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2017年3月 4日 (土)

立ち上がらない雑草魂 静岡大学 教授 稲垣栄洋(ひでひろ)先生

静岡大学大学院教授 稲垣栄洋先生 (このページはすべてネットからの転載です・読んでいたら面白く、ぜひ一読してください)  

 「踏まれても踏まれても立ち上がる」 雑草にそんなたくましいイメージを持つ人も、少なくないでしょう。 確かに、1度や2度踏まれたくらいでは雑草は立ちあがってきます。しかし、何度も何度も踏まれると、雑草は立ちあがらなくなります。「踏まれても踏まれても立ち上がる」という雑草のイメージは、じつは人間の幻想なのです。 だからといって、雑草の生き方が「たくましくないか」と言えば、そんなことはありません。 そもそも、どうして立ち上がらなければならないのでしょうか。

植物にとって、もっとも重要なことは何でしょう。それは花を咲かせて、種を残すことです。踏まれても立ち上がるという無駄なことにエネルギーを使うよりも、踏まれながら花を咲かせることを考える方が合理的です。そして、踏まれながら種をつけることの方がずっと大切です。そのため、雑草は無駄に立ち上がるようなことはしないのです。踏まれやすい場所を見ると、雑草は地べたに葉を広げていたり、横に寝そべって伸びていたりします。こうして暮らしていれば、踏まれてもダメージがあまりありません。そして、たくわえたエネルギーを使って花を咲かせ、種をつけるのです。

がむしゃらに立ち上がろうとするよりも、雑草の生き方はずっと「したたか」なのです。 それだけではありません、雑草にとっては、踏まれることは何も「耐え忍ぶこと」とは限りません。 オオバコという雑草は、道ばたによく生えている雑草です。この雑草が道ばたでよく見られるのには理由があります。

オオバコの種は、水に濡れるとベタベタして、くっつきやすくなります。そして、人に踏まれると靴の裏に種がくっついて、遠くまで運ばれていく仕組みになっているのです。こうして種が運ばれた先は、やっぱり人が通る踏まれやすい場所です。こうしてオオバコは道に沿って分布を広げていくのです。

タンポポが風に乗せて種を運ぶように、オオバコは踏まれることによって種を運びます。 こうなるとオオバコにとって、踏まれることは、もはや耐えることではありません。種を運ぶためには、踏まれないと困ってしまうのです。道ばたのオオバコはどれもが、「踏んでほしい」と思っているはずです。

雑草にとって、困難な環境は、耐えたり、克服するだけのものではありません。困難な逆境を積極的に利用して成功することこそが、雑草の生き方の真骨頂なのです。

ところで、雑草は踏まれやすい道ばたによく生えています。 そもそも、雑草はどうして踏まれるような場所に生えているのでしょうか。 雑草は「強い植物」というイメージがありますが、実際にはけっして強い植物ではありません。むしろ、雑草は「弱い植物である」とされています。

じつは、雑草は他の植物との競争に弱い植物です。そのため、雑草は強い植物が生い茂るような深い森には生えることができません。そして、強い植物が生えることのできないような困難な環境を選んでいます。それが、よく踏まれる道ばただったり、よく草取りが行われる空き地だったりするのです。雑草は戦略的に強い植物との競争を避けています。何気なく、どこにでも生えているわけではないのです。

自然界は弱肉強食、適者生存の厳しい社会です。強い者が生き残り、弱い者は滅びる。これが自然界の掟です。しかし、だからと言って、強い生き物しか生き残っていないかというと、そうでもないところが、自然界の面白いところです。自然界を見渡してみると、弱そうに見えるたくさんの動植物たちが自然を謳歌しています。

しかし、厳しい自然界を生き抜くためには、まったくの無策というわけにはいきません。今、私たちの身の回りにいる生き物は、自然界を生き抜いているという点で、どれもが「成功者」です。そして、弱い彼らが生き残るためには、かならず戦略があります。彼らはどれもが「優れた戦略家」なのです。

弱い植物である雑草にとって「戦わないこと」は、とても重要な戦略です。 戦わない戦略にとって、重要な方法の1つは「ずらす」という戦略です。 踏まれる場所に生える雑草は、他の植物と「生える場所をずらす」という戦略です。 それ以外にも「時期をずらす」という戦略もあります。

タンポポには昔から日本にある日本タンポポと外国から帰化した西洋タンポポとがあります。同じタンポポですが、日本タンポポと西洋タンポポとは戦略が違います。 西洋タンポポは春だけでなく、1年中、花を咲かせます。そして、競争相手となる他の植物が生えにくいような道ばたや空き地に生えています。つまり場所をずらす戦略です。

西洋タンポポが一年中、花を咲かせるのに対して、日本タンポポは、春だけに花を咲かせます。そして、花が咲き終わり、種を飛ばし終わると、日本タンポポは自ら葉を枯らせてしまうのです。もちろん、実際に枯れてしまったわけではありません。土の中の根だけを残して、眠ってしまうのです。夏の間、土の中で過ごすこの戦略は、夏に眠ると書いて「夏眠」と呼ばれています。つまり、冬眠の逆です。

どうして、植物の成長に適しているはずの夏の季節にわざわざ眠ってしまうのでしょうか。 夏になると競争相手となる他の植物が生い茂ります。そうすると小さなタンポポには光が当たらなくなってしまうのです。そのため、日本タンポポは春の早いうちに花を咲かせ、他の植物が伸びてくる前にタネをつけてしまうのです。そして、無駄な戦いをすることなく、さっさと眠ってしまうのです。これが時期をずらす戦略です。

このずらす戦略によって、日本タンポポは他の植物が生えるような草むらに生えることができるのです。 植物は動くことなく、平穏な暮らしをしているように見えるかも知れませんが、そんなことはありません。枝や葉は光を奪い合い、見えない土の中では根が栄養分や水を奪い合います。植物たちもまた、常に激しい生存競争を繰り広げているのです。弱い植物である雑草は、勝てない相手と競争するよりも、踏まれたり、抜かれたりする逆境を選びました。雑草はこうして、踏まれる環境に生えています。そして、踏まれたら立ち上がることなく、暮らしているのです。

「踏まれても立ち上がらない」、「強い植物とは戦わない」  雑草のこの戦略を、皆さんは情けないと思うでしょうか。

雑草にとって大切なことは、立ち上がることでも、強い植物に立ち向かうことでもありません。大切なことは「種を残すこと」です。雑草は、ただこの目的に対して最大限で合理的な努力をしています。大切なことを見失わない生き方。これこそが本当の「雑草魂」なのです。

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