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2016年7月25日 (月)

チバニアン 77万年前・地球最後の地磁気逆転 認定ならば世界遺産以上の快挙

地球上に3ヵ所しかない「地磁気逆転」の地層が、千葉県市原市にある。ラテン語で「千葉時代」を意味する『チバニアン』として認定をめざしており、採用されれば「ジュラ紀」「白亜紀」などと同様、「チバ」の名が地球の歴史に刻まれる。

千葉県環境研究センターニュースより抜粋掲載

UNESCO(ユネスコ)の機関であるIUGS(国際地質科学連合) では、その基礎となる時間の尺度の標準化のため、それぞれの地質時代の境界を地球上で最も観察・研究しやすい1箇所を国際模式地と指定しています。 なんと房総半島にはその候補地があるのです。このような陸上で観察できる候補地 は日本では初めてで、その場所は養老川上流の市原市田淵付近の露頭(崖となって地層を観察できるところ)です。 市原市田淵の国際模式地候補地

市原市田淵付近の露頭で観察できる地質時代の境界は第四紀更新世の前期と中期との境目(約78万年前)です。この境目は地磁気が逆転した時期で、現在の北がN、南がSの正磁極期(ブリュンヌ正磁極期と人の名前がついています。)と、その前の北がS、南がNの逆磁極期(松山磁極期、日本人研究者の名前がついています。)の境界(松山-ブリュンヌ地磁気逆転、以下M-B境界)になります。

この候補地としては、イタリアの2箇所と日本の千葉県養老川であることが確認されています。房総半島では、1940~60年代に地下資源開発のため、地層の層序(地層の積み重なりの順番)や層相分布(砂層や泥層などの異なる種類の地層の分布)といった基礎的な地質調査が行われ、1960~80年代には古磁気調査など精密な調査が実施され、上総層群国本層中にM-B境界があることが推定されました。

上総層群国本層とは、ネットから検索 https://www.jstage.jst.go.jp/article/geosocabst/2014/0/2014_325/_pdf

1980年代後半からは環境研究センター職員も係わった研究グループによって、 国本層の中部にある厚い深海で堆積した泥層中にみつかった白尾火山灰層下位1mほどに M-B松山-ブリュンヌ)境界があることが明らかとなりました.

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地磁気逆転を含む地層はぎ取り標本(国立科学博物館・地球館2階)

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地磁気逆転を含む地層はぎ取り標本 白尾火山灰層(白尾凝灰岩層:Byk-E) 国立科学博物館・地球館2階)

023_1024x683それでは、実際の現場・千葉県市原市田淵に行ってみよう。

YouTubeから動画配信

 

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千葉県環境研究センターニュース

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ネットから観ると拡大してみることができます

https://www.pref.chiba.lg.jp/wit/documents/news18.pdf#search=

70万年前の地球の歴史から現代まで ネットから転載 100万年前 - 10万年前[編集] 約78万年前 - 最新の地磁気の逆転。 地球磁場は10万 - 100万年ぐらいの不規則な周期で何度も逆転している。この頃の逆転が直近のものである(ブリュンヌ期、約78万年前 - 現在)。これより前の逆転は約250万年前(松山期、約250万 - 78万年前)。 なお、松山期には数回の地磁気逆転イベントが存在する(約100万年前のハラミヨ亜期など)。

地球磁場のナゾ

概ね70万年前頃 この頃から10万年周期の気候変動が見られるようになる(詳細は氷期・間氷期を参照)。 約50万年前 - 北京原人。 約40万年前 - マンモスは、北東シベリアで誕生したとされている[38]。 約23万年前 - ネアンデルタール人の出現。 この頃、温暖期のピーク。 この後、緩やかに寒冷化へと向かい、14万年前頃に氷期のピークとなった。

約20万 - 19万年前 - ホモ・サピエンス(現在のヒト)の出現。16±4万年前のミトコンドリア・イブの存在。 アフリカに出現、10万年前頃にユーラシア大陸にも拡大したと考えられている。 台湾沖で新たな原人の化石見つかる。見つかったのは下あごの骨の右半分の化石。発見時期は不明だが、場所は台湾本島と澎湖諸島の間の海域。[39]。[40]

約15万年前 - マンモスがヨーロッパに現れた。

約14万年前 - 氷期(リス氷期)のピーク。 この後、急速に温暖化へと向かった。

約13万 - 12万年前 - 温暖期のピーク。 現在よりも温暖であったと考えられている。この後、急速に寒冷化し、約11万年前頃から緩やかに上下を繰り返しながら徐々に氷期へと向かった。

約12万5千年前 - 初期のヒト属による火の利用 日常的に広範囲にわたって火が使われるようになったことを示す証拠が、約12万5千年前の遺跡から見つかっている[41]。

約10万年前 - マンモスはヨーロッパから北アメリカ大陸にまで生息分布を広げた。マンモスは寒冷な草原での生活に適応していた[42]。 10万年前 - 1万年前[編集] 「紀元前11千年紀以前」も参照 約10万年前 - 現代人(ホモ・サピエンス)がアフリカを出て世界各地に拡がった(アフリカ単一起源説を裏付けるもの[43]。7万年前との説(後述)もある。ミトコンドリアDNAの分析では、現代人の共通祖先の分岐年代は14万3000年前±1万8000年である[44]。

8万1000年前 - 地球温暖化に伴う海面の急速な上昇が起こっていた。国際研究グループが、気候変動に伴う氷床の拡大、縮小は今まで考えられていたよりも急速に起きる可能性があると発表した[45]。 約7万3000年前 - スマトラ島のトバ火山の大噴火。スマトラ島のトバ湖はこの時の噴火によって形成されたカルデラ湖。 ここ10万年ほどでは最大級の噴火とされ、地球の気温が数年間3 - 3.5度低下した。ヒトのDNAの解析によれば、

7万年ほど前に人類の人口が一万人以下に激減し、遺伝的な多様性の多くが失われ現在の人類につながる種族のみが残った「ボトルネック効果(遺伝子多様性減少)」があったと考えられるが、これがトバ火山の大噴火に関連すると考えられている。→ トバ・カタストロフ理論 7万年前にヒトが衣服を着るようになり、ヒトに寄生するヒトジラミは7万年前に2つの亜種、主に毛髪に寄宿するアタマジラミと主に衣服に寄宿するコロモジラミに分岐した[46]。 7万年前のヒトの出アフリカ説[47]。 7万年前±1万3000年にヨーロッパ人と日本人の共通祖先が分岐[44]。

約5万年前 - クロマニョン人。 約5万年前 - 隕石の衝突でバリンジャー・クレーター(アメリカアリゾナ州)が形成される。 約4万年前 - オーストラリアに人類が渡島したのは4万2000年 - 4万5000年前である。また、オーストラリア最古の人骨の年代はおよそ4万5000年前である[48]。 約3万年前 - ネアンデルタール人がこの頃絶滅。

最古の洞窟壁画 現在知られている古いものでは、南フランスのショーヴェ洞窟壁画(約3万年前?)がある。また、ラスコー(約1万8000年 - 1万6000年前)、アルタミラ(約1万4000年 - 1万3000年前)など多くの洞窟壁画がある。 約3万 - 2万年以前 - モンゴロイドがアメリカ大陸に渡る。 氷河期の時代にベーリング海峡は地続きになっていた。この頃、ユーラシア大陸から無人のアメリカ大陸に人類が移り住んだと考えられている。約1万年前頃までには、南アメリカ大陸の南端地域まで到達した。→ アメリカ州の先住民族参照。

2万6500年前頃 - タウポ湖が大爆発を起こす(VEI8)。 2万5000年前頃 - 姶良火山が大爆発を起こす(VEI7)。 約2万年前 - ウルム氷期(最終氷期)のピーク。気温は年平均で7 - 8℃も下がった。そのため地球上で氷河が発達し、海水面が現在よりも100mから最大で130mほど低かったと考えられている(海水準変動を参照)。その後、温暖化と寒冷化の小さな波をうちながら、長期では徐々に温暖化に向かった。 約1万8000年前 - 日本海に津軽海峡を通って寒流である親潮が流入し、この影響で朝鮮海峡あるいは対馬海峡から表層水が流出した。

約1万6500年前 - 青森県外ヶ浜町にある大平山元I遺跡から土器、石器が出土している。AMS法による放射性炭素年代測定法の算定による。

約1万6000年前 - 東南アジアにあったとされるスンダランドが、海面上昇により徐々に後退。 海面の上昇により、他にも、アラスカとロシアの間にあるベーリング海峡(氷期には陸続きだった)の海没や、大陸と地続きだった日本も徐々に島化が進んだ。

約1万4000 - 約1万年前 - この頃までにヒトがイヌを飼い慣らしたと考えられている。

約1万3000年前 - 日本列島が大陸から完全に離れ、ほぼ今の形を整えたと考えられている。マイナス約60mの宗谷海峡が海水面下に没した。対馬暖流は一進一退を繰り返しながら日本海に流入していき、約1万から8千年前の間に、現在と同じような海洋環境になったと考えられている。 約1万3000 - 1万年前、温暖化が進行しつつあったが寒冷気候に戻った時期である。北ヨーロッパなどでは「新ドリアス期」と呼ばれている。

約1万2000年前 - この頃は、こと座(七夕の織り姫星付近)が北極星だった。この頃アメリカ大陸に人類が移動したとされている[49]。

地球の歳差運動により、北極星は25,920年周期で変化している。

約1万2000年前 - ナイアガラ滝の形成がはじまる。 解凍した氷河の水で滝の形成がはじまった。初期の滝は現在より10kmほど下流にあり、年1mほどのペースで後退しながら現在の姿となった。

約1万2000年前 - イスラエルのヒラゾン・タクティット洞窟遺跡で農耕開始以前の人々が宴会を開いていた証拠が見つかっている[50] 約1万2000年前 - ジェームズ・チャーチワードが著書の失われたムー大陸(1926年刊)でこの時期に太平洋上に存在したムー大陸が沈んだと証言している。

1万年前 - 現在[編集] 「世界の歴史」も参照 約1万年前 - この頃、最後の氷期(最終氷期)が終わったとされる。 約1万年前 - この頃、ヨーロッパ中部の火山活動が終息へ。 アイフェル高地(ドイツベルギー)や中央高地(フランス)の火山活動がおおむね終息。ピュイ=ド=ドームは約8,000年前まで活動を続けた。 前8800年頃、人類が最初に精錬した金属は、銅だった。銅製の小玉がイラクから出土しており、最古の銅製品と言われている[51]。

農耕革命(農耕の開始) 人類史上、重大な事件の1つとされる。この時期より主に磨製石器が使われたことから新石器革命(新石器時代)とも。

前5300年頃(calBC、暦年補正) - 鹿児島南方の鬼界カルデラで大噴火。 日本周辺でここ1万年間の火山活動の中では大規模なものとされている。 → テフラ参照。 約4000年前 - 地球上で最後まで生き残っていたマンモスの化石がロシア国内の北極海の島(ウランゲリ島)で見つかっている[52]。

前5000年 - 前3000年頃 - 完新世の気候最温暖期。 この頃、海面は現在よりも数m(4mから10mまで諸説あり)程度高かったと考えられている。→ 海面上昇、縄文海進。

前3000年頃(5000年前)初期の文明が現れる。 古代エジプト文明、メソポタミア文明など。 人為による環境破壊が少しずつ表面化。 塩害、塩類集積、森林破壊、レバノン杉など参照。 紀元前後 古代ローマ、漢などの古代帝国が出現。

中世は比較的温暖な時期だったとされる。 → 中世の温暖期。 14世紀半ば - 19世紀半ば - 小氷期とされる。 16世紀半ば - 17世紀初頭 - 太陽黒点の活動が低下(マウンダー極小期)。 最近のものでは、もっとも活動が低下した時期とされる。

18世紀後半 - ヨーロッパで産業革命が起こり、エネルギーの大量消費時代がはじまる。 1908年 ツングースカの天体衝突 シベリアのツングースカで彗星か隕石と思われる天体が落下し、大爆発を引き起こした。近年の天体衝突では比較的大規模なもの。仮に数時間ずれていたら、ヨーロッパに落下していた。 1930年代 - 温暖期があった[53]。

20世紀 - 科学技術の発達、人口の爆発的増加(1980年頃から30年でおよそ30億人増加。2013年1月時点の米国勢調査局と国連データの推計によると70億8800万人。)世界大戦、環境破壊、地球温暖化や資源枯渇の懸念。 21世紀 - 新エネルギーの開発と実用化。IT、バイオ技術の発展。多極化する世界。 脚注[編集]

百尾火山灰層 茨城大HPより https://www.ibaraki.ac.jp/news/2015/06/011001.html 地球最後の磁場逆転を1万年以上修正 ―理学部 岡田誠教授ら、極地研とともに調査 千葉県市原市の火山灰層の分析から地球最後の磁場逆転を1万年以上修正 ―理学部 岡田誠教授ら、極地研とともに調査

情報・システム研究機構国立極地研究所の菅沼悠介 助教、茨城大学理学部の岡田誠 教授、海洋研究開発機構の仙田量子 技術研究員らの研究グループが、千葉県市原市の地層中の火山灰層に含まれるウランと鉛の存在比を分析し、地球の最後の「磁場逆転」が約77万年前に起こったことを、これまでよりも信頼度の高い方法で決定しました。これは定説とされてきた年代より約1万年遅い値です。

地球を大きな磁石に見立てたときのN極とS極の向きは、過去に何度も逆転を繰り返してきたことが明らかになっています(磁場逆転)。このうち、最後に起こったとされる地磁気の逆転は「ブルン-松山境界」と呼ばれ、海底堆積物の古地磁気記録を調べたこれまでの研究などから、その年代は約78.1万年前とされていました。

一方、一部の研究者の間では、その年代について疑問も示されていました。

そこでこの研究では、基準試料の年代値がより正確に決められているU-Pb壊変系という手法を用いて、より信頼度の高い年代決定を行うこととしました。 千葉県市原市田淵の養老川岸の地層「千葉セクション」中に見つかった「白尾火山灰」 と呼ばれるブルン-松山境界付近の火山灰層から、ジルコン粒(ジルコニウムZrのケイ酸塩鉱物)を取り出し、ウラン(U)と鉛(Pb)の存在比を、国立極地研究所に設置されている高感度高分解能イオンマイクロプローブ(SHRIMPⅡ)を用いて測定しました。

国立極地研究所に設置されている高感度高分解能イオンマイクロプローブ(SHRIMPⅡ)を用いて測定 http://shrimp.nipr.ac.jp/instruments/shrimp

その結果、地球磁場極性の逆転は、誤差を含めてもこれまでの定説より約1万年遅い約77万年前であることが分かりま した。さらに、地磁気逆転までの詳細な変化と、当時の海洋の酸素同位体比の変動を極めて高解像度で復元、世界の他地域での海底堆積物や南極氷床コアの分析から求められた年代と比較し、この新しいブルン-松山境界年代値が整合的であることを確認しました。

サンケイデジタルHPへリンク

http://www.iza.ne.jp/topics/events/events-9305-m.html

朝日新聞 デジタルHPより転載

http://www.asahi.com/articles/ASHD144JPHD1UTIL01S.html

市原市田淵の科学観光の重要性 (ジオロジック・サイト)

市原市田淵の養老川右岸の崖は「千葉のパワースポット」のひとつとしても知られは じめています。また、古関東深海盆ジオパーク認証推進協議会には、千葉県内にジオロ ジック・サイト*(地質環境保全・文化・景観の観光スポット)として12候補が提案 されています。そのひとつが、市原市田淵です。この田淵の崖(露頭)は、地質科学の 科学的観点から非常に重要な意味をもつ崖であることが、全世界から認められてきてお ります。 *(国際ジオパークに認証されるまでは、以下ジオサイトをジオロジック・サイ トと呼ぶ。)

田淵の時代 46億年もの長い地球の歴史は、恐竜絶滅といった大きな変化がみら れたところを境に時代区分がされており、地層にはその時代区分の証が残っています (そのため時代区分の証拠が最もよく残っているところを模式地と呼ぶ)。 人類の時代とか氷河時代とか言われる最新の地質時代は、地球の歴史の中で第四紀と して区分されております。国際連合の翼下にある国際地質科学連合(IUGS)という 学術団体が承認したものです。そして、この時代は、今から258万年前に始まります。 さらに、第四紀は更新世(洪積世)と完新世(沖積世)に分けられます。現代人が出 現した時代は完新世と呼ばれ、1 万年前に始まります。また、その前の更新世は257 万年間あり、これは前期、中期、後期に 3 区分されます。この更新世前期と中期の境界 (78万年前)における地球環境の急変現象が最も良く把握されるのが、地球上では千 葉県市原市田淵の露頭です。他にイタリアの 2 カ所(Montalbano jorica と valle di Manche)で同じように見られると言われています。IUGSは2012年に 1 カ所に しぼって模式地として承認する予定ですが、その前段階として2011年にIUGSの 下部組織であるINQUA(国際第四紀研究連合)から承認の案がIUGSに答申され ることになっています。 田淵の時代(更新世前期と中期の境界)で何が起こったか 第四紀になると日 本の科学者が発見した地球磁場(地磁気)の反転現象(磁石の北針が、南極を向き、南 針が北を向いた時期)にあたる松山逆磁極期が長く続き、この時期が更新世前期にあた ります。この時期の終わりが78万年前です。

その後、現在の正磁極の地球磁場となり、 ブリュンヌ正磁極期と呼ばれています。つまり、田淵の時代は、松山逆磁極期から現在 の地球磁場にあたるブリュンヌ正磁極期へと地磁気が正常化する時代でした。 田淵の崖の調査から、地磁気の逆転は一気に突然起こるのではなく、逆転したり、戻 ったりと不安定な変化を経て現在の正磁極の極性に安定することも知られています。そ の変化の状況が田渕の地層に克明に記録されているのです。この時期には、田淵でもオ ーロラが頭上から注ぎ、渡り鳥などの飛来はなかったと推定され、地球環境の急変時代 でした。

一方では、新人類なども出現してきた時代です。

したがって、このような地球環境の変わり目は、地質時代の変わり目にあたり、更新 世前期と中期の時代の区切り目にあたるのです。 国際模式地の条件 国際模式地は学術的に重要であることはもちろんですが、その 他に次のような条件が満たされることが重要だとIUGSは述べています。田淵はその 条件を完全に満たしています。

1.概念の表現および同定と標識:世界の更新世前期・中期の境界を、地磁気逆転位置 の少し上位にある白尾火山灰層(田淵)の下面に提案している。この境界はきわめて明 瞭で、説明看板の設置もあります。

2.到達の容易性と保存の確実性:交通の便がよい(小湊鐵道月崎駅・大久保駅より徒 歩 30 分)。特に、新東京国際空港成田から日帰りで観察できる距離にあります。崖の保 存もよい。副模式地も近くにあります。

田淵にゴールデンスパイクを 田渕が国際模式地に承認されれば、崖の白尾火山 灰のところにゴールデンスパイクが埋められることになります。この更新世前期・中期 の境界を示すゴールデンスパイクは、世界では唯一の場所となります。パワースポット に加えてジオパークのジオサイトのひとつとして、科学観光の価値が一段と高まります。 IUGSおよびINQUAの要人を迎えて、国際シンポジウムが市原市で開催される ことは、国際模式地としての優位性を納得してもらえる良い機会です。

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