2015年3月27日 (金)

親子で里山で過ごす1日・午前中は、里山の畑で、ジャガイモを植え、昼食後は、里山ビオトープへ・今日のサポートは淵田弥吉さんご夫婦。2015年3月27日、

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2015年3月25日 (水)

佐渡の朱鷺の放鳥から8年・ようやく木更津市中尾で始まろうとしている。2015年3月 庭のこぶしの花が満開。

新潟港から荒れる日本海をフェリーで渡り、初めて佐渡に渡ってから今年で10年になることに、木更津高専の環境都市工学科の湯谷先生の一言で、思い出した。  今、中尾の家の前の田んぼの周りに土水路を張り巡らせているのは、あの時の体験があったからだと気が付いた。 中尾の家の前の田んぼ2か所を手に入れてから、ただ、自分の田んぼだけで、無農薬・無肥料で米作りをしてきただけで、田んぼそのものは手を付けておらづ、何か違うという思いだけは、持っていたが、積極的に田んぼの構造まで、手を付ける自信も、力も沸いてこなかったが、小杉さんが昨年、3トンユンボを手に入れ、運転に習熟してくるにつけ、自分の頭の中にある、おぼろげなイメージ具体的な形になって表れてくる感動を、里山で、ユンボは、力強く見せてくれた。  その勢いをかって、今年の正月から、目の前の田んぼに土水路を掘り始めた。  そして、今日、トウキョウサンショウウオの観察に来られた、木更津高専の湯谷先生が、この田んぼに気づき、 このやり方は、佐渡の朱鷺の田んぼのやり方だと、一言発した言葉を聞いて、そうだ、その時の体験から土水路を巡らせる、田んぼ環境再生の方法を、実践している自分に気が付いた。 その時に撮影した映像を。(この時は、まだ、米作りを尾高は、何もしていなく、本業は映像制作を行っていた時期。YOUTUBEから。 尾高がこの中尾の地で、田んぼを始めたきっかけを作ってくれたのは、メダカのがっこうの中村理事長。感謝。

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2015年3月21日 (土)

和嶋さんの子供たちが、中尾の里山のトウキョウサンショウウオを観察

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里山田んぼビオトープの水路の排水実験 2015年3月20日

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2015年3月20日 (金)

2015年 中尾の里山のお彼岸 平野家のお墓掃除とお参り・この里山には、トウキョウサンショウウオが多数生息している・里山田んぼビオトープの様子。

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2015年3月19日 (木)

中尾の里山にもトウキョウサンショウウオの卵のうがあちこちで見られる。2015年3月19日 お彼岸に入り里山ではウグイスが、田んぼでは、カエルが鳴きはじめた。

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里山ビオトープ田んぼの水管理 雨降り後の田んぼと水路の様子 2015年3月19日早朝

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2015年3月16日 (月)

お米の刈り取り脱穀のコンバイン・お米の乾燥器・お米を長期保存をするための大型冷蔵庫・これまでこの3つの機械がなく苦労をしてきたが、小杉さんが大型トラックを運転し、滋賀県・三重県の業者から購入してきた。往復は、1000キロを超えた・お疲れ様でした。2015年3月15日

小杉さんは、自分の家の大きなトラックで、乾燥機・コンバイン・冷蔵庫の3つを買って、往復1000キロの道のりを無事運転して、昨夜木更津にかえってきた・翌朝、近所のフォークリフトをお借りして、積み下ろし作業・まづは、一番大変な乾燥機の設置・何とか倉庫を壊さないで入れることができた。 近所の農家の方からフォークリフトを快く貸していただき感謝。 お借りしたフォークリフトを小杉さんは器用に扱い大きな乾燥機も簡単にトラックから降ろして設置場所まで運んだが、背の高い乾燥機は、倉庫の屋根、ぎりぎりでべニア板の上のおろし、手作業で、何とか倉庫に入れることができた。

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2015年3月15日 (日)

木更津市立公民館主催の公民館の魅力再発見シンポジウムに参加して。基調講演 宇都宮大学地域連携教育研究センター准教授 佐々木英輪先生の基調講演は、ただ聞くだけではなく、勇気が湧いてくる素晴らしい講演だった。2015年3月14日

佐々木英和先生の撮影はできなかったので、ネットから転載。 http://180.222.93.12/discloser/teacher.php?id=334 この日の映像記録は、ビデオで撮影しておられたので、公民館に問い合わせたらもしかして見せてもらえるかもしれない。  とても良い基調講演でした。このシンポジウムの開催された関係者の方々に感謝。 4年前に撮影して明石先生の許可を得て編集してYOUTUBEから動画配信 明石要一氏(千葉大学教育学部教授 講演・今、子どもにとって遊び場の大切さとは・・地域の遊び場が子度もを育む・この講演もとても良い講演だったので、子供たちの地域の遊び場に興味のある方は、ぜひ見ていただきたい。  動画配信 明石要一氏(千葉大学教育学部教授 講演・今、子どもにとって遊び場の大切さとは・・地域の遊び場が子度もを育む 全83分   ●この講演は、千葉県プレーパークづくり事業研修会 23年度プレーリーダー養成講座の第1回・ 今,子度もにとって遊び場の大切さとは。プレーリーダーの役割と関わり と題して開催された明石先生の講演の すべてを、明石先生の許可をいただき配信しております。83分の長時間ですが、ぜひみていただきたいと思います。 木更津中尾伊豆島プロジェクト 代表 尾高俊夫  

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2015年3月13日 (金)

揚水ポンプの威力は凄い・30分ほどで水路にたまった水を排水してしまた。2015年3月13日

揚水ポンプのエンジンがかからない・情けない・そんなところへ電気自動車に乗って小杉さんがやってきた。  今日は、下の子供の卒園式で、ごごから会社に行くとのこと。  田んぼの排水状況をさっそく見てもらい、揚水ポンプのエンジンをかけてもらった・1発で、エンジンは、かかった。  ありがたい。 揚水ポンプの威力は凄い・あっと言う間に排水完了。 アッという間に排水完了。

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2015年3月12日 (木)

田んぼビオトープを作るため、重機が田んぼへ入れるよう水抜きを行う。快晴・南西の風強し、おかげで夕方には、大部分の水は無くなった。週末は、重機が田んぼに入れるかもしれない。

大型の重いコンバインでぬかるんでいる田んぼで、強引に稲刈を行うと、そのあとの田んぼは、この状態になる。 ここまでは、12日の早朝に撮影・田んぼには、かなりの水が残っている・夕方には、大部分の水は無くなった・あと2日、雨が降らなければ、重機・3トンユンボで、水路掘削工事ができるかもしれない。

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2015年3月 9日 (月)

鎌足桜保存会視察研修会に参加・目的地は、今回は、茨城県の鹿島神宮(2015年3月8日)この日は、鹿島神宮に春を告げる祭頭祭の前日、社殿前には、大豊御竹の大きな告知板が。

鹿島神宮の鳥居は、3.11の大地震で倒壊してしまった。すぐに市民の協力で再建された。 この日はあいにくの雨だが、鹿嶋ふるさとガイドの3名の方がついてくださり、3班に分かれて案内・解説をしていただいた。感謝・ありがとうございました。 鎌足桜の案内版発見 植樹後6年・大きくなった鎌足桜を見上げる。 鹿島神宮 動画 YOUTUBEより転載(素晴らしい映像に感謝) 頭から2分53秒目に鎌足桜の映像があります。   鎌足桜の保存に手を貸してくださった・佐野籐右衛門氏 要石へ(パワースポット) 芭蕉の句・その時代は、境内に松が多かったが、その後、枯れてしまって現在のような森になった これ以降の記事は、鹿島神宮に春を告げる祭り祭りの紹介・社殿の前に立てられた大豊竹(だいほうだけ)は祭頭祭りの一部で夜に行われる。。 ここから以降はネットからの転載させていただきました。この場を借り関係者の皆様のご努力に敬意と感謝。ありがとうございます。 2014年3月 鎌足桜を中尾の家の裏山に孫たちと記念植樹     夕方に午前中に植えた鎌足桜に孫2人で水をやる。                                    昨年冬に鎌足桜保存会よりいただいた鎌足桜を3月・伊豆島の屋敷跡の敷地等に植樹した・4月中旬になると鎌足桜は咲いた・感激。   佐野籐右衛門・尾高恒徳 かずさアカデミアホールにて 鎌足桜を守った父を持つ2人息子たち 尾高恒徳・鈴木彰 ヒノキ山の畑の鎌足桜も開花  

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鹿島神宮 神事 大豊竹(だいほうだけ)・社殿の前に立てられた根付きの竹・これはいったい何なのだろう? さっそく調べてみた。

ここから以降はネットからの転載です・関係者のご努力に感謝します。ありがとうございます。

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2015年3月 6日 (金)

田んぼの水路に水が亡くなりトウキョウサンショウウオ危うし・13個の卵のうを1時避難。2015年3月6日

 13個の卵のうの中には、幼生が動きはじめており、誕生がまじかに迫っている個体も半分ぐらいある。 水路の水が亡くなり干上がってきている。 水路の一番上の小さな水たまりに11個の卵のうがあった。 中尾の家に持ち帰り、数えてみた・13個もあった。

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岩井俊二監督1996年作品 スワロウテイルのロケ現場になった富士繁 綾瀬工場

5分27秒から綾瀬工場撮影現場   2015年3月5日撮影 ㈱富士繁 綾瀬工場

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2015年3月 5日 (木)

こんにちはトウキョウサンショウウオ  2015年3月5日撮影

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2015年3月 3日 (火)

トウキョウサンショウウオ大量発見 2015年3月3日 木更津市の里山にて

3月3日・梅は満開・そろそろトウキョウサンショウウオに出会えるだろうと意気揚々と出かけた・いたいたいた・卵のうが田んぼ脇の水路に沢山ある・数えてみると22個もあった。  このままにしておくと、鳥に食べられてしまうかもしれないが、そのまま何日か様子を見ることにした。 さっそく田んぼを耕作している隣の尾高康雄さんに電話。トウキョウサンショウウオの卵のうがお宅の水路にあるので、水路掃除をするまで、そのままにしておきたむねを相談・すると堰の左上の田んぼの水路の掃除をしていたら、トウキョウサンショウウオ3匹と卵のう8個を見つけて家にもって帰ったとのこと・さっそく見に行った・すごい・良かったらみんな持っていいよと・その場で全部くれた・ありがたい・感謝。さっそく中尾に持ち帰り数を数え、撮影スタジオの水槽の中に入れた。  今日3月3日は、今年初めて、沢山のトウキョウサンショウウオに会えた記念すべき日になった。     田んぼビオトープに行く途中の水路に。 >隣の尾高康雄さんとその隣の家のシゲルさん。     さっそく、トウキョウサンショウウオのいた水路を見に行く。 中尾の家に持ち帰って、落ち着いて数を数えた・アダルト3匹・卵のう8個・用意していた水槽に入れ、ほっと一安心。 素早く写真を撮り終え、撮影スタジオの水槽へ。

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2015年3月 2日 (月)

3月2日 昨日の午後から降り続いた雨は、未完成な水路を満水に・あわてて水路をつなぎ排水。

 

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家の前の田んぼビオトープ工事2日目 2015年3月1日 早朝から開始。

泥だらけになったユンボを高圧洗浄機メンテナンス・ご苦労さま。

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2015年3月 1日 (日)

中尾の家の前の田んぼを田んぼビオトープに作り変える作業開始・3トンユンボを使って田んぼの周囲を1メートルほど掘削して水路を作る・3トンユンボの並外れたパワーでぐんぐん水路は開けていく・素晴らしい・この地では弥生時代から小櫃川の水を使って稲作がおこなわれてきた・先人たちの水を巧みに使った田んぼづくりに思いをはせて・・・・・。

弥生時代の先人の田んぼづくりに思いを寄せて、家の前の田んぼの周りに水路をめぐらせ、田んぼの水の管理を徹底する・そして田んぼ全体を田んぼビオトープに作り変えたい。 その弥生時代の先人たちの田んぼづくりが、この中尾のすぐそばで、約1900年前から行われてきた。 約1900年前の弥生時代後期の水田跡が木更津市下望陀(しももうだ)で発見された・芝野遺跡(画面下が小櫃川・小櫃川北岸と高速道路が交わるところが発掘現場。 千葉県内最古の水田・加藤修司氏解説 木更津市下望陀(しももうだ)で約1900年前の弥生時代後期の水田跡が発見された。 当地の字名から芝野遺跡と名づけられました。   水田は、小櫃川のすぐ北側につくられたおり、現在の水田のように整然と区画はされておりません。 大小さまざまな区画の水田が地形に合わせて扇形に広がっています。 畦道や水路、水ぜめをつくるなど、当時の人の工夫が見られます。 水田のそばには、壺や瓶といった、当時の生活用具が1列に並んで出土しています。  人々が水田に向かって、豊作を祈ったものでしょうか。 木更津市は、東京湾に面して、東海地方との交流が盛んであったことから、西方の稲作文化をいち早く取り入れたと思われます。   周辺にも水田は広がっており、すでに弥生時代のこの地域では、広い範囲で水田耕作を行っていたことがうかがえます。(加藤修司) 菅生遺跡(弥生時代から古墳時代にかけての水田跡)は、芝野遺跡の下流約3キロのところにある。 上総菅生遺跡は、この小櫃川の右側のカーブしている地点・小櫃川の河川改修でその大部分は川の中に。 芝野遺跡から小櫃川を約3キロ下ったところに弥生時代の水田跡・菅生遺跡がある。 ふるさと歴史講座 2015年1月22日 東清公民館にて 講師 木更津市教育委員会 酒巻忠史主幹 弥生時代の田んぼ遺跡・菅生遺跡の大溝に思いを寄せて。 ユンボのラジエーターに水を補給

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2015年2月23日 (月)

トウキョウサンショウウオ今年初めて発見・アダルトと卵のう 2015年2月23日 この日午後2時には、南の風気温23度まで上昇。

左がトウキョウサンショウウオの卵のう・右がニホンアカガエルの卵 このトラップに、今年初めてトウキョウサンショウウオが捕獲された・ 写真を撮影してすぐに放す。    

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2015年2月21日 (土)

早春の里山でトウキョウサンショウウオを調査する洋子さん・2015年2月20日 

  毎日、捕獲用のトラップを確認。     ニホンアカガエルの卵   里山ビオトープでトウキョウサンショウウオを探す。           車で上の畑まで行けるように、3トンユンボを使って小杉さんが通行できなかった道を掘削整備を行った。       里山の木更津中尾伊豆島プロジェクトの開墾した畑。     この里山の畑の日当たりの良いところに昨年の3月に鎌足桜保存会からいただいた鎌足桜を植えた。     しばらく放置していた伊豆島の屋敷跡の里山もようやく 人の手が入り落ち着いたたたずまいを感じることができるようになった。   ようやく梅が咲き始めた。           和嶋さんと里山の畑を見に行く。    

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2015年2月17日 (火)

水中を泳ぐイチョウの精子から裸子植物の進化の過程を観ることができる・(裸子植物の受精は風と水を使って行われる) 科学映像館

9月20日 銀杏から精子を取り出し培養液中で撮影 精子が反時計まわりにぐるぐると鞭毛状のものを回し初めて動き始める・すると前に進み始める。 銀杏の中は、この時期だけ水に満たされ精子はそのなかを鞭毛状のものを回転させ、前に推進し卵子と出会い受精する。このときお互いの螺旋がぴったりと合わないと 受精は、行われない。 真横からみた回転部   明治期の生物学の世界的大発見・イチョウ・ソテツの精子の発見し・水を介して受精することを証明し、植物の進化を実証。そして南方熊楠の細胞性粘菌研究。

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2015年2月16日 (月)

吹き付ける北風の中、子供たちは、巨大ブランコに夢中。 2015年2月 木更津中尾伊豆島プロジェクトの里山にて。

 

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中尾の家の周りの里山整備を3トンユンボを使って行う・圧倒的な重機の力に拍手。2015年2月15日 

里山整備を3トンユンボを使って行う 里山に上るところに大きなコンクリートパイプが転がっており、何かと不便なので、これをかたづけ、道の整備を行った・小杉さんのユンボ運転の操作もお見事。 排水口設置工事・これまで大雨が降ると裏山からの雨水が倉庫に侵入してきたので、倉庫の北側を30センチから50センチの傾斜をつけてユンボで、掘削を行い・西側にある大きな排水溝に30センチのパイプを埋設・これで大雨が降っても大丈夫。

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2015年2月14日 (土)

木更市の花は椿・中尾の庭の椿が満開になると林檎の礼拝堂プロジェクト作品(田窪恭治氏)を展示・鑑賞。将来・田窪恭治氏に家中に椿を書いてもらう夢を持っている。

      2013年2月 木更市中尾432番地に田窪恭治 林檎の礼拝堂プロジェクト作品の大型リトグラフの一部を額装/木更津中尾伊豆島プロジェクト 林檎の礼拝堂プロジェクト YOUTUBEより配信・撮影・尾高俊夫。 近所の人と開設を祝う・食事作りは、三條場洋子さんに腕をふるってもらった。 田窪恭治氏の作品を作る現地では、どこでも支援者の輪が広がる。 1階のリビングにも林檎の礼拝堂プロジェクトの田窪恭治氏の作品を展示。 YOUTUBEから動画配信 礼拝堂模型完成 林檎の礼拝堂の写真・下の瓦は実物 2階には、林檎の礼拝堂の大型リトグラフを展示   食事の後は、2階の林檎の礼拝堂の大型リトグラフの前でこたつにあたりながらの鑑賞会 林檎の礼拝堂の大型リトグラフの前で記念撮影 この大型リトグラフができるまでをYOUTUBEから動画配信 2013年1月 久しぶりに田窪恭治氏と再会 木更津市中尾の自宅で。 風景芸術家の田窪恭治氏が木更津市中尾432番地の木更津中尾伊豆島プロジェクトの拠点に初めて来訪。  今回の目的は、風景芸術家の田窪恭治氏に、木更津市伊豆島・中尾における里山再生プロジェクトの活動状況を現地で見てもらい、この里山における風景芸術の1つの可能性を探ることと、もう一つはプロジェクトの代表である、尾高所有の田窪氏の作品の展示方法と木更津・田窪美術館開設の可能性を探るため。   この日〔1月18日)東京から斉藤脩三氏が出迎え、到着後、伊豆島と中尾の里山再生の現地を観てもらい、夕方から親戚の淵田ご夫妻も加わり、夜中過ぎまで歓談。〔食事は、斉藤脩三さんと淵田さんの奥様に腕をふるってもらった。) 翌19日は、小杉武さんが加わり、大型リトグラフの保存状況を確認し、展示する方法のアドバイスを受ける。  その後、きさらづ里山の会の活動地を見学したあと、会の代表の矢那の石井さん宅を訪問。   斉藤脩三氏撮影 大型リトグラフの保存を確認する田窪恭治氏     田窪恭治美術館 風景芸術の可能性を探る試み・木更津市中尾432番地〔木更津中尾伊豆島プロジェクトにて 前日の宴会 食事は、淵田さんの奥さんと斉藤脩三さんに作っていただいた。

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2015年2月13日 (金)

連日、里山ビオトープへ 今日も水路の改修を行いながらトウキョウサンショウウオの卵のう探し・発見できなかったが・オタマジャクシの卵の塊を8つほど発見。2015年2月13日

捕獲トラップ  

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2015年2月12日 (木)

この里山ビオトープは、絶滅を危惧される生き物たちの最後の砦かも(トウキョウサンショウウオ・ゲンジボタル・ジャコウアゲハ・ヘビトンボ・ノスリ・ウサギなどの貴重な生き物たちが生息している)この場所は、綺麗な水が1年を通して水量豊富。

2015年2月12日 今年になって里山ビオトープ整備3回目・今日は水路を中心に掃除をおこなった。 トウキョウサンショウウオ捕獲用のトラップ・木更津高専の湯谷先生と学生たちが4年前に設置・今も活躍中。  

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2015年2月11日 (水)

ニホンアカガエルの卵発見・もう少しでトウキョウサンショウウオも丘陵から下りてくる。 2015年2月11日千葉県木更津市

松島さんと淵田さんとで畑の下見の後、トウキョウサンショウウオの観察を行ったが、まだ時期が早そうで見つからない・しかし、ニホンアカガエルの卵は、今年初めて発見した。期待が持てる。 2人は、今年、伊豆島でそばを畑に植えて、そば打ちを行いたいとのこと・うまくいけば、おいしいそばが今年食べられるかもしれない。楽しみだ・・・・・。 3年前は、2012年2月9日に、この里山ビオトープのトラップにかかったアダルトのトウキョウサンショウウオを発見と・3月11日卵のうを大量発見した時の記録映像をYoutubeから配信。 去年・2014年は度重なる大雪のため3月13日にトウキョウサンショウウオのアダルトト卵のうを見つた。 今年は、トウキョウサンショウウオの出現は昨年より大幅に遅れた。  今年の出現は3月1日前後・3月1日の調査ではトウキョウサンショウウオの雄・メス6匹づつ12匹が捕獲罠・とっらっぷに、かかっていた。卵のうは6個。 http://sciencenet.cocolog-nifty.com/kisarazuizushima/2014/03/31121-92aa.html 2回目の調査は、3月6日、この時は卵のうを3個 http://sciencenet.cocolog-nifty.com/kisarazuizushima/2014/03/post-abdb.html   3回目の調査が今日・13日・卵のう10個発見/アダルトはゼロ。     この水路はある田んぼは、慣行農法でコメ作りを行っているので、上の段の田んぼビオトープに保護。     ニホンアカガエルの卵かい               ニホンアカガエルの卵のう    

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2015年2月10日 (火)

野生のエビネの群落の手入れ 落ち葉・枯草を取り除いた。毎年ゴールデンウイークのころ一斉に咲く・見事。2015年2月10日

この欅の大木の下にエビネの群落はある・花の色は3種類ある。 4月中旬以降に一斉に咲く。  

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2015年2月 8日 (日)

トウキョウサンショウウオは、まだ丘陵から水辺に降りてこない。2015年2月8日 木更津市の里山ビオトープ

2015年2月8日・まだ産卵する時期には、少し早いか? あちこち見て回ったが、トウキョウサンショウウオの卵のうは,発見できなかった。   これまで3年間の発見した日。 2012年2月18日 2013年2月9日 2014年は、たびたび大雪が降り残雪が残り、雪が解けた2月28日に、トラップにかかったアダルト6匹と、卵のうを多数発見した。    里山ビオトープの全景   水路の畔はイノシシの食事の場になっている。   カエルの卵もまだ1つも発見することができない。     トウキョウサンショウウオのアダルトを捕獲するためのトラップを見て回ったが、かかっていない。   このトラップには、ニホンアカガエルが1匹かかっていた。  

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2015年2月 7日 (土)

米作り日本一の椿 任功さんご夫婦を香取市のご自宅に小杉さんと2人で苗箱の返却を兼ね訪問。2015年2月7日

椿さんご夫婦が受賞した表彰状 朝の10時過ぎから、話し始め、昼食もごちそうになりながら話はつきなかった。木更津に戻ってきたのは、4時過ぎになってしまったが、楽しい1日だった。  

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2015年2月 6日 (金)

お米の苗の育苗箱の洗浄を高圧洗浄機で行う 2015年2月6日 午後。

午前中は、東京の病院で毎月の定期検査を終え、すぐに木更津に戻り、昼食後は、お米の育苗箱の洗浄を高圧洗浄機で行った。 本来は、冷たい水でたわしを使って洗うのだが、この季節は水を使うのが苦手・高圧洗浄機を使うと簡単に冷たい水に触れることなく素早く苗箱が綺麗になる。 4反歩の田んぼに60枚の苗箱(10枚はもち米)・無農薬・無肥料で育てるので、昨年の収量は、全体で約1000キロあまり。 苗は、コメ作り日本一に2回なったことのある香取市の椿さんに育てていただいている。 この育苗箱を近日中に椿農場に届けて、今年植える苗を育てていただく。今年で6年目入る。  

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2015年2月 4日 (水)

伊豆島・屋敷跡の土手・(北側約100メートル・東側約40メートル)草刈り2日目で、何とか終わった。 2015年2月4日

草刈り2日目・今日の天候は、一日中曇り・北風は弱い・朝の9時半から午後2時30分まで草刈りを行った・明日は、千葉県でも大雪になるかもしれない。 この日で、草刈は終わりになった。  

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2015年2月 3日 (火)

伊豆島の屋敷跡の北側の斜面の草刈りを1年ぶりに行う・梅がようやく1輪咲き始めた。2015年2月3日節分の日

伊豆島・屋敷跡遠景 この北側の急斜面は、高低差約3メートルから4メートルあり、長さは約100メートル・面積は約300坪ほどある・急斜面のため足場を確保することが難しく草刈りは通常の3倍の日数がかかる。 この日。北側の斜面の約3分の1ほど山狩りを行ったが、体力の限界に達したので、つづきは明日に。 庭の畑の真ん中にある梅の木・ようやく1輪咲き始めた。 今年の椿は、昨年と比べて精彩に欠く。

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瓜が谷 新年会 木更津市岩根の茂寿司にて開催 2015年2月1日

瓜が谷は11軒の集落・毎年、持ち回りで、その年の新年会を行っている・今年の新年会は、この集落に引っ越してきて3年目の新参者の尾高が宿(当番)・皆さんの協力もありなんとか無事終えることができた。 30年前までは、集落で宿を中心にして、みんなで料理を作って新年を祝ったそうだ・ここ30年間は、集落の外に出て、料理屋に行って祝うようになったとのこと。今年は、寿司の割烹料理屋の茂寿司(しげずし)で行った。          

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2015年1月31日 (土)

約1900年前の弥生時代後期の水田跡が木更津市下望陀(しももうだ)で発見された・{芝野遺跡 千葉県文化財センター/房総の文化財 創刊号(平成4年9月1日発行)より記事転載)

約1900年前の弥生時代後期の水田跡が木更津市下望陀(しももうだ)で発見された・芝野遺跡(画面下が小櫃川・小櫃川北岸と高速道路が交わるところが発掘現場。 千葉県内最古の水田・加藤修司氏解説 木更津市下望陀(しももうだ)で約1900年前の弥生時代後期の水田跡が発見された。 当地の字名から芝野遺跡と名づけられました。   水田は、小櫃川のすぐ北側につくられたおり、現在の水田のように整然と区画はされておりません。 大小さまざまな区画の水田が地形に合わせて扇形に広がっています。 畦道や水路、水ぜめをつくるなど、当時の人の工夫が見られます。 水田のそばには、壺や瓶といった、当時の生活用具が1列に並んで出土しています。  人々が水田に向かって、豊作を祈ったものでしょうか。 木更津市は、東京湾に面して、東海地方との交流が盛んであったことから、西方の稲作文化をいち早く取り入れたと思われます。   周辺にも水田は広がっており、すでに弥生時代のこの地域では、広い範囲で水田耕作を行っていたことがうかがえます。(加藤修司) 菅生遺跡(弥生時代から古墳時代にかけての水田跡)は、芝野遺跡の下流約3キロのところにある。 上総菅生遺跡は、この小櫃川の右側のカーブしている地点・小櫃川の河川改修でその大部分は川の中に。 芝野遺跡から小櫃川を約3キロ下ったところに弥生時代の水田跡・菅生遺跡がある。 ふるさと歴史講座 2015年1月22日 東清公民館にて 講師 木更津市教育委員会 酒巻忠史主幹 4 病院跡から朝日町のジャスコを望む   各 各写真をクリックすると拡大します。 上総大寺廃寺は、中尾の自宅から北に約1,6キロの地点にあります。 上総大寺廃寺石製路盤 大寺廃寺は、出土した軒丸瓦の文様(複弁八菜蓮華文}によって、奈良飛鳥の四大寺の一つ川原寺との関連が非常に高いとみられ、この川原寺の創建年代に近い、7世紀後半につくられた上総国最古の寺院と思われます。木更津市教育委員会より転載。 写真の左から2番目が大場磐雄先生 弥生時代の水田跡と飛鳥時代の行政府跡? 奈良の川原寺のHPへリンク http://www9.plala.or.jp/kinomuku/kawaradera.htm これ以下はネットからの転載   これまでに大場氏による菅生遺跡における調査の写真資料は昭和53(1978)年に出版された『上総菅生遺跡』の他、様々な論文の中で引用されており、その概要が窺える。写真資料に関しても、これらの論文中に度々用いられており、ここではその内容の一部に触れてみたい。   調査当時の周辺環境がわかる遺跡の遠景写真・遺構写真は、戦後急速に変化した当地における開発が開始される以前の状況を知る上でも非常に示唆的である。例えば大場氏は『上総菅生遺跡』の報告書中の第1図、第4図、第12図などで、また、参考文献の幾つかの論文における遺跡遠望でも菅生遺跡を中心とした周辺環境を一瞥できる写真を利用している。また河川改修によって流路を何度か変更している小櫃川の昭和初期当時の状況も窺える資料としての意義も看過できない。この他、発掘調査参加者による集合写真、遺物写真なども多数残されている。 この中には人物を特定できる資料も多い。遺物写真は報告書中に未掲載の遺物出土状況の写真も多数含まれており、土器はもとより大きな成果をあげた木器や木製品などの出土状態なども窺える。   本調査と併せて大場氏は周辺の他の遺跡に関しても調査を行なっており、今回の資料中にいくつか認めることができた。確認できた中で2、3例を挙げると相里古墳は昭和13年5月の菅生遺跡第1次、第3回調査の際に大場氏が調査を行なって。『楽石雑筆』の記事からは遺物の出土も認められているが、当資料の中には石室の状態を写した遺構写真が残されている。   また大場氏は当調査中、双魚佩や環頭太刀の出土で著名な松面古墳の調査を実施している。松面古墳は調査当時、産業組合病院裏古墳とされ、のち大場氏による『日本古文化序説』の中では元新地古墳、『上総菅生遺跡』中では君津病院内古墳(周辺遺跡の図中では松面古墳)と称されている。調査は菅生遺跡第1次、第4回調査の昭和13年7月に実施されているが、他に当古墳の概要を記した報告等がなされていないため、今回の資料中に存在している石室や墳丘の写真資料は、かなり破壊を受けた段階ではあるが公開する意義が大きい。この他にも菅生遺跡のすぐ北側に位置する古代寺院の大寺廃寺など木更津付近一帯の調査を行っている資料も存在する。   次に菅生遺跡の現況について述べてみたい。現在、菅生遺跡では大場氏が調査した地点はその大部分が小櫃川の流路中にあり、原形を留めていない。 また詳細な調査地点に関しても、第1次調査時から65年の時を経て、現地の地理的状況は河川の流れを含めて全く変わってしまい、正確な位置に関する知見を得ることは出来なかった。   菅生遺跡周辺では、大寺浄水場建設に伴う菅生第2遺跡の調査の後、菅生遺跡も千葉県、木更津市による調査がされており、資料の蓄積が進んでいる。 一方で、大寺浄水場や菅生の西側を南北に伸びて小櫃川をまたぐ東京湾アクアライン連絡道などの開発によって菅生遺跡の取り巻く環境は大きく様変わりしている。また、大きな手掛かりとなる小櫃川の流路が変ってしまい、旧流路が消滅してしまった現在では、遺跡の原状を考察する事は非常に困難である。 しかし、遺跡の遠景写真で見られるような高千穂古墳群が存在する丘陵などはそのまま確認することができる。そして遺跡現場自体は、大寺浄水場の南側の小櫃川が北側に大きく屈曲する部分のやや東側の河床であることは、報告書等の図上から推測可能であり、今回はこの地点の現在の実地調査を行なうこととした。   調査は平成15年1月18日に実施し、撮影はそれぞれ遺跡の北側、西側、南側から行なった。写真1、写真3に見える高架の道路が東京湾アクアライン連絡道であり、写真2はその上から撮影した。写真2では小櫃川が大きく屈曲している箇所が確認でき、菅生遺跡の場所が比較的分かり易い。また写真2右手側は高千穂古墳群のある丘陵、左手側は大寺浄水場である。正確な遺跡の位置に関しては問題もあるが、菅生遺跡周辺の21世紀初頭の様子を「定点撮影」するという意義をこめている。また、近年活発に議論され、本フロンティア事業内においても懸案の一つとなっている画像資料の活用という面からも、遺跡調査時と現状の比較ということで現況の報告を行なった。   菅生遺跡において大場氏が発掘を行った正確な位置に関しては、遺跡の失われてしまった現在トレンチの位置など正確には不明な点が多いが、残された写真資料は調査地を特定する手掛かりとなる情報が多く含まれている。こうした細かい調査区がどの部分にあたるかなど、残された課題は大きい。また考古学ばかりではなく昭和13(1938)年当時の菅生における「定点撮影」として他分野の利用も想定できる。当新出資料に限らず広汎にわたる研究利用に供するよう、これからも作業を継続していきたい。   なお、菅生遺跡の現地調査や文献収集にあたっては君津郡市文化財センターの光江章氏、木更津市金鈴塚遺物保存館の稲葉昭智氏に多大なるご助力を頂いた。記して謝意を表したい。 (髙野晶文) 〔参考文献〕 『 大場磐雄 1938.3 「上総菅生遺跡(予報第一回)」『考古学』9-3,p109~116,東京考古学会 大場磐雄 1938.5 「地底の宝庫 清川遺跡を発掘して」『科学画報』27-5,p50~51・105~111,誠文堂新光社 大場磐雄 1938.10 「上総菅生遺跡(予報第二回)」『考古学』9-10,p469~480,東京考古学会 大場磐雄 1938.11 「上総清川村菅生遺跡発掘日録」『上代文化』16,p1~9,上代文化研究会 大場磐雄 1939.1 「上総菅生遺跡の一考察(一)」『考古学雑誌』29-1,p1~8,考古学会 大場磐雄 1939.3 「上総菅生遺跡の一考察(二)」『考古学雑誌』29-3,p154~169,考古学会 大場磐雄 1943.2 『日本古文化序説』明世堂 大場磐雄 1948.10 「千葉県木更津市菅生遺跡の研究」『上代文化』18,p1~10,國學院大学考古学会 大場磐雄 1951.4 「菅生遺跡回顧」『房総展望』5-4,p2~4,房総展望社 菅生遺跡調査団・木更津市教育委員会 1973.6 『上総菅生遺跡 -昭和47年度第1期調査速報-』 大場磐雄 1977.1 『大場磐雄著作集第八巻 楽石雑筆(下)』雄山閣出版 木更津市菅生遺跡調査団編 1980.3 『上総菅生遺跡』中央公論美術出版

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2015年1月29日 (木)

中尾の家の里山整備 手前の約600坪ほどを草刈り機で4時間ほどかかって草刈りを行った。2015年1月29日

草刈り前の状態 4時間後・草刈終了

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2015年1月27日 (火)

2015年1月27日 朝の10時過ぎまでは雨降り・そのあと日が射し暖かい春の陽気に・紅梅が咲き始めた・春は確実に近づいてきた。

家のすべての窓を開け、春の暖かい空気を室内に呼び込む。 母屋を包み込む樹齢約350年の椎の大木。 2階の窓を開けると、手の届くところに椿の大木が。  

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房総半島 富津岬の海は、青く澄みわたり南の島の海を思わせる。2015年1月26日

この日は、あいにく富士山方向は靄がかかり見えない・残念。(ここからの富士山は、一番美しい) 展望台より富津岬  

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2015年1月25日 (日)

2015年1月25日(日)ユンボを使って竹林の整備 淵田さん小杉さん三條場さんと尾高・午後は、上のヒノキ山の畑の整備。

    午後からは、上のヒノキ山の畑を、耕運機を使って耕す。(黒色の土は、ふかふかで耕すのは、気持ちがいい・この畑も、無農薬・無化学肥料で野菜を育てている。       夕方4時過ぎに、耕し終えた。         この畑の一番日当たりがよく、水はけの良いところに、昨年の3月に、 鎌足桜保存会からいただいた苗木5本のうちの1本を植えた・生育は順調・4月中旬に咲くのが待ちどうしい。          

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2015年1月23日 (金)

きみさらず大橋のたもとには,ヤマトタケルノミコト(倭建命}とオトタチバナヒメ(弟橘姫)の銅像が菅生の里と小櫃川を見下ろしている・菅生遺跡周辺の散歩 中尾の家から北に500メートルほどの菅生遺跡周辺を歩いてみた。2015年1月23日

きみさらず大橋のたもとには,ヤマトタケルノミコト(倭建命}とオトタチバナヒメ(弟橘姫)の銅像が菅生の里と小櫃川上流を見下ろしている。 この、きみさらず大橋の下流側からは、小櫃川の上に富士山がくっきりと見え、富士山の撮影のポイントにもなっている。 小櫃川の上流方向を望む   平景清陣屋跡・平安時代末期の武将・この近くに景清の井戸がある。 水道の取水口の上流には、馬頭観音が。 馬頭観音

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解明が待たれる・菅生(すごう)遺跡調査の今後の課題・菅生遺跡調査の重要性について 木更津市教育委員会 文化課 酒巻忠史主幹、今後の展望を語る。2015年1月22日ふるさと歴史講座にて。

解明が待たれる現在の菅生遺跡は、この小櫃川の右側のカーブしている地点・小櫃川の河川改修でその大部分は川の中に。   ●菅生遺跡の発見 ○菅生遺跡 木更津市菅生、大寺付近に広がる弥生時代、古墳時代、奈良時代の遺跡。 ○発見者 大寺在住の宮本寿吉氏 ○発見のきっかけ 小櫃川の河川工事で出土した遺物を発見したことによる。 菅生遺跡調査の重要性 ○1938年(昭和13年)当時、全国的にも数少ない、低地の遺跡の調査が行われたこと。 ○金鈴塚古墳と、並ぶ、全国的にも有名な遺跡であること。 ○菅生遺跡調査団のメンバーにより、相里}遺跡,松面古墳などの調査も行われ、多くの成果を上げていること。 ○当時・新聞報道や講演会の開催により、遺跡の重要性が広まり、学会や地元から物心両面の援助が得られたこと。 菅生遺跡調査の今後の課題 ○古墳時代後期の遺物の出土が多く、長須賀古墳群(金鈴塚古墳・松面古墳など}との関連性が想定されること。 遺跡の範囲、大溝の南側への延長は、どれほどのものか、水田跡の広がりなど、解明すべき課題は多い。 以上のまとめを、ふるさと歴史講座 第9回学習会で 木更津市教育委員会 文化課 主幹 酒巻忠史氏が講演した。 素晴らしい講演であった。  この先、菅生遺跡の解明が進み、古墳時代の菅生のリアルな姿が解明されることを願っている。 菅生遺跡とは・ネットより検索・転載 菅生遺跡 すごういせき 千葉県木更津(きさらづ)市大字菅生より、現在の小櫃川(おびつがわ)河床を経て、大字大寺(おおてら)に至る古代水路を中心とした集落遺跡。1937年(昭和12)より73年の間、第一次より第三次まで延べ9回にわたる発掘調査が行われた。 現地は下層に弥生(やよい)中~後期、中層に古墳時代後期、上層に奈良・平安時代の遺構・遺物を出土している。弥生中期の第二号住居跡では多くの完形土器とともに、関東には珍しい太形蛤刃状(ふとがたはまぐりばじよう)石器二のほか、柱状抉入(ちゆうじようえぐりいり)石器五、鉄斧(てつぷ)二を出土した。 遺跡の中心をなす中層では、土師器(はじき)や須恵器(すえき)とともに大量の木製容器や坐臥(ざが)具、装身具、紡績具、機織(はたおり)具、祭器具、農具、建築材などを出土し、古墳時代の民衆生活を知る有力な手掛りとなった。[乙益重隆] 乙益 重隆 オトマス シゲタカ 昭和・平成期の考古学者 国学院大学名誉教授。 生年大正8(1919)年1月7日 没年平成3(1991)年3月2日 出生地熊本県球磨郡免田村(現・免田町) 学歴〔年〕国学院大学文学部国史学科〔昭和16年〕卒 主な受賞名〔年〕熊日社会賞〔昭和38年〕 経歴昭和22年球磨農学校教諭、24年熊本女子大学助手、38年教授を経て、45年国学院大学教授に就任、のち考古学資料館長兼任、平成元年定年退職し名誉教授。日本考古学協会委員長、文化財保護審議会専門委員なども務めた。著書に「朝鮮の在来農具」「肥後上代文化史」「装飾古墳と文様」(共著)など。

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2015年1月22日 (木)

菅生遺跡 ふるさと歴史講座 2015年1月22日 東清公民館にて 講師 木更津市教育委員会 酒巻忠史主幹

上総菅生遺跡は、この小櫃川の右側のカーブしている地点・小櫃川の河川改修でその大部分は川の中に。 菅生遺跡 ふるさと歴史講座 2015年1月22日 東清公民館にて 講師 木更津市教育委員会 酒巻忠史主幹 4 病院跡から朝日町のジャスコを望む   各 各写真をクリックすると拡大します。 上総大寺廃寺は、中尾の自宅から北に約1,6キロの地点にあります。 上総大寺廃寺石製路盤 大寺廃寺は、出土した軒丸瓦の文様(複弁八菜蓮華文}によって、奈良飛鳥の四大寺の一つ川原寺との関連が非常に高いとみられ、この川原寺の創建年代に近い、7世紀後半につくられた上総国最古の寺院と思われます。木更津市教育委員会より転載。 写真の左から2番目が大場磐雄先生 弥生時代の水田跡と飛鳥時代の行政府跡? 奈良の川原寺のHPへリンク http://www9.plala.or.jp/kinomuku/kawaradera.htm これ以下はネットからの転載   これまでに大場氏による菅生遺跡における調査の写真資料は昭和53(1978)年に出版された『上総菅生遺跡』の他、様々な論文の中で引用されており、その概要が窺える。写真資料に関しても、これらの論文中に度々用いられており、ここではその内容の一部に触れてみたい。   調査当時の周辺環境がわかる遺跡の遠景写真・遺構写真は、戦後急速に変化した当地における開発が開始される以前の状況を知る上でも非常に示唆的である。例えば大場氏は『上総菅生遺跡』の報告書中の第1図、第4図、第12図などで、また、参考文献の幾つかの論文における遺跡遠望でも菅生遺跡を中心とした周辺環境を一瞥できる写真を利用している。また河川改修によって流路を何度か変更している小櫃川の昭和初期当時の状況も窺える資料としての意義も看過できない。この他、発掘調査参加者による集合写真、遺物写真なども多数残されている。 この中には人物を特定できる資料も多い。遺物写真は報告書中に未掲載の遺物出土状況の写真も多数含まれており、土器はもとより大きな成果をあげた木器や木製品などの出土状態なども窺える。   本調査と併せて大場氏は周辺の他の遺跡に関しても調査を行なっており、今回の資料中にいくつか認めることができた。確認できた中で2、3例を挙げると相里古墳は昭和13年5月の菅生遺跡第1次、第3回調査の際に大場氏が調査を行なって。『楽石雑筆』の記事からは遺物の出土も認められているが、当資料の中には石室の状態を写した遺構写真が残されている。   また大場氏は当調査中、双魚佩や環頭太刀の出土で著名な松面古墳の調査を実施している。松面古墳は調査当時、産業組合病院裏古墳とされ、のち大場氏による『日本古文化序説』の中では元新地古墳、『上総菅生遺跡』中では君津病院内古墳(周辺遺跡の図中では松面古墳)と称されている。調査は菅生遺跡第1次、第4回調査の昭和13年7月に実施されているが、他に当古墳の概要を記した報告等がなされていないため、今回の資料中に存在している石室や墳丘の写真資料は、かなり破壊を受けた段階ではあるが公開する意義が大きい。この他にも菅生遺跡のすぐ北側に位置する古代寺院の大寺廃寺など木更津付近一帯の調査を行っている資料も存在する。   次に菅生遺跡の現況について述べてみたい。現在、菅生遺跡では大場氏が調査した地点はその大部分が小櫃川の流路中にあり、原形を留めていない。 また詳細な調査地点に関しても、第1次調査時から65年の時を経て、現地の地理的状況は河川の流れを含めて全く変わってしまい、正確な位置に関する知見を得ることは出来なかった。   菅生遺跡周辺では、大寺浄水場建設に伴う菅生第2遺跡の調査の後、菅生遺跡も千葉県、木更津市による調査がされており、資料の蓄積が進んでいる。 一方で、大寺浄水場や菅生の西側を南北に伸びて小櫃川をまたぐ東京湾アクアライン連絡道などの開発によって菅生遺跡の取り巻く環境は大きく様変わりしている。また、大きな手掛かりとなる小櫃川の流路が変ってしまい、旧流路が消滅してしまった現在では、遺跡の原状を考察する事は非常に困難である。 しかし、遺跡の遠景写真で見られるような高千穂古墳群が存在する丘陵などはそのまま確認することができる。そして遺跡現場自体は、大寺浄水場の南側の小櫃川が北側に大きく屈曲する部分のやや東側の河床であることは、報告書等の図上から推測可能であり、今回はこの地点の現在の実地調査を行なうこととした。   調査は平成15年1月18日に実施し、撮影はそれぞれ遺跡の北側、西側、南側から行なった。写真1、写真3に見える高架の道路が東京湾アクアライン連絡道であり、写真2はその上から撮影した。写真2では小櫃川が大きく屈曲している箇所が確認でき、菅生遺跡の場所が比較的分かり易い。また写真2右手側は高千穂古墳群のある丘陵、左手側は大寺浄水場である。正確な遺跡の位置に関しては問題もあるが、菅生遺跡周辺の21世紀初頭の様子を「定点撮影」するという意義をこめている。また、近年活発に議論され、本フロンティア事業内においても懸案の一つとなっている画像資料の活用という面からも、遺跡調査時と現状の比較ということで現況の報告を行なった。   菅生遺跡において大場氏が発掘を行った正確な位置に関しては、遺跡の失われてしまった現在トレンチの位置など正確には不明な点が多いが、残された写真資料は調査地を特定する手掛かりとなる情報が多く含まれている。こうした細かい調査区がどの部分にあたるかなど、残された課題は大きい。また考古学ばかりではなく昭和13(1938)年当時の菅生における「定点撮影」として他分野の利用も想定できる。当新出資料に限らず広汎にわたる研究利用に供するよう、これからも作業を継続していきたい。   なお、菅生遺跡の現地調査や文献収集にあたっては君津郡市文化財センターの光江章氏、木更津市金鈴塚遺物保存館の稲葉昭智氏に多大なるご助力を頂いた。記して謝意を表したい。 (髙野晶文) 〔参考文献〕 『 大場磐雄 1938.3 「上総菅生遺跡(予報第一回)」『考古学』9-3,p109~116,東京考古学会 大場磐雄 1938.5 「地底の宝庫 清川遺跡を発掘して」『科学画報』27-5,p50~51・105~111,誠文堂新光社 大場磐雄 1938.10 「上総菅生遺跡(予報第二回)」『考古学』9-10,p469~480,東京考古学会 大場磐雄 1938.11 「上総清川村菅生遺跡発掘日録」『上代文化』16,p1~9,上代文化研究会 大場磐雄 1939.1 「上総菅生遺跡の一考察(一)」『考古学雑誌』29-1,p1~8,考古学会 大場磐雄 1939.3 「上総菅生遺跡の一考察(二)」『考古学雑誌』29-3,p154~169,考古学会 大場磐雄 1943.2 『日本古文化序説』明世堂 大場磐雄 1948.10 「千葉県木更津市菅生遺跡の研究」『上代文化』18,p1~10,國學院大学考古学会 大場磐雄 1951.4 「菅生遺跡回顧」『房総展望』5-4,p2~4,房総展望社 菅生遺跡調査団・木更津市教育委員会 1973.6 『上総菅生遺跡 -昭和47年度第1期調査速報-』 大場磐雄 1977.1 『大場磐雄著作集第八巻 楽石雑筆(下)』雄山閣出版 木更津市菅生遺跡調査団編 1980.3 『上総菅生遺跡』中央公論美術出版

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あいにくの雨だが、父親の命日を明日に控えお墓詣りに 2015年1月22日

そして、1月24日は、母親の誕生日。

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2015年1月20日 (火)

淵田弥吉さんテーブルと倉庫の窓の修理を行ってくれる・午後は、伊豆島の屋敷跡の竹林の畑の整備を行う。2015年1月20日2015年1月20日 

この倉庫の窓(撮影スタジオに使用)は,一昨年の大風の強風で石が飛び、ガラスにひびが入っていたが、アクリル板で補強をして外観はきれいになった。 午後は、伊豆島の屋敷跡の竹林の畑の整備を耕耘機を使って行った。  

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伊豆島の屋敷跡の畑と・竹林の畑を耕耘機を使って耕す。2015年1月19日

   

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2015年1月17日 (土)

伊豆島の屋敷跡の里山の畑整備を3トンユンボを使って行う・ユンボは里山整備には大事な助っ人。2015年1月17日から18日

今年初めての里山整備を淵田弥吉さん小杉武さんと尾高の3人でおこなった。  3トンユンボのパワーはすごい・1年も放置していた畑をどんどん整備していく。   初めは屋敷跡の畑に積み上げられている藁と枝を深さ約2メートルの穴を3ヵ所ほどユンボで堀り、地中に埋める作業。     4 ●屋敷跡の畑の整備を終え、午後からは、上の段のヒノキ山の畑の整備・まづはヒノキ山までの道路確保のためにユンボ大活躍・約150メートルほどの山道を1時間ほどで、軽トラックが通れるようになった。これまで長年の念願であった、ヒノキ山の畑への直接の道路が確保された。 この畑も、ユンボで表土を剥ぎ取り,整地を行った。 夕方の4時ごろには、里山の畑の整備を終えた。重機の力のすごさを改めて実感。

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2015年1月13日 (火)

2015年1月12日 快晴 横浜港大黒埠頭 海釣り公園で孫たちと遊ぶ・この日・日本郵船の豪華客船 飛鳥2が大桟橋に停泊。

横浜港からは、千葉県にある新日鉄は真正面に見える。 海釣りのエリアは、海の上を歩くようになっているので、孫たちは、打ち寄せる波を足の下に見ながら遅る遅る歩いていたが、しばらくすると駈けづり回っている。

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2015年1月 6日 (火)

2015年1月5日 中尾の瓜が谷の集落で不幸があり隣組で、葬儀に参加させていただき部落にあるお寺に納骨のために初めて行った。

掃除が行き届いており、良いお寺だ。

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2015年1月 3日 (土)

2015年1月3日 孫たちの田舎でのお正月 ・霜柱と氷・凧揚げ・コマ回し 

孫たちは、まだ日が当たらない田んぼに、霜柱と氷を見にかけていく。

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2015年1月 1日 (木)

2015年1月1日 初日の出 弥生時代から米作りが行われていた菅生遺跡周辺にも朝日が。

  新年あけましておめでとうございます                     今年もどうぞよろしくお願いいたします。                  木更津中尾伊豆島プロジェクト 尾高俊夫 横浜では、地平線の雲があつく初日の出は8時を過ぎてから雲間から上がってきた。 無農薬で育てた手作りお供え餅。 上総菅生遺跡に朝日・中尾の里山のすぐそばにある菅生遺跡・弥生時代から米作りが行われていた・この小櫃川の右側のカーブしている地点・このことを知ったのはつい半年前のこと・木更津中尾伊豆島プロジェクトの田んぼは、ここ・菅生遺跡から200メートルほどのところにある

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2014年12月31日 (水)

お正月を控えお墓の掃除 2014年12月31日

我が家のお墓は木更津市内のお寺さんの善光寺と蜜蔵寺、そして伊豆島の屋敷跡に2ヵ所の墓地がある。  新年を迎えるために全部のお墓の掃除をおこない・お正月に善光寺での護摩焚き法要に合わせて家族で、お墓詣りを行う。 善光寺にあるお墓 蜜蔵寺にある墓地。 江戸時代の先祖のお墓 伊豆島の屋敷跡の山林にあるお墓 伊豆島の屋敷跡の山林にあるもう一つの墓地

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2014年12月29日 (月)

中尾の里山で初めての4家族の親子で餅つき (今年初めて植えたもち米を使ってお正月のお餅つき)1014年12月28日

今年、初めて植えたもち米を使って、4家族の親子でお正月のお餅をついた。  子供たちにとっても、父親たちにとっても初めての体験。 YouTubeから見る最初の餅つき開始。 YouTubeから見る最後にお正月のお飾り餅をつく。 初めてのお餅つきなので、平野すずゑさんに前日から泊りがけで来ていただきよる遅くまで、準備をおこなった。  当日は10時から開始・総勢18名。  平野すずゑさんの指示に従って順調に準備が進んだ。  途中から平野勝彦さんの参加で餅つきの技を伝授。  みんなで、お餅を食べながら無事、お正月のお餅が出来上がった。 初めての親子でお餅つきは、天候にも恵まれ、人にも恵まれ、楽しい1日になった。  この餅つきは、道具の手配・火燃し・餅つきにと、全般にわったっての淵田弥吉さん協力で実現した・感謝。 お正月のお飾り用の赤いお餅

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2014年12月25日 (木)

孫たちの誕生日会とクリスマス会 2014年12月23日 横浜自宅にて.

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2014年12月21日 (日)

田んぼビオトープの様子 2014年212月20日

これから田んぼビオトープは、本格的な冬に入り田んぼ・水路は凍結する・2月に入って春いちばんが吹き・氷がゆるむと、例年・トウキョウサンショウウオが森から下りてきて産卵を始める。

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2014年12月20日 (土)

伊豆島の竹林掘削道路完成 3トンユンボの力は頼もしい。

この右の土手の上が上の段の畑600坪

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2014年12月18日 (木)

2升までできる餅つき機(タイガー餅つき機SMG)を購入 さっそく試験運転  2014年12月18日早朝

タイガー餅つき2升タイプ 出来上がり直前のお餅 前日、まづ精米機で無農薬のもち米2升を精米・水洗い後水に浸し12時間後・ざるにあけ約30分水切り。 初めてなので、1,4升のもち米でおこなった。 ボイラーに今回はお湯を580cc入れ・蓋をしてスタート。 約45分後・ブザーが鳴ったのでスイッチを切り・蓋をあけ・餅つきスイッチを押す。 約10分後でスイッチを切り・出来上がり。 もちとり粉を引いたトレーに出来上がったお餅を移す。 餅採り粉を付けながら、のし棒で形を作っていく。これで終了・初めてだが失敗なくできた・味は冷やしてから味わってみる。 これで、今度のお正月は、自分たちで作った無農薬のお餅を初めて食べることができる。  

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2014年12月16日 (火)

竹林の作業用道路の仕上げ作業(もう一回重機・ユンボで掘削すると道路は完成する・これで上の畑への農業機械の移動が格段に便利になる)  2014年12月14日 伊豆島にて

  グーグルアースからみた作業現場位置

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2014年12月14日 (日)

里山整備の後の夕食は、みんなで。2014年12月13日

夕食のご飯は、今年の田んぼで採れたもち米を使ってお赤飯。 夕食後は、ゲーム。 太郎君は、あっと言うまに、このゲームに習熟。 近くの家まで電気自動車で帰る。

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重機(ユンボ)による里山整備 竹林に作業用道路を通す 2014年12月13日

房総のかつての里山は、今、竹に覆われて、本来の里山の機能を果たさなくなっている。  竹を農業に使わなくなってからは、竹がどんどん繁殖をして、人の住む近くまで迫ってきた。  里山再生には、この猛烈に繁殖をする竹を重機で排除していかなければ、数年たつと竹に覆われてしまう。  都会からくる人たちは、竹林に覆われた山を見て里山が綺麗に残っていると思う人が多いが、本来の里山はどんどんなくなってきている。これまで、人の手が入り守られてきた里山は、今、放置され、竹が猛烈に繁殖して手を付けられない状態になっているところが多くなってきている。

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2014年12月10日 (水)

中尾の里山の家 お正月を控えキッチンとリビングの模様替え 2014年12月10日

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東京 中目黒 目黒川 冬のイルミナーション 人気NO1  12月25日まで・点灯時間は午後5時から9時まで。東急・中目黒駅の渋谷より高架下の目黒川。2014年12月9日撮影

春の桜見物で、年々人気がたかまってきた目黒川に、この冬初めて冬のイルミナーションがつけられた。  おりしも、ノーベル授賞式と重なり、青のLEDに特化した光景・青の洞窟の人気は凄い。春の桜の花見より混んでいるようだ。車は、平日にもかかわらず大渋滞なので、東急・中目黒の駅のすぐそばですので、電車で見に行くことをお勧め。

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2014年12月 9日 (火)

2014年12月8日 快晴 昨日より暖かい・新年会の回覧版を持って行った帰り・Uターンができなかったのでバック出てきたら、いい加減な運転から道から脱輪・自力ではあがれない・途方に暮れたが、JAFに救援依頼・すぐに来てくれ、アッという間に引っ張ってくれた・感謝。この日は、1日中、庭木の剪定を行った。

 

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2014年12月 7日 (日)

2014年12月7日 この冬一番の寒さ・初霜・初氷が張った。午後は母屋の南側の樹木を伐採し,車3台入れる駐車スペースを確保・これで約20台の車の駐車スペースができた。

一面霜 田んぼの水たまりに薄くこの冬初めての氷がはった。 庭の真ん中の柿の実は昨日の夕方で鳥たちがすべて食べつくした。 午後からは、母屋の南側の樹木を大きく伐採して、新たに車が3台入れる駐車スペースを作った。  

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2014年12月 3日 (水)

中尾の里山の家 母屋のリフォーム続行 家具の入れ変え 2014年12月3日

4 この椅子に座ると椎の大木の眺めがすごい。 幅180センチある大きなソファーを1人でいれるのはきつかった。   右手奥は、先日リフォームした台所。 今日のリフォーム代金0円・家具代0円・みんなもらい物・三條場さんからもらったクリーナーで汚かったソファーがよみがえった/絨毯は三條場さんのリフォームからの廃棄物。 。 台所より

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2014年12月 1日 (月)

中尾の里山の家・台所のリフォーム終了 2014年12月1日

母屋の台所の壁工事が半分残っていたので、壁の表面を剥ぎ落としてペンキを塗った。朝から初めて夕方4時ごろまでかかってしまったが、見違えるほど台所が明るくなった。 台所の外には、樹齢約350年の椎の大木。  

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2014年11月30日 (日)

駆け出しのころ撮影助手として参加した映画をYouTubeから・平安の幻想・免疫を探る。

この仕事で、京都に長くいっているときに、長女が生まれたので、名前を雅子とつけた。 娘は今は2児の母親になっている。 この映画は、スポンサーが資生堂で、化粧の歴史シリーズとして約3年にわたって続く。 その後、免疫を探るで初めて顕微鏡微速度撮影に参加でき、撮影助手として加わり、顕微鏡微速度撮影を身体で覚え、1年ほどは、1人で材料づくりから撮影までできるようになり、その後の人生に大きく寄与した。この撮影は1年半に及び、大阪の大阪大学医学部岸本研究室・撮影場所に藤沢薬品の研究所に1年あまり、そしてリンパ球関係を。 (この時期は、リンパ球の分離ができるようになり・T細胞・サプレッサーT細胞・キラーT細胞・B細胞とリンパ球の分類ができるようになりインビトの実験で、腫瘍細胞と各リンパ球を入れ顕微鏡微速度撮影を行った・この時期が師匠である小林米作氏が切り開いた顕微鏡微速度撮影の技術が最大に生かせた良き時代だった。) 千葉大医学部の多田研究室で半年ほど撮影し最後は予算がつき、1人での撮影が続いたが、偶然に撮影でき、出来上がった作品だ。 この時期は、がん免疫の領域が盛んに研究され、阪大の岸本先生・千葉大の夛田先生が、世界の先端をはしっていた・若手の千葉大の谷口先生は、講師・助教授・教授に短時間になり、モノクロナール抗の最先端の研究成果を世界の学界に発表していたころ。  谷口先生は、海外の学会に行く飛行機の時間の直前まで研究し、成田に車を走らせるという超多忙な研究を行っておりながら、私たちの撮影の材料・各リンパ球を分離してくださった。この時の体験が、忘れられない。 この2本映像は、元城西歯科大学教授 久米川先生が中心に設立したNpo法人科学映像館のご努力により、今、観ることができとことに感謝。

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アンモナイトの記憶からたどる宇宙の渚プロジェクト 関係者が集まって完成祝いの会 2014年11月29日

この曲を再生しながらアンモナイトの記憶からたどる宇宙の渚の各写真をご覧ください。 実際にリフォームをおこなった梅賀正人氏も参加。  

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2014年11月29日 (土)

故 平野勇さんの1周忌の法事 ふるさとの中尾の家で親戚が集まり行われた。2014年11月29日

早々と淵田弥吉さんがお線香をあげに来てくれた。 そのあとは、小杉 武さん家族がお線香をあげに来てくれた。 法事は、11時30分から始まった。あいにくの雨でお墓詣りは、断念。

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2014年11月27日 (木)

中尾の里山再生の拠点倉庫の修理に活躍する淵田弥吉さん 裏の入口にサッシドア・屋根の雨漏り修理。2014年11月27日

作業服をキメている淵田弥吉さん。 2人であれこれやっていると、不思議なことにぴったりとアルミサッシの入口は、入ってしまった。やはり2人で知恵を出し合うとうまくいくのだ。 次は、屋根の雨漏りの修理をおこなった。  

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2014年11月26日 (水)

木更津の内装屋さん・須田さんの頑張り 作業場の一部公開して、ライブハウス・撮影スタジオに。

淵田弥吉さんの友人の内装屋さんに、中尾の家のフスマの張り替えをお願いした。そのお礼にライブハウスでの撮影のアドバイスを頼まれたので、淵田さんと2人で出かけた。  (本番は12月21日の午後6時過ぎから2時間ほどで、約20人のほどが集まるとのこと。  車に撮影機材を積んで出かけた。) 今回は、尾高が撮影を行うのではなく、須田さんのこれまでやりたくてもできなかったことを、技術面と機材面でバックアップすることが目的だ。 今日は、3時間ほどかけて、撮影機材の使い方を見せた。 本番前までには、どの機材を使って撮影をおこなえば、べストかを身体で覚えて欲しい。          

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2014年11月25日 (火)

中尾の家 母屋の台所の壁を塗る  2014年11月25日 一日中雨・明日も雨。

母屋の畳を新しくすると、急にあちこち不具合なところが目につき出した。  午前中は、母屋の玄関と廊下にカーペットを敷いた。  午後からは、母屋の台所の壁を塗えい始めた。  

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淵田弥吉さんと2人で、2年前この里山を購入以来放置していた倉庫裏の改修を始める 2014年11月24日

改修工事前に雑然入っている道具類とごみを全部外に出す。 工事を始める前の様子。 淵田弥吉さん床張り工事開始。 床が完成した・手際よくきれいに仕上がった。  

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2014年11月23日 (日)

横浜に住む孫たちの人生記念樹を植える(横浜みどりアップ計画)

横浜みどりアップ計画のHPへリンク http://www.city.yokohama.lg.jp/kankyo/etc/jyorei/keikaku/midori-up/midori-up-plan/about-midori-up/about-midoriup.html 上の孫が小学校に入ったのを機会に、孫たち2人で記念樹を 植えた。 ミカンの木を植える。 ミカンの木を植え終え記念撮影 家を見下ろす高台の北風を遮る南斜面にミカンの木を植えた。 家の前の花壇には、ハナミズキとドウダンツツジを植える。

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伊豆島の里山整備をユンボを使って小杉さんが行う 約200メートルの軽トラックが通れる農道を作る。

隣のユンボ好きに康夫さんと小杉さん。 この里山の敷地の周りに農道を作る。 またクローラーのベルトが片側外れてしまったが、小杉さんは、すぐに修理を行い使えるようになった。 耕耘機などを保管するコンテナー・アプローチを土で盛る。

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中尾の里山の家 母屋の畳替え 近所の畳屋さん 小櫃の河名さんに依頼した・丁寧な仕事ぶり、素晴らしい・母屋の雰囲気がガラッと変わった。

河名畳店(かわな)は久留里線小櫃駅から2キロほどの君津市戸崎901・携帯090-1115-2971   座布団カバーも統一した。 これで、来週末の故平野 勇さんの1周忌の集まりの準備が整った。

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2014年11月21日 (金)

廃棄処分する絨毯(約65平方メートル)を無料でもらい、高圧洗浄機でクリーニングを行い再利用 2014年11月21日 

 

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アンモナイトの記憶からたどる宇宙の渚プロジェクト リフォーム完成 2014年11月19日撮影

この曲を再生しながらアンモナイトの記憶からたどる宇宙の渚の動画と各写真をご覧ください。

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2014年11月20日 (木)

梅賀正人 リフォームを語る アンモナイトの記憶からたどる宇宙の渚プロジェクトの最後の日に撮影 2014年11月19日

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2014年11月19日 (水)

絨毯張りの技に驚く三條場洋子さん アンモナイトの記憶からたどる宇宙の渚プロジェクト 2014年11月18日撮影

絨毯張りの技に驚く三條場洋子さん アンモナイトの記憶からたどる宇宙の渚プロジェクト 2014年11月18日撮影 三條場洋子さん

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2014年11月16日 (日)

伊豆島の屋敷跡の里山整備に3トンユンボ活躍 2014年11月16日(日)

早朝6時から作業開始・小杉 武さん運転のユンボは力強く作業開始。   大きな大木の切り株をどんどん掘り起こしていく・頼もしい。 10時の休憩で、三條場さんからコヒーとお菓子の差し入れ。 ユンボの運転台に初めて乗って得意顔の三條場洋子さん この日、掘り起こした切り株は10株になった・カブトムシの住み家には最適だ。

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アンモナイトの記憶からたどる宇宙の渚プロジェクト リフォーム工事ピークを迎える・この工事は、梅賀正人さんが主宰する、Arrange Spaceが行っている。この集団は、根っからの職人魂を持った集まりで、空間の素敵な活用が得意な集団。2014年11月13日

ガーデンプレイスの入口にある宇宙の構成 Arrange Spaceの梅賀正人さん、今日はぶち剝いた壁の仕上げ・親子で息の合った仕事を行っている。梅賀さんは、Arrange Spaceを主宰し(内装業)、空間の素敵な活用のお手伝いが得意な根っからの職人魂を持っている人。    

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2014年11月13日 (木)

アンモナイトの記憶からたどる宇宙の渚プロジェクト 内装屋さん(クロス張り)の三宅友好さんの頑張り 2014年11月13日

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2014年11月12日 (水)

中尾の里山の家のリフォーム開始 もっと里山の家に。2014年11月11日

まづは、畳表の張り替え 中廊下・椎の巨木の下の茶の間から玄関を望む 椎の巨木{樹齢約300年)の下の茶の間 茶の間の北側の台所 食器入れの納戸 4 新宅とのつなぎ廊下より台所を望む。 夕方暗くなって、畳を外した部屋の掃除を始める 畳表を新しいものにするために小櫃の畳屋の川名さんにお願いした。畳表を交換する前に10日ほど畳床を乾してから畳表を変えてくれるとのこと、丁寧な仕事ぶり、ありがたい。 掃除終了後  

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2014年11月11日 (火)

梅賀正人さんの仕事ぶり・東京湾からの海風が、この部屋を通り抜けることができるようになり、より一層解放系の開かれた空間出現・アンモナイトの記憶からたどる宇宙の渚プロジェクト リビングの壁ぶち抜き貫通 2014年11月11日 撮影 三條場洋子

梅賀正人リフォームを語る。 この工事は、梅賀正人さんが主宰する、Arrange Spaceが行っている。   この集団は、根っからの職人魂を持った集まりで、空間の素敵な活用が得意な集団。   壁をぶち抜いたおかげで、東京湾からの海風が、この部屋を通り抜けることができるようになり、より一層宇宙の渚につながる空間になった。

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2014年11月10日 (月)

朝から快晴・無風。日が射すと暖かい・皇帝ダリアが咲き始める・庭の菊を生ける。2014年11月10日

皇帝ダリア 庭の菊を昨日とって生けた・朝日を浴び輝いて見える。  

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完熟の庭の柿 小杉武さんと和嶋さん親子で柿もぎ。2014年11月9日

中尾の家の庭の真ん中にある柿木には、11月に入っても柿がたわわになっている。このところの寒さからか一段と甘くなってきた。昼間は、里山に住む鳥たちの食事の場になっている。 手の届くところが無くなってしまったので、軽トラックの荷台に乗って小杉さんが器用に柿を採り和嶋さん親子が、下で網で柿をうけとめる連携プレー。 竹の先を割ってひもでくくっただけの竹竿だが、よく採れる。 大きくて立派な完熟のおいしい柿が採れた。

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2014年11月 8日 (土)

木更津市郷土博物館金のすずでは、特別展・みなとまち木更津400年が開催されている。木更津発見の旅に・ぜひ一度大田山へ 

展示もこれまでになく充実しているのでお勧め。 木更津市郷土博物館金のすずへリンク http://www.city.kisarazu.lg.jp/13,491,38,262.html 木更津市 市制70周年記念 図説 木更津のあゆみ が平成24年11月3日に刊行されている。  各分野の専門家がまとめた図説でわかりやすく完成度の高い物だ。税込2000円 これも木更津市郷土博物館金のすずで手に入る。

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3トン・ユンボの排土板の油圧ポンプの油漏れを自力で直した小杉 武さん これで、この冬里山整備が行える。2014年11月8日試運転OK

試運転開始 この排土板の油圧ポンプからの油漏れ 修理後の試運転OK/これからの季節は里山整備にベスト・ユンボの活躍を期待  

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«アンモナイトの記憶からたどる宇宙の渚プロジェクト リフォーム開始 壁をぶち抜きリビングと一体化。2014年11月7日

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