陵、左手側は大寺浄水場である。正確な遺跡の位置に関しては問題もあるが、菅生遺跡周辺の21世紀初頭の様子を「定点撮影」するという意義をこめている。また、近年活発に議論され、本フロンティア事業内においても懸案の一つとなっている画像資料の活用という面からも、遺跡調査時と現状の比較ということで現況の報告を行なった。   菅生遺跡において大場氏が発掘を行った正確な位置に関しては、遺跡の失われてしまった現在トレンチの位置など正確には不明な点が多いが、残された写真資料は調査地を特定する手掛かりとなる情報が多く含まれている。こうした細かい調査区がどの部分にあたるかなど、残された課題は大きい。また考古学ばかりではなく昭和13(1938)年当時の菅生における「定点撮影」として他分野の利用も想定できる。当新出資料に限らず広汎にわたる研究利用に供するよう、これからも作業を継続していきたい。   なお、菅生遺跡の現地調査や文献収集にあたっては君津郡市文化財センターの光江章氏、木更津市金鈴塚遺物保存館の稲葉昭智氏に多大なるご助力を頂いた。記して謝意を表したい。 (髙野晶文) 〔参考文献〕 『 大場磐雄 1938.3 「上総菅生遺跡(予報第一回)」『考古学』9-3,p109~116,東京考古学会 大場磐雄 1938.5 「地底の宝庫 清川遺跡を発掘して」『科学画報』27-5,p50~51・105~111,誠文堂新光社 大場磐雄 1938.10 「上総菅生遺跡(予報第二回)」『考古学』9-10,p469~480,東京考古学会 大場磐雄 1938.11 「上総清川村菅生遺跡発掘日録」『上代文化』16,p1~9,上代文化研究会 大場磐雄 1939.1 「上総菅生遺跡の一考察(一)」『考古学雑誌』29-1,p1~8,考古学会 大場磐雄 1939.3 「上総菅生遺跡の一考察(二)」『考古学雑誌』29-3,p154~169,考古学会 大場磐雄 1943.2 『日本古文化序説』明世堂 大場磐雄 1948.10 「千葉県木更津市菅生遺跡の研究」『上代文化』18,p1~10,國學院大学考古学会 大場磐雄 1951.4 「菅生遺跡回顧」『房総展望』5-4,p2~4,房総展望社 菅生遺跡調査団・木更津市教育委員会 1973.6 『上総菅生遺跡 -昭和47年度第1期調査速報-』 大場磐雄 1977.1 『大場磐雄著作集第八巻 楽石雑筆(下)』雄山閣出版 木更津市菅生遺跡調査団編 1980.3 『上総菅生遺跡』中央公論美術出版

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あいにくの雨だが、父親の命日を明日に控えお墓詣りに 2015年1月22日

そして、1月24日は、母親の誕生日。

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