2014年9月22日 (月)

2014年9月22日快晴 天日干しのもち米の水分量は朝の8時で20パーセント・昨日の夕方は17,5パーセント夕方4時には15パーセントまで落ちた。昼間、平野さんのおばさんと娘さんがお彼岸のお参りに見えた。

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2014年9月21日快晴・もち米をバインダーで刈りとり・運搬車代わりにトラクターを利用。家の庭でお米の天日干し・夕方までにもち米の水分量は15,5パーセントまで落ちた。

  この日は、快晴で、湿度も低く、気温が久しぶりに30度を超えたので、天日干しのお米の水分量は、夕方までに15,5パーセントまで落ちた。  

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2014年9月20日 (土)

ヤンマーロータリーハラーRHS-30AD籾摺り機を使って籾から玄米に。 14日にみんなで手刈したコシヒカリを1週間乾燥させてから脱穀・籾約80キロを籾摺りして約65キロの玄米ができた。今年のコシヒカリの収穫合計は、約840キロ。反あたり収穫6俵・360キロ。

  9月14日にみんなで手刈したコシヒカリを1週間乾燥させて、お米の水分量を16パーセントまで、落としてからハーベスターを使って脱穀。 次は、籾摺り機を使って玄米に。 運転終了後の各部の掃除(エアーコンプレッサーを使ってごみを吹き飛ばす。

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2014年9月19日 (金)

秋のお彼岸を明日に控え、お墓掃除を1日かけて行った。2014年9月19日

午前中は、両親と弟の墓がある善光寺・そのあとは、先祖の墓のある蜜蔵寺。  午後からは、伊豆島の屋敷跡の周りにある、2ヵ所のお墓の掃除・やぶ蚊の大量攻撃にもめげず墓掃除をおこなった。最後は、屋敷跡の庭と入口の斜面の草刈り。 屋敷跡の周りにある先祖のお墓・ここに入っている人は、誰もあったことがない。 ここからは,上のお墓へ この真ん中のお墓には、生前の記憶が唯一ある私のおばあさんが眠っている。 2ヵ所のお墓から戻ってきて最後に屋敷跡の庭と・入口の道路と斜面の草刈りを行った。 畑から奥は、背丈2メートルぐらいある草で覆い尽くされている・ ここをきれいにするのが秋から冬にかけての仕事(約1000坪)。  

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2014年9月18日 (木)

オーガニック米 無農薬無肥料で育てたお米 コンバインで収穫 2014年9月18日

収穫を目前にして、雨の日が続き、田んぼの水が切れず・水路を掘ったり、乾燥しやすく周辺の稲を刈ったりしてきた。 天候も、このところ5日間ほど雨が降らず、田んぼの水切りが進み、ようやく大型コンバインで刈り取りを行うことができた。 この教訓を来年に生かすためには、この冬、大型重機(3トンユンボ)で田んぼの周りに水路を掘り、水切りが早くできるようにしたい。 収穫前の田んぼの様子

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先月末新発売の山本電気の精米機RC41を購入・精米の音が静かで精米スピードが超早い。がんばれ福島。

山本電気、業界最速の家庭用精米機 - 2分30秒で作業完了 マイナビニュース 2014年7月23日 20時59分 (2014年7月24日 09時53分 更新) 山本電気は23日、グローバルブランド「YAMAMOTO」の第一弾製品として家庭用精米機「Bisen~美鮮~YE-RC41」を発表した。発売は8月1日で、希望小売価格は税別22,500円。業界最速となる2分30秒の精米スピードを実現した。 Bisen~美鮮~YE-RC41は、「お米に優しい精米」をコンセプトに、回転数を自動制御するシステムを搭載。このシステムにより、食感を左右する砕米を最小限に抑え、お米の美味しさを低下させる原因となる水分の蒸発や温度上昇を防ぐという。 玄米を精米する場合の仕上がりは、上白米・白米・2分~8分の分つき米の9段階から設定可能だ。通常、白米に精米するとお米の表面に含まれるビタミンB・Eなどの栄養素も多く削られてしまうが、胚芽や糠の一部分を残して精米する分つき米にすることで栄養価を保てる。 また、Bisen~美鮮~YE-RC41では、胚芽を多く残す「胚芽モード」や胚芽を半分程度残しつつ白米のような食感で食べやすくした「胚芽白米仕立て」も選択できる。このほか、シンプルな「無洗米モード」や、一度精米してから時間が経ってしまったお米や買い置きのお米の表面を磨いて、新鮮な風味を甦らせる「再精米モード」を搭載する。 これまで使用していた精米機は、音がうるさく・機械の中に掃除ができない部分があり、米ぬかを完全に掃除することができなく、ウジ虫が大量発生する代物だった。 http://sciencenet.cocolog-nifty.com/kisarazuizushima/2011/10/post-cda4.html その上、フィルターの接続部のスイッチの接触が悪く、何度も故障しながら使用してきた。その上購入価格は約3万円以上もした。値段が高くメーカー品なので信用して購入したが、この3年間トラブル続きで閉口していた。  この精米機は現在でも販売がなされている。 今回購入したのは、友人が山本電気の精米機を使っており、満足しているとのことで、すぐにRC41を購入・、価格は、約2分の1で。高性能・がんばれ福島。  

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2014年9月14日 例年のメンバーで無農薬田んぼの稲刈り(手刈り)

4 和嶋さん家族の稲刈り 小杉武さんは、お得意のバインダーで稲刈り 奥 克彦さん みんなで新米を食べる  

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2014年9月17日 (水)

上総の国(かずさ) 故郷歴史講座 古代編(現在・木更津市中郷) 大寺廃寺が建立され郡家(こうりけ)が置かれる 

各 各写真をクリックすると拡大します。 上総大寺廃寺は、中尾の自宅から北に約1,6キロの地点にあります。 上総大寺廃寺石製路盤 大寺廃寺は、出土した軒丸瓦の文様(複弁八菜蓮華文}によって、奈良飛鳥の四大寺の一つ川原寺との関連が非常に高いとみられ、この川原寺の創建年代に近い、7世紀後半につくられた上総国最古の寺院と思われます。木更津市教育委員会より転載。 弥生時代の水田跡と飛鳥時代の行政府跡?

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飛鳥 川原寺と同時代に上総の国に大寺廃寺が建立され郡家(こおり)が置かれる。(現在の木更津市中郷)

http://www9.plala.or.jp/kinomuku/kawaradera.htm 草創・開基  川原寺は、飛鳥時代の天武天皇期には飛鳥寺、大官大寺とともに飛鳥三大寺として、下って持統・文武天皇期では薬師寺を加えて飛鳥四大寺に数えられ、朝廷に重用されてきた大寺である。これら飛鳥時代の大寺は、日本の正史である「日本書紀」にその創建目的や発願者等について比較的詳しく記載され、特に飛鳥寺は異様なほどに詳細に記述されていることはよく知られるところである。   ところが、川原寺に限っては一切その記載が無く、また後述のとおり室町時代末期に焼失して以降完全に廃寺となったために寺伝も残されておらず、川原寺は創建目的や発願者は誰であるのかなど、全く知ることができない、当時の大寺としては実に不思議な寺院である。 このため当寺院の創建年次は諸説あるが、未だ確定するには至っていない。しかし、「日本書紀」「続日本紀」等の川原寺で行われた諸行事記録や発掘調査による伽藍遺構、出土瓦などの遺物などから、当寺院は、斉明天皇没後から天武朝初期までの間、即ち661~670年代の間に斉明天皇の冥福を祈る為に、天智天皇が発願し斉明天皇の宮であった川原宮(※1)の故地に建立されたのではないかというのが最も有力な説となっている。   ( ※1)川原宮          川原宮について、日本書紀に次ぎのような記載がある。             斉明元年(655)の条 「この冬に、飛鳥板蓋宮に火災があったので、飛鳥川原宮にお移りになった。」             斉明二年(656)の条 [この歳、飛鳥の岡本にあらためて宮を定めた。(中略)やがて宮室が建ち、                                         天皇はお移りになった。宮を名付けて後飛鳥岡本宮といった。」          この記録から、川原宮は、板蓋宮が火災に遭ったので新造された宮ではなく以前よりあった離宮であり、          それが板蓋宮が焼失したので、急遽、皇宮として一時的に使用されたのではないかと考えられている。

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上総の故郷を知る 郷土誌研究の先人 小熊吉蔵先生

http://www.ne.jp/asahi/anesaki/ichihara/kyuukei/oguma/oguma.htm いざ 鎌倉!  甲冑に身を包んだ武士団が駆け抜けた「鎌倉街道」。 鎌倉街道は関東平野に三つの幹線街道があるようですが、わが市原市にも「鎌倉街道」があります。 ただしこの道は幹線街道ではなく、古代から鎌倉へ続く道として利用されていたために「鎌倉街道」と呼ばれるように なったようです。 平成8年 文化庁が「歴史の道百選」を選定しました。(第一次選定78ヶ所)。 その中に「26 鎌倉街道-上総路」として千葉県下で唯一選定されたのが、「上総鎌倉街道」です。 この道を見出したのは一人の地元郷土研究家・小熊吉蔵(おぐまきちぞう)です。 そして氏が「鎌倉街道」を研究する切っ掛けとなったのが「木更津中烏田の示道標」なのです。 氏は昭和七年に発刊した研究書「上総に於ける古街道の研究并國郡司廰との関係」で研究の動機を次のように書いています(原文のまま)。 『明治四十年頃東京帝國大學圖書館内に所蔵の元内務省地理局が明治十八九年頃全國に向って大日本國誌編纂の目的を以て其の資料を徴収されき。其の資料の中上總に関する部を借覧する事を得たり。中に君津郡波岡村元中烏田村字曲り坂に鎌倉道の示道標の在ることを發見し珍らしく思ひたり。歸郷するや閑を得ては度々實地踏査を試みたるに嘗て見る所を聊か異なる点なかりき。』 君津郡誌編纂のための資料蒐集作業の中で偶然に発見した「鎌倉道の示道標」を珍しく思い、実地踏査を試みたのが、「上総鎌倉街道の研究」の始まりでした。 氏は、人から変人扱いされるほど何事にも没頭し、研究に関しても妥協を許さず完璧を追求する人であったようです。  だからこそ、内務省の資料まで借覧し、たまたま見つけた示道標の資料から鎌倉街道の研究を徹底的に行なったのでしょう。 中烏田の示道標があり、小熊吉蔵がいたからこそ、上総鎌倉街道が見出されたのです。 しかし、示道標はその歴史的価値が知られることがなく路傍に捨てられているかの状態であり、また小熊吉蔵の名も研究者や郷土史家の間で語られているばかりです。 これらが益々記憶のかなたに消え去っていくことは、非常に残念なことです。

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2014年9月15日 (月)

子供たちの里山でのオーガニック体験・オーガニック新米の刈り取りから脱穀・もみすり・子供たちはできたての新米のお結びを握る・The Ecology of Imagination in Childhood

    この日、暁星国際小学校の太郎君のクラスメイトをサポートするのは、敬老の日を控えた平野すずゑさん・三條場洋子さん・小杉 武さんと尾高の5人。   週末の土曜日の学校のバザーで太郎君は、自分が植えて刈り取り脱穀・精米したお米を、出品し・10袋完売。

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2014年9月13日 (土)

新米 安値 価格大暴落 新聞で大きく報道 平成26年9月の千葉県産の新米販売価格が10キロ・2380円昨年の新米価格より2000円も安い・今、新米に一体何が起きているのだろうか???…次の日いったら値段が2800円に差し替えられていた???・・・・・・・・・?・

この写真は、近所のスーパーで、2014年9月12日撮影・次の日には、520円値上げして2800円の値札がついていた・一体どういうことなのだろうか?   横浜市でのお米の値段 新聞記事

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2014年9月11日 (木)

From Youtube

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2014年9月10日 (水)

PLANTS OF JAPAN 科学映像館 空を飛ぶ種 植物の営み 進化の多様性  (YOUTUBE科学映像館は,木更津中尾伊豆島プロジェクトによって運営されております)

アルソミトラ ウスキキヌガサタケ フタバガキ   ゼンマイ 大豆の成長 大豆(2) 牧野富太郎 植物教室 進化編 トウカエデ ノジギク トベラ ツリフネソウ キカラスウリ 目で観る生命  細胞性粘菌 植物光合成 原形質流動 Japanese Botny 1896 平瀬作五郎+池野成一郎+南方熊楠 羊歯植物 オジギソウ 牧野富太郎博士が愛したバイカオウレン ヒガンバナ サギソウ まるで空を飛んでいるような ヤッコソウ 牧野富太郎博士が発見命名 コオロギラン 牧野富太郎博士が発見命名 ヒツジグサ カノコユリ オオヤマレンゲ ハマボウ ナツツバキ ツキミソウ タイサンボク

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2014年9月10日 まづ新米400キロを新しく確保した米蔵に。

これまでの米蔵は、元の編集室と顕微鏡撮影室に。 模様替えついでに、この部屋も模様替え。

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2014年9月 9日 (火)

2014年9月9日 6日の夜から降り出した雨も早朝にあがり快晴 田んぼは水浸し・田んぼの水はけを良くするために水路を切る。

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2014年9月 7日 (日)

2014年9月7日 昨日の夜にオークションで競り落とした籾摺り機を茨城まで小杉さんと2人でとりにいく・帰宅後すぐにテスト運転開始。小杉武さんの集中力はすごい…・200ボルトの電源を確保・一度も使ったことのない機械を・取説だけで動かし始めた・籾を入れると玄米がどんどん勢いよく出てくる・・・感動・・・・。

  機械が動き始める…これは行ける・・・小杉さん親子のチームプレイはすごい・・・1時間ほどで約400キロの籾を脱穀して、玄米約300キロが出来上がった・・・・。このクボタの籾摺り機はすごい・・・。 このお店・農機具王の責任者の齋藤さんと小杉武さん。 積み終わったら農機具王の責任者の齋藤さんに展示してある農機具を案内してもらった。 さあ・中尾に戻って試運転をおこなう。

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9月6日 小杉田んぼの稲刈り開始・天候不順が続いてきたので、田んぼの水切りが進まづ、大型コンバインでの稲刈りは不安があったが、佐久間農機の佐久間さんの力で何とか収穫を終えることができた。、その次の家の前の尾高田んぼは、大型コンバインが操縦不能・稲刈りができない・気を取り戻して小杉さんと2人でバインダーを使って稲刈りを行ってみた・何とか刈り取ることができた・このまま田んぼの水が切れなければ大型コンバインでの稲刈りはできない。

田んぼの水が切れてなくかろうじて稲刈りができた。 今度は、尾高田んぼの刈り取りへ 田んぼの水切りが悪く大型コンバイン向かるみのため、操縦不能・ 田んぼの水が切れるまで、刈り取りは不可能なので中止。 このまま、天候不順が続くと・稲刈りができなく、稲が無駄になるかもしれない・・・・・・。それだったら今できることをやってみようと思い立ち、2人で稲刈り機のバインダーを使って、試に稲を刈ることができるかのテストを行った。  バインダーは、元気よく稲を刈っていく・30分ぐらいで10列分を刈り取ることができた・・・・大成功だ。  これで、最悪でも稲刈りができる・・・・・一安心。納屋に刈り取った稲の束を乾す。あとは籾摺り機があれば、自分たちの手で稲刈りが、どんな状況でも対応できる。

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2014年9月 3日 (水)

9月3日快晴2日目 齋藤修三さん ヒヨウタンの成育を見に来る・ヒョウタンの中身の取り出し方伝授。その前に田んぼの実りを見学(朝9時のお米の水分量を測定・18.3パーセント)

初めはなんといっても田んぼの実りを見てほしい。 齋藤修三さん 朝9時のお米の水分量を測定・18.3パーセント この天気が続けば明後日には、コンバインで刈り取りができる。 次は、齋藤修三さんが、ヒヨウタンの中身を取り除く方法を伝授。 齋藤修三さんは数年前からヒヨウタンを育て・乾燥させ・漆塗の工芸作品を作っている。 穴をあけたヒョウタンに土を押し込む。 バケツに水を入れ・ヒヨウタンを入れ。浮かないようにわらで抑えその上から石を載せる・このままの状態で、10日から14日ぐらいのちに種を取り出す。  

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2014年9月2日 11日間続いた天候不順がようやく明けた。朝から洗濯・撮影スタジオの掃除と機材の天日干し・夕方お米の水分量を測定したら18,2パーセントまで下がってきた。

撮影スタジオの掃除 撮影機材の手入れと天日干し。 新米を詰める米袋を天日乾燥   新盆の時の必需品・ミソハギ 中尾の家の前の田んぼ 夕方4時・小杉田んぼの水分量を測定・18.4パーセント・朝から8パーセントもお米の水分量は急激に下がった。  

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2014年9月 1日 (月)

皆さんが田植えしたもち米が立派に育ちました。昨日、試験刈りを行った・刈取ったもち米を一晩乾燥して脱穀・籾すり・餅つきを行い、小杉武さんと無農薬のお餅を味わった。おいしい…じわーと体の中に感動が生まれる) 手刈りで収穫を行うのは9月5日から23日ぐらいまで可能です。

もち米の試刈りを行う。 もち米の収穫は、手刈りで天日干し・自分たちで籾すりを行い・年末に臼で餅つきを行います・もち米を手で植えてくださった皆さん・ぜひもち米を刈り取り・暮れの餅つきにも参加してください・(刈り取りは9月23日のお彼岸ぐらいまで可能です)    

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稲刈り機 稲刈りを来週に控え、面倒なバインダーの修理をやってのけた小杉さん

稲刈り機 バインダーのスターターのひも切断・この面倒な修理をやってのけた小杉さん。 8月30日 もち米の収穫のために必要なバインダーのスターターのひもが切れてしまった・何度も分解を繰り返し、ついに直してしまった小杉武さん。ご苦労様・これでもち米の収穫はOK.。  スターターのひもは800円だが農機屋さんにお願いしたら何万円もかかったかもしれない・小杉さんの器用さと集中力に敬服。

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2014年8月31日 (日)

来週からの稲刈りシーズンを控え農機具の整備と清掃・もち米のためし刈り・明日、もみすりを行い餅をつき・試食。

2014年9月30日午後から農機具の整備と清掃、その後もち米の試刈を行い、稲の乾燥を行い明日、もみすりを行い、 もち米にして・餅をつき試食を行う・無農薬のお餅の味が楽しみ。   もち米の試刈りを行う。

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2014年8月30日 (土)

8月30日早朝・小杉さんが突然・軽トラックに乗って現れた・なんと昨日の夜大原まで行って買ってきたとのこと。中古の4輪駆動の軽トラック・スバルサンバーだ・さっそく2人で車の各部を点検しながら磨きあげた・昼には古さを感じさせない、凛々しいたたずまいのスバルサンバーに生まれ変わった。これで農作業は格段に能率的なる・

2台の軽トラック4輪駆動車がそろったので、農作業の効率は格段にアップ。  

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2014年8月29日 (金)

ヒヨウタンとヘチマの生育報告 2014年8月28日撮影 ヒョウタン約50個・ヘチマ約10本

 

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稲刈りは9月5日から7日に決定・8月23日から29日現在天候不順が続いている。この天候は9月1日まで続き2日からは気温も30度を超え久しぶりに太陽が出る。

2014年8月28日朝撮影 小杉田んぼ・雨が降り続き田んぼは水浸し、今週末は、稲刈りができないので、来週末に稲刈りをする。 もち米 」 もち米 もち米 もち米 コシヒカリ コシヒカリ コシヒカリ コシヒカリ コシヒカリ コシヒカリ コガネグモ 家の前の尾高田んぼ・コシヒカリ 家の前の尾高田んぼ・コシヒカリ 家の前の尾高田んぼ・コシヒカリ

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2014年8月28日 (木)

地元の車やさんベイラインカーズで16年物の軽4駆トラックの車検をおこなってもらった。2014年8月28日

軽4駆トラック・スズキキャリー16年物の車検が通らなく,廃車しかないといわれ困ったいたところ、中尾の家の近所の車やさん・ベイラインカーズの代表である永峰盛充氏に相談したら丁寧に車の話を聞いてもらい、いろいろな不具合を修理していただき、車検を無事通してもらった。料金は良心的な値段に感激。  これで、まじかに迫った稲刈りシーズンに間に合いホットした。 写真左側がベイラインカーズの代表である永峰盛充氏 ・連絡先及びネット関係へリンク 木更津市笹子440-1  ℡0438-53-7329               携帯090-1557-0910  facebook公式ページ http://www.facebook.com/pages/%E3%83%99%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%82%BABay-Line-Cars/122007511268324 車選び.COM  http://www.kurumaerabi.com/store/info/12956/ BayLine Cars Hp http://baylinecars.vpweb.jp/ 各写真をクリックすると拡大写真になります。       車検を通った軽4駆トラック

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小杉 武さんGOPAN(ごぱん)で餅つき体験{簡単・短時間・おいしい)このゴパンでは、1回に500グラムのもち米+水380ccで、1時間後に、約860グラムのつきたての餅ができる。 2014年8月27日夜

釜についたお餅を丁寧にとり、そのまま食べ始めた・満足の様子の小杉武さん。 このゴパンでは、1回に500グラムのもち米+水380ccで、1時間後に、約860グラムのつきたての餅ができる。

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2014年8月27日 (水)

2014年8月26日 もち米の収穫をまじかに控え、餅つきをGOPAN/ゴパンでテスト。 3年前に購入、1年目は無農薬のお米からパンができるので気に入って使った。 その後サンヨーは倒産・今ではパナソニックブランドで生き残っている。GOPAN

スタート50分後に蓋をあけて餅つきを行うと固めのお餅ができる 餅つきが終わったら、熱い餅を型に入れて冷やす。  

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2014年8月25日 秋の気配 これまでの猛暑から一転涼しい秋の気配 千葉県房総の秋の名物になったオオマサリ(巨大な南京豆)が出回り始めた・さっそく茹でて食べる…美味い。

一つの殻が5から6センチぐらいある。

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2014年8月25日 (月)

孫たちの夏休み 木更津市中尾の自宅 

  家の前の無農薬無肥料田んぼは9月7日ごろには 稲刈りができそうだ。  

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善光寺(木更津市永井作)真言宗豊山派・檀家262軒 施餓鬼供養2014年8月24日

今年の施餓鬼は、近年になく参加者が多かった。 善光寺には父と母と弟の墓がある。  

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2014年8月20日 (水)

横浜の家で8月のお誕生日会

 

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2014年8月17日 (日)

2014年8月16日 夕方 小杉田んぼの観察・もうじき刈り取り。

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2014年8月16日 密蔵寺の施餓鬼法要に。(木更津市ほたる野・尾高家先祖供養塔・江戸時代の先祖の墓)

施餓鬼法要 木更津市ほたる野・尾高家先祖供養塔・江戸時代の先祖の墓  

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2014年8月14日 故 平野勇 お爺さんの新盆へ

 

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2014年8月11日 強風が吹く続ける小杉田んぼの様子

動画ー1 動画ー2 動画ー3 動画ー4   動画ー5

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2014年8月 6日 (水)

8月7日 3日の風祭り(風を静めるお祭り)の次の日から今日まで3日間・猛暑が続くなか強風が吹き続き・5株の稲が倒伏したので、田んぼかた水槽に移動して保護。今年もキカラスウリの花が咲き始めた。

8月7日 小杉田んぼは、強風でも倒伏する稲は見られない。(もち米) こちらは、コシヒカリ 尾高田んぼの手前の5株が強風で倒伏。 倒伏した苗を保護。 今年もキカラスウリの花が夜咲き始めた。 撮影木更津中尾伊豆島プロジェクト 尾高俊夫・ 編集 三條場洋子

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2014年8月 4日 (月)

8月3日 中尾の集落の道普請と風祭り。 風祭は・風を静め豊作を願うお祭り。

中尾の集落の草刈りの範囲約1キロの道の脇を9人で草刈りを行った・炎天下大変な作業・朝の8時から休憩をはさんで昼ごろまで・みなさんよく働く。/strong>         草刈りはお昼前に終了。   午後2時からは、毎年恒例の風祭・毎年、部落の各家が順番に宿をやり・皆さんにお酒と食事をふるまう。  ここ2時から始まった風祭りは、6時過ぎに終了。   途中に冷たいそうめんが出た。 最後は、冷たいトマトの食べ物・とてもおいしかった・奥様に感謝。 ありがとうございました。   風祭 かざまつり 風祭 日本各地において、毎年二百十日前後に行われる嵐を鎮めるための祭り。 二百十日は台風来襲の特異日のため、収穫前の農作物が被害に遭わないよう祈願することを目的とする。富山県富山市のおわら風の盆等が代表例である。 地方によっては屋根や竹竿の先等に風上に向けて鎌を立てる「風切り鎌」の風習も見られる。出典・ウィキペディアより

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8月2日 尾高の家の伊豆島にある先祖のお墓2ヵ所の掃除と蜜蔵寺の先祖代々のお墓と善光寺にある両親と弟のお墓の掃除。掃除の後は小杉さんちのプールへ

4か所のお墓の掃除をして汗だく・くたくた…小杉さんちをのぞくと、小杉さんは涼しそうに水泳・我慢できなく、そのままの服でプールへ・初めて入ったプール・快適・・・・・。

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8月1日 平野家のお墓の掃除を手伝う・(この1月に亡くなった故平野勇さんの新盆を控え)

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2014年7月31日 無農薬田んぼにミネラル散布・午後から木更津JA主催のシンポジウムに参加。

午後2時からJA木更津にてシンポジウム参加

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7月30日早朝 無農薬田んぼには蜘蛛の巣が多くなった。

 

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2014年7月27日 (日)

幕張メッセに宇宙博を観に行く  長谷川さん・三條場さん・太郎君の4人で。

宇宙の起源を探る ハヤブサ快挙 小惑星イトカワ サンプルリターン    ハヤブサ展示 失敗したロケットエンジンを太平洋の深海から回収 再使用ロケットRVT-9実験機成功 撮影編集 尾高俊夫・長谷川敏紀 民間による宇宙旅行 民間の宇宙旅行・スペースシップワン テストフライト成功 撮影編集 尾高俊夫 長谷川敏紀  スペースシップー2公開イベント 撮影 クラブツーリズム・編集 尾高俊夫   撮影編集 尾高俊夫 X prize Cup Dr Peter H Diamandis 撮影編集 尾高俊夫 長谷川敏紀 宇宙エレベータ

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2014年7月26日 (土)

今年一番の暑い日 無農薬田んぼの外気温度は40度を超えた・稲たちは、この暑さに負けづ元気 2014年7月25日

YOUTUBEより動画配信 中尾の家の前の無農薬田んぼ・今年一番の異常な猛暑の中、一段と元気な稲たち。 中尾の家の入口 家の前の庭 庭から里山を望む。

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2014年7月25日 (金)

江戸時代の西上総よもやま話し 講師 永井義雄氏 目からうろこの講演に拍手。

江戸時代(幕末)の私の先祖の伊豆島村の様子が、リアルに永井先生の講演で初めて見えてきた。村のコメの生産量は(村高)552,35268(約552石)で、62軒 給数(村に複数の領主)6 内訳は、幕府領・旗本朝倉・跡部・河野・佐野・小宮山で 552石の約35パーセントが、6件の領主に年貢として納められていたとのこと。 ≪一石は225キログラム・上田で1反あたり1石5斗(225キログラム)平均的農家では、約5反の田んぼを所有したいた(約1500坪)自作農が大部分であった。  領主との関係が希薄で、名主クラスでも領主の名前を知らない。藩領に比べて負担が少ない・年貢は決められた石高の35パーセント。実質上、農村は農民たちの自治で運営されている。 農民の年間の休みは、約100日。 収入は、村の組頭(富津では)で年30両で支出は20両。という具体的な話を、初めて聞き、目から鱗・・感動。 後半は、戊辰戦争で活躍した、請西藩主 林忠宗の生涯・この話ももっと時間を作っていただき、もっともっと話を聞きたいと思う。 資料 ネットからの転載  江戸時代の農民自治成立の背景   斎藤幸雄 HP ( 47 愛知 建築設計 ) 10/10/16 AM01 【印刷用へ】 >「村はかつて、実質的には自治組織であった。その性格を短い言葉で表現すると、布施=ボランティアの精神を根底にもちながら、独立精神と主義主張と結束力をもちあわせ、それが侵されようとするときには、一揆をもって応える、という、高く深く、やさしくしたたかな存在だった。」(210686) 江戸時代に、農村の自治が実現できたのは何故か?その背景を調べてみました。 戦国期に始まる兵農分離政策により、農村は完全に農民の自治に委ねられることになり、江戸時代を通じて“共同体”が維持され続けてきたようです。 以下、KNブログ「日本史についての雑文その4 兵農分離」から一部抜粋・編集(リンク) ■戦国期 旧来の封建領主の支配地域において自治を求める農民の動きが出てくる。封建領主からの自立と自治を求める農民の動きに地侍が乗っかって一揆を形成し、それが拡大し、また再編成されて戦国大名の家臣団が形成されていく。 信長は、兵農分離政策を実施し支配下の武士を農村から分離した。これにより武士を経済的に弱体化させることによって手懐けて、その軍事力のみを純粋に特化させて自己の軍事力の強大化を図った。 そして武士を切り離した農村は、完全に農民の自治に委ねられた。そのために検地を行い土地の所有者は封建領主ではなく、実際に田畑を耕す農民自身であるということなった。さらに農村からは武器を取り上げて変な輩が勝手に支配権を振るったり出来ないようにした。これらによって余計な中間搾取者や武器を持って暴れる者もいなくなり、農村は平和で豊かになった。 このように、土地を取り上げた武士を都市部に集め、武器を取り上げた農民による自治に農村は委ねるという政策が兵農分離だった。この兵農分離によって武士を経済的に弱体化して権力の支配下に置き、軍事力を権力の元に一元管理するという、新たな形の中央集権体制は江戸幕府の体制に引き継がれることになる。 ■江戸時代 戦国期の自治農村の自治組織を構成していた武士達が兵農分離で江戸へ連れてこられて幕府組織を形成した。他方、武士を排除することで農村はもっと純粋な形での自治農村となることになった。 これは農村自治を前提とした変則的な中央集権体制で、むしろ武士を土地から隔離することに主眼が置かれていたともいえる。武士階級を権力の手元に隔離しておくために、権力、つまり幕府が武士の生活の面倒を見なければならなくなった。こうして、武士階級の弱体化には成功するが、その後、経済が成長するにつれて武士階級の存在が幕府財政を悪化させ、さらに経済成長の足を引っ張ることになってくる。

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ヒヨウタンとヘチマの生育状態 2014年7月24日撮影・斉藤さんから群馬県月夜野のブルーベリーが送られてきた。

 

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カルガモの5羽のグループが毎日来る小杉田んぼ 2014年7月23日撮影・もち米の穂もかなり出てきている・茎も太く・葉も濃い緑・立派に育っている。

もち米の田んぼの向こうの小山は、中尾城址。 こちらは、コシヒカリの田んぼ

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2014年7月23日 (水)

横浜の公立小学校の1年生全員が、夏休みに朝顔を育てて観察を行っている。気象庁は今日・2014年7月22日梅雨明け宣言

孫たちのマンションが大規模改修で、ベランダが使えないので、六ッ川の家に朝顔の鉢を持ってきた・7月の初めごろ持ってきた朝顔は、それからぐんぐん伸びて、この状態。同時にチャレンジの付録のひまわりも育てている。 朝顔の花が今日の朝は2つ咲いている。 こちらはひまわり。

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2014年7月22日 (火)

中尾城址(木更津市中尾) 中尾の家の西側の小高い丘には、戦国時代に中尾城があった。

各写真をクリックすると大きくなります。 ネットから中尾城址を調べてみると・ネットへリンク http://www1.linkclub.or.jp/~part3/chiba/nakao/nakao.html

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2014年7月20日 (日)

7月20日 無農薬無肥料で育てるもち米 7月16日に初めて穂が出始めて、今日で4日目・ 全部の株から穂が出始めた。

モンキアゲハが吸水 <こちらは、コシヒカリ・小杉田んぼのコシヒカリは、4日ほど尾高田んぼより穂の出方が遅くなっている。

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2014年7月19日 (土)

2014年7月19日 早朝 近所の田んぼでは、無人ラジコンヘリによる農薬の空中散布が行われた。

2014年7月19日 早朝 無人ヘリによる農薬の空中散布が近所の田んぼで実施された。  今年は、昨年と比べて、近所の田んぼでは、この無人ラジコンヘリによる農薬の空中散布は減ってきている。     昨年のラジコンヘリによる農薬散布の様子・2本の動画で見ることができます。 YOUTUBEより動画配信    

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木更津の家の近くにある三井アウトレトパーク木更津が248店舗に増えて、首都圏最大級へ・さっそくオープン2日目に勇んで行った・・・・・・。アウトレットは平日にゆっくり行くのがベスト。

メインゲート前 メインゲート 午後1時ごろ撮影 案内版を見て新しくオープンした場所を確かめる。 新しくできた場所は、今いるところがブルーの色で表示してあるオーシャンゾーン・なるほど良くわかった。 入口にあった2枚のパンフレットを眺めながら歩き始めたが、案内板の地図と向きも新しくできたオーシャンゾーンの区域の色も違う……いったいこれはなんなのであろう。…地図は北半球にある日本の場合は、上が北と頑迷に思って、入口の案内版を見るからいけないので、いまの日本では、案内版は自由に書き,東西南北の表示を隅っこに目立たないように入れればいいのか。なるほど・・・・・。でも地図だと思ってみる人は、なかなか理解できないだろう。 オープン2日目で混雑を予想してきてみたが、駐車場もガラガラ、メインゲートは人がいない・中もかつての熱気は全く感じなかった。ここは、きっとおじさんが来るところではないのだ。  おじさんは、地図をみてわかりづらいが、若い女性たちは、地図を見ないで、お店の位置を来る前から調べてきて知っているのでは。 しかし、千葉県の千葉県観光物産協会のコーナーに立ち寄ってびっくりした・・・。県内の観光案内と物産のパンフレットがたくさんある・じっくり見ながらパンフレットを集めていたら、係りの方がビニール袋を持ってきてくれた・袋いっぱいにパンフレットを収集した。千葉県も新しくできたいろいろな場所と物産があることを知った・これをじっくり見て、県内を観光してめぐるときの参考にしたい・素晴らしい・感謝。

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2014年7月18日 (金)

7月18日4時30分 3日間続いた猛暑もひと段落して霧雨が降ってきた・ヒヨウタンもヘチマも順調に育ち花が咲き始めている。田んぼの稲は順調に穂が出てきている。

ヒョウタンの花 ヘチマの花 田んぼでは、オモダカの花が。 小杉田んぼのもち米は、穂がかなり出てきた。 もち米 コシヒカリ コシヒカリも少し遅れたが穂が出てきた。 ◎尾高田んぼの様子。

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2014年7月16日 (水)

無農薬無肥料の米作り  田植え後66日目 出穂(しゅすい)  2014年7月16日 木更津中尾伊豆島プロジェクト

昨日に続いてうだるような暑さ・雲一つない晴天・気温は朝10時には30度を超える中・稲の穂が出始めた。 小杉田んぼ・もち米の穂 尾高田んぼ この日の夕方までには、両田んぼでは約20株ぐらいづつ、穂が出てきていた。   昨年の出穂の時期は、7月22日 昨年(2013年)は、小杉さんが一番目に出てきた穂を見つけた。 昨年の稲刈りは、コンバインで9月15日に、行ったので今年は、9月7日ぐらいかも。  昨年は、稲刈り直前の台風直撃のほんの少しの晴れ間を縫って、コンバインで一機に行った。         <     この日の撮影は、すべて三條場洋子さん。                     朝10時からはじめた稲刈りはちょうど12時に終了した・収穫は1反歩あたり約500キロ・大豊作だ。  

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2014年7月15日 (火)

無農薬無肥料のコメ作り 田植え後65日目85センチから90センチに成長

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2014年7月14日 (月)

孫たちの収穫 5月に植えたナス・トマト・キュウリ・ジャガイモを収穫・無農薬の玄米を白米に精米して・この日の夕食は野菜サラダとカレーライス・ゆうた君は3回もお代わり.

2014年7月13日夕方撮影 孫たちは、いつもは野菜嫌いだが、自分たちで収穫したミニトマトときゅりは、洗ったそのままで食べる。   この日の夕食は野菜サラダとカレーライス・ゆうた君は3回もお代わり。

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2014年7月13日 (日)

孫たちの夏・2人でトンボを採って。木更津市中尾 2014年7月13日

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2014年7月12日 (土)

小杉邸・プール開き 7月12日・2014年 

  小杉お父さんは、まだ排水管工事中。今日の猛暑で、熱中症になりそう。  

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7月12日 小杉田んぼは。畔の草刈り・稲は順調に育っている。

エンジンの音は、小杉さんが刈払機で畔の草を刈っている音。

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2014年7月11日 (金)

請西藩主・林忠崇 旧請西藩1万石の真武根(まふね)陣屋遺址 ふるさと歴史講座・(木更津市) 

Youtubeから動画配信  脱藩大名 林忠宗の戦い . . 慶応4年{1868年}4代藩主の林晶之助忠宗は戊辰戦争において佐幕派に属し、木更津に集結した遊撃隊の伊庭八郎らとともに、箱根や奥羽地方で転戦した後、仙台にて降伏。  この出陣の際、自ら火を放ち真武根(まふね)陣屋は焼失。   その後、領地も新政府に没収された。 昭和16年歿・徳川幕府最後の大名として人々の記憶に残っている。 脱藩大名・林忠宗 ネット記事にリンク http://katintokei.at.webry.info/201102/article_9.html ウイキぺディアで検索 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9E%97%E5%BF%A0%E5%B4%87 前代未聞・藩主が脱藩・最後の大名・林忠宗へリンク http://indoor-mama.cocolog-nifty.com/turedure/2010/01/post-feb1.html 上総の歴史 http://kazusa.jpn.org/b/archives/category/%E4%B8%8A%E7%B7%8F%E3%83%BB%E5%AE%89%E6%88%BF%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2/jozai/hayashi/page/2 林忠宗と箱根戦争について http://kazusa.jpn.org/b/archives/3174 林忠宗年表 http://kazusa.jpn.org/b/jozai   各写真をクリックすると拡大します。           ▲「真武根陣屋遺址碑」(まふねじんやいしひ) 忠崇が出陣した相州の、根府川で産出する赤みを帯びた根府川石の碑石は、箱根山の陣中で月光を仰いで詠んだ和歌と共に、20代当主林忠昭氏による碑文が刻まれている。 一番上には、徳川将軍より拝領の林家家紋、丸の内三頭左巴下に一文字。   ▲真武根陣屋陣屋懐古詩碑(うたぶみ) 発起人である林勲氏による碑文。氏の物した詩が刻まれている。 一番から五番まで、忠崇の出陣の勇姿を謳うこの詩は柴勝三氏の作曲で歌になっている。   陣屋遺址から木更津市中央霊園入口を望む。     霊園入口から陣屋遺址を望む。         ネットからの転載 前代未聞・藩主が脱藩・最後の大名・林忠宗へリンク http://indoor-mama.cocolog-nifty.com/turedure/2010/01/post-feb1.html 前代未聞!藩主が脱藩~最後の大名・林忠崇 昭和十六年(1941年)1月22日、最後の大名とも呼ばれた請西藩の第3代藩主・林忠崇が94歳で亡くなりました。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 林忠崇(はやしただたか)は、嘉永元年(1848年)、上総請西(かずさじょうざい・千葉県木更津市)藩主・林忠旭(ただあきら)の五男として生まれ、20歳の時に家督を継ぎ、第3代藩主となりました。 請西藩は、わずか1万石の小禄ではありましたが、祖先が真心を尽くして徳川(松平)将軍家に仕えた功績から、毎年、正月元旦には、最初に将軍からの盃を賜る名誉を持つ家柄で、そのぶん忠崇が将軍家を思う気持ちもひとしおでした。 文武両道に優れ、将来は幕府を背負って立つ器と噂された忠崇の、運命が変わるターニングポイントは、藩主になってわずか1年後に訪れます。 慶応四年(1868年)1月の鳥羽伏見の戦い(1月3日参照>>)に始まった戊辰戦争・・・その後、東に向かった官軍と、それを迎える幕府軍も、西郷隆盛と勝海舟の劇的な会見(3月14日参照>>)によって直接対決が回避され、4月11日には江戸城無血開城(4月11日参照>>)となりました。 ただ、この無血開城によって、江戸の町を火の海にする事は避けられましたが、負けを認めた以上、当然の事ながら、この時点での徳川家の存続は風前の灯火・・・官軍の主流が、北陸・東北へと進む中、幕府の一員として納得のいかない一部の者が抵抗を続けます。 江戸幕府・最後の将軍となった徳川慶喜(よしのぶ)の護衛として上野・寛永寺にいた彰義隊(しょうぎたい)は、慶喜が水戸にて謹慎中の身となっても、なおも寛永寺に籠り、5月15日には、包囲した官軍との間で上野戦争となります(5月15日参照>>)。 さらに、上野戦争で敗れた彰義隊の一部が振武軍(しんぶぐん)と名を変え、5月23日には飯能戦争へ突入(5月23日参照>>)となるのですが・・・ そんな幕府の武士による抵抗と前後して、やはり慶喜のもとで遊撃隊(ゆうげきたい)として鳥羽伏見の戦いを駆け抜けた人見勝太郎(ひとみかつたろう)と伊庭八郎(いばはちろう)が、若き藩主・忠崇を訪ねてきたのは4月28日の事でした。 もちろん、日頃の忠崇の幕府=将軍への篤い思いを知っての訪問・・・「徳川家の存続を目指して、ともに戦いましょう」という事です。 忠崇は考えます。 わずか1万石の請西藩・・・とても官軍を相手に戦える軍事力はありません。 しかも、忠誠を誓う将軍・慶喜は水戸で謹慎して恭順姿勢・・・藩主である自分が自ら挙兵したなら、藩も領民も戦いに巻き込む事になる・・・ そして、忠崇は決断します。 閏4月3日を以って、なんと、59人の藩士を連れて、自らが脱藩・・・浪人の身となって遊撃隊とともに参戦するのです。 藩主の脱藩! もともと佐幕派(尊王に対する幕府側)だった請西の領民たちですから、藩主が立てば、自分たちだって、ともに玉砕する気持ちは持っていましたが、その領民のために、自ら脱藩して戦おうとする藩主に大いに感銘・・・この前代未聞の出来事に、彼らの出陣を見送る村人は、皆、道ばたに土下座して、その武運を祈ったと言います。 こうして、戊辰戦争に挑んだ忠崇でしたが、中心人物である人見が留守の間に勃発した箱根戦争(5月27日参照>>)では、小田原藩の寝返りに遭い、奮戦空しく、撤退する事に・・・熱海で、かの人見と合流した忠崇は、箱根で重傷を負った伊庭を品川沖に停泊中だった榎本艦隊に預け、長岡城奪回作戦を展開中の奥羽越列藩同盟(おううえつれっぱんどうめい)(7月24日参照>>)を応援するため、東北へと向かいます。 ウデに覚えのある忠崇は、一連の戦いでも最前線に立って戦う姿勢を見せますが、さすがに家臣たちに「殿様は後方で・・・」と、たしなめられたりもしています。 しかし、ご存知のように、東北での戦いは、連戦連敗となってしまいます。 やがて9月に入って、頼っていた米沢藩・仙台藩が相次いで降伏すると、もはや手を組んで戦う相手もなくなりました。 そんな時、忠崇は、徳川家の存続と慶喜の命が保障された(5月24日参照>>)事を知ったのです。 実際には、5ヶ月前の閏4月29日に決定していた事ですが、各地を点々としていた彼の耳には入っていなかったようで す。 このニュースを聞いた忠崇は、 「もともとの願いが叶った以上、この先の抵抗は私利私欲の無意味な戦い・・・戦いのための戦いになる」 と、あっさりと降伏します。 この決断一つをみても、彼が優秀な人物である事がわかります。 なんせ、脱藩して賊軍としておかみに抵抗したのです。 おそらく、死を覚悟しての投降・・・ 自らの死を目の前にして、うろたえて悪あがきする事なく、冷静に先を読むわずか21歳の青年は、家臣と引き離され、新政府によって監禁される事になります。 しかし、幸いな事に切腹は免れ、しばらくの獄中生活の後、明治五年(1872年)に釈放され、晴れて自由の身となりました。 ・・・とは、言え、忠崇の人生は、ここからが苦労の連続でした。 そう、彼が脱藩したおかげで、林家の家名は存続しましたが、当然の事ながら、当主は甥の忠弘が継いでいますから、彼は、何もないゼロからのスタート。 維新直後は、たとえ、幕府側で戦った過去があっても、一国の大名=藩主なら、華族という特権が与えられていたわけですが、彼には、それが適用されません。 裸一貫となった忠崇は、なんと、地元で開拓農民として、元自分が治めた、その地を自らの手で耕すのです。 その心を思うと、とてもお気の毒な思いがしますが、やはり、それは、元領民たちも同じ・・・あまりにも気の毒に思った誰かの口利きで東京府の下級官員となりますが、それはそれで、忠崇には、何か引っかかる物があったのでしょうか、わずか2年でその仕事をやめ、今度は、函館にて物産商の番頭として働きます。 その後も、大阪で役所の書記をやったり・・・と職を転々としながらの20年・・・普通の没落武士より、はるかに苦悩の日々を送った事でしょう。 そんな彼の汚名が晴らされるのは明治二十六年(1893年)・・・林家の嘆願がようやく聞き入れられ、林家への復帰が許されるとともに、華族の一員となったのです。 晩年は次女・ミツさんと暮らし、ようやく平凡な生活ができるようになった上、94歳の長寿を真っ当したおかげで、大名経験者で最後の人となり、ときおりは、戊辰戦争の生き証人として、マスコミからインタビューを受けるなど、おおむね幸せな生活を送られていたようです。 こうして、昭和十六年(1941年)1月22日、94歳の大往生を迎えた忠崇ですが、彼の時世の句というのは、実は21歳のあの時に詠んだもの・・・ そう、官軍に降伏して、一旦、死を覚悟したあの時です。 ♪真心の あるかなきかは ほふりだす   腹の血潮の 色にこそ知れ  ♪ なんとも、武士らしい、覚悟あふれる句です。 そして、もう一つ・・・彼が晩年に詠んだ句があります。 ♪琴となり 下駄となるのも 桐の運 ♪ 世襲の是非、親の七光りが目に付く今日この頃・・・確かに、2代目・3代目にも優秀な人はいるでしょう。 しかし、一般とは、スタートの時点で違うその得々人生・・・主君のために、その世襲を捨て、底辺の下駄となった彼の人生は、単なる3代目では味わえない有意義なものだったに違いありません。 あの若き日の決断が間違いではなかった事を、晩年の句が証明しているような気がします。  .

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7月11日台風8号一過の青空・田んぼの周りの農道と畔の草刈り。

台風8号が千葉県の富津市に上陸したとのテレビのニュースを聞き、心配で外を見ると、無風で細かい雨が降っているだけ、台風はどこへ行ってしまったのか?その頃台風8号は、我が家の上を,こっそり通過して九十九里の海に逃げていったのだ。朝8時を過ぎると抜けるような青空・今日の台風情報と、天気予報はどうなっているのだろうか?  食事を済ませてから、昼過ぎまでは、田んぼの周りの農道と畔の草刈りを行った。真夏の太陽だが、田んぼの上を吹く風は涼しくて気持ちがいい。 4  

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2014年7月10日 (木)

7月10日早朝・台風8号鹿児島上陸・その影響か南からの雲の流れが早い・台風に備えて田んぼの見回り。

小杉田んぼの様子。 尾高田んぼの様子・昨日ようやく除草のめどがついた。

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日本最大級の蝶・モンキアゲハ(吸水) 2014年7月10日朝、台風8号の影響の南風が吹く中・木更津市中尾の家の庭にて。

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2014年7月 7日 (月)

映像で学ぶ養蜂技術 ローヤルゼリー編/日本ミツバチ編

(1) (2) (3) (5) (6) (7) (8) (9) (10) (11) 日本ミツバチ編 http://www.akitayahonten.co.jp/dvdpage.html

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2014年7月 5日 (土)

2013年度のブログを観る 昨年の出穂(7月22日)と稲刈り(9月15日)

小杉 武さん撮影 出穂・今年は小杉さんが一番乗り・おめでとう。 昨年の写真(2012年7月21日夕方・出穂発見・小杉 武さん。 昨年(2013年)稲刈りの日は9月15日・コンバインで刈り取る。昨年のブログを見る         <     この日の撮影は、すべて三條場洋子さん。                     朝10時からはじめた稲刈りはちょうど12時に終了した・収穫は1反歩あたり約500キロ・大豊作だ。  

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無農薬無肥料の田んぼにミネラルをまく(月末に出穂を控えて) 科学映像館

YouTubeより動画配信              

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2014年7月 4日 (金)

梅雨の木更津中尾伊豆島プロジェクト・中尾の里山の風景 2014年7月3日・4日・

3日の夜半から4日の朝まで雨・朝・雨は上がったが東からの雲が早い・時折陽射しが。 庭の中央にある柿木・下記の身が直径3センチになった。 中尾の里山の入口の門 門の前から里山田んぼ約600坪・(無農薬無肥料でお米を栽培) この1ケ月は、稲の株間のコナギがぐんぐん・毎日毎日は、コナギとのいたちごっこ。 毎日来る野生の合鴨 稲の高さは約75センチ

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2014年7月 3日 (木)

7月1日から小杉田んぼは、中干し開始・7月3日齋藤修三さんと三條場洋子さんの3人で今年の小杉田んぼの素晴らしさを見学。

小杉田んぼより中尾の家を望む。 今年は、初めてもち米を植えた・暮れに餅つきを行うのが楽しみだ。  

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齋藤修三さん・ヒヨウタン・へちま棚を器用に作り植える。7月2日・3日・2014年

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3人の久しぶりの再会・夕食は、地元の食材で。7月2日

田んぼでの草取りを終え、泥をおとしてから・ビールで乾杯。 今日の夕食は、三條場洋子さんの担当・最初は、ハマグリ・あさりの鉄板焼き+白ワイン。 焼肉+赤ワイン 大阪の本場のお好み焼き  

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田の草取り・稲の株間は最後は、両手で草を取り除いてあげる。株に取りついたコナギをとってあげると稲は、突然成長するように見える。

7月2日猛暑・草取りは日中をを避け夕方4時から・撮影は齋藤修三さん 中尾の家の前の無農薬・無肥料田んぼ。  

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2014年7月 2日 (水)

7月2日 齋藤修三さんと三條場洋子さん久しぶりの再会 ジャガイも掘りとヒョウタン棚製作。

ヒヨウタン棚製作  

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7月1日 東京に出たついでに恵比寿の東京都写真美術館に久しぶりによった。

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三條場洋子の映像履歴 医学分野

   

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2014年6月29日 (日)

小杉邸に巨大プール完成 子供たちは大喜び 2014年6月29日 梅雨の合間に。

YouTubeより動画配信

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2014年6月28日 (土)

除草大成功 田植え後47日目の小杉田んぼには草がない。

今年の田植えは5月11日 それから47日目の28日・小杉田んぼには、よく探さないと草は見当たらない。{田ん­ぼの広さ2.5反歩・ この除草大成功の秘訣を聞いた。(木更津中尾伊豆島プロジェクト・2014年6月28日­撮影) 成功の秘訣は・田植え後3週までは、毎回、4時間ほどかけ丁寧に除草を行った・4回以降は­半分の時間で草取り完了・7回目の今日6月28日は約30分で完了・5月中の丁寧な草­取りが成功のポイントかもしれない。 木更津中尾伊豆島プロジェクト・科学映像館

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2014年6月27日 (金)

江戸東京博物館に命を吹き込む展示ボランテイアの人たち 

江戸東京博物館に命を吹き込む展示ボランテイアの人たち。 その一人の山本さん・その活動の一部をYOUTUBEから紹介(山本さんの了承を得て配信)2014年6月26日 各写真をクリックすると拡大写真になります。 江戸東京博物館 ネット記事紹介へリンク https://www.google.co.jp/webhp?sourceid=chrome-instant&rlz=1C1LENN_enJP465JP465&ion=1&espv=2&ie=UTF-8#q=%E6%B1%9F%E6%88%B8%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E5%8D%9A%E7%89%A9%E9%A4%A8 館内の紹介 ◎模型の精巧さは際立っている

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2014年6月25日 (水)

6月25日 木更津高専の湯谷先生と学生たち・ほたる鑑賞を兼ねて研究室で育てたトウキョウサンショウウオの幼生を生まれ故郷のビオトープに返す。

この日は、朝から大雨・洪水警報が発令され、日中は何度が豪雨で心配されたが、夕方には警報が解除され、夕日が射してきた。午後7時10分・プロジェクトの倉庫前に集合して、目的地に向かう・ほたるが飛ぶ前に、育てたトウキョウサンショウウオを田んぼビオトープに返した・7時40分を過ぎると、源氏蛍が飛び始めた・その数20匹あまり・今年の最盛期は、6月8日ごろだった。帰りに下の田んぼの上を20匹あまりの平家蛍が舞っていた。 今、放したトウキョウサンショウウオ 源氏蛍 源氏蛍 この後、8時30分過ぎ中尾の家に戻ってくると・家の前の水路の周辺には、7匹の平家蛍が淡い点滅を繰り返していた。  

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フランス・メイマック現代アートセンター

各写真をクリックすると拡大写真になります。 聖アンドレ大修道院_メイマック現代アートセンター(メイマック,フランス)    place du bucher,19250 Meymac,FRANCE リンク:http://www.cacmeymac.com/ 平川滋子氏のブログからフランス・メイマック現代アートセンターを紹介 http://shigeko-hirakawa.org/blog/?p=1311 ウィキぺディアより平川滋子氏を紹介 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E5%B7%9D%E6%BB%8B%E5%AD%90

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2014年6月23日 (月)

家の前の水路の上に平家蛍が5匹舞い始めた・2014年6月23日午後8時30分撮影

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毎日、無農薬田んぼに来る鴨たちを動画で撮影 2014年6月23日

YOUTUBEから動画配信

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2014年6月22日 (日)

昨日の旧短編映画連合の集まり・2014年6月21日 夏至 築地にて午後2時から5時まで。

youTubeより動画配信

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6月22日 小杉邸のプール設置 雨のため延期に・残念 木更津市ほたる野にて。

朝から雨が降ったり止んだり・朝7時から作業開始は午後1時からに延期・午後1時過ぎに集まったが、雨が降り出しそうな気配で、再び来週の週末に延期・残念。 淵田弥吉さん 小杉 武さん  

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前野寿邦(としくに)・フランス在住の現代美術評論家・氏のアートの世界を変える試みを聞く・この日の出会いがアートの世界を一遍するかもしれない予兆を感じる。2014年6月・東京・南青山にて。

前野寿邦氏 竹内 好氏と前野寿邦氏 この日の出会いから、新しいアートの世界が生まれることを確信。

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夏至 20014年6月21日 AM4時30分 田んぼの草取り開始

この日は、1日あれこれ忙しいので,日の出前から、家の前の田んぼの草取りを開始・カモたちは、もう食事・間もなく小杉さんも・小杉田んぼの抑草は完ぺきだ・7時には終わり引き上げてきたが、尾高田んぼの草のひどさに驚き、猛烈な勢いで草取りを1時間ほど行ってくれた・ありがたい・今日は,おうちゃんの幼稚園のお祭りの日。  

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2014年6月20日 (金)

6月20日 中尾の家の前の無農薬田んぼの朝 いつも日の出前から合鴨が食事

母屋の玄関前にあるソテツの葉を思い切って伐採 全部新しい葉に代わるのが楽しみ。

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2014年6月18日 (水)

6月18日 このところ小杉田んぼには毎日、鴨が3羽

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2014年6月17日 (火)

6月17日 和嶋由加子さん無農薬田んぼ草取り・この方法は、腰に負担が来ないので初心者でもだれでもすぐにできる。

YOUTUBEより動画配信 今の田んぼの草は、コナギが大部分で、オモダカがほんの少し・初めに田んぼの水位をあげ・とる輪くんなどを使って、草を水面に浮かせたあと・このように網で草を回収。この方法は、農家の方から見ればあきれるかもしれないが、 こしに負担がかからないので、誰でもできる。   コナギを浮かせて網ですくい取る。

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2014年6月16日 (月)

6月16日早朝6時22分 トンボ羽化発見(日本の赤とんぼの代表・ナツアカネ)

2014年6月16日の早朝・田んぼの草取りを行っていたら、稲の根本近くに白い塊があるのに気付いた。  近づいてよく見るとナツアカネの羽化だ・約1時間後・羽がしっかりしてきて、身体全体に茶色っぽい色がついてきた。 近づいて写真を撮ろうとしたら少し羽ばたいて近くの葉に止った。約5分ほどしたら、今度はちゃんと飛んで行った。 6時26分 6時26分 7時29分  

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«孫のしょうたくん・朝食前の散歩・小杉田んぼでザりガニを見せられ思わず後ずさり。

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