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2018年1月 5日 (金)

ギリシア人の物語Ⅰ・Ⅱ‣Ⅲ 購入して読み始める。 (僭主の意味を知ると理解が進む)僭主(せんしゅ、古代ギリシア語: τυραννος (tyrannos); 英語: tyrant)とは・・?

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僭主(せんしゅ、古代ギリシア語: τυραννος (tyrannos); 英語: tyrant)とは・・?(これ以降ネットから転載・感謝)

書き順 https://kakijun.jp/m-e/senn14200.shtml

本来の皇統、王統の血筋によらず、実力により君主の座を簒奪し、身分を超えて君主となる者。僭帝、僭王とも。僭主による政治を僭主政治という。

僭主とは 僭主と称される君主、及び君主となろうとした者は古今東西を問わず存在するが、多くの国々では反乱や謀叛による帝位・王位の簒奪、易姓革命などの非合法により新たな王朝を樹立し君主となる例は数多あり、何をもって僭主と称するかは必ずしも明確には判断しづらいものである。

一般には、君主号を称するものの王朝の確立に失敗した者、その国の歴史や法に基づく正当な手続きを経なかった者、一貫した王統の下で続いた君主の座を一時的に簒奪し、元の王統に奪還された者など、それぞれの国の価値で僭主か否か判断されることが多い。

古代ギリシャの僭主 世界の歴史の中で、特に、君主または政治家に対して僭主の概念が用いられる時代・地域のひとつに古代ギリシアにおける僭主政治がある。古代ギリシアにおける僭主は、基本的に貴族政をとるポリスにおいて、政治的影響力を増大させてきた平民の支持を背景に、貴族の合議制を抑えて独裁的権力を振るった政治指導者をいう。

多くのポリスは、王が神話時代に遡る正統な血統を継いでいることをもってその支配を正当化していた王政から、共和制の形態をとりつつ、貴族階級が実質的にポリスの主導権を掌握する貴族政に移行していた。

貴族が貴族であるためには、血統や出身地のほかに、戦争に際して、武器・防具・食糧などの軍需物資とその輸送手段を自費で準備し、残された家族の生活まですべて含めた兵役を負担できるための経済力も必要だった。

しかし、平民であっても交易などによって貴族階級に劣らない経済力を備えた富裕な市民が増え、一方で没落して兵役を負担できなくなる貴族も少なくなく、それまではもっぱら貴族によって担われていた兵役を平民が負担するようになり、その力が他のポリスとの戦争の勝敗を左右することになると、平民がポリスの政治から疎外されていることに対する不満が増大していった。

こうしたなかで、平民階級の利害を政治に反映させることを主張して彼らの支持をとりつけ、数の力で貴族階級の担う共和制の制度を廃止または形骸化して、個人として権力を掌握する者が登場してくる。

彼らは、貴族階級が独占していた共和制という枠組みを平民階級に開放するというスタンスをとったので「王(バシレウス)」と称することはなく、多くの場合明確な官職・役職につくこともなかった。

支持者からは、小アジアに起源を持つ外来語で「支配者」を意味する「テュランノス」の語で呼ばれた。「テュランノス」ということばはもともと価値判断を含まないものであり、その権力の非合法性を強調した日本語訳「僭主」は正確な翻訳とは言えない。

僭主は、実力を高めてきた平民階級と既得権を守ろうとする貴族階級との軋轢のなかで登場した過渡期的存在であったため、アテナイのように、貴族階級と平民階級を包含した市民団が成立し、市民団全体によるポリス運営である民主政の創出に成功したポリスでは、抑圧的な独裁者として糾弾されることとなった。

アテナイでは僭主の出現を防ぐために陶片追放の制度が導入された。

古くからの貴族政を維持できたポリスはさして多くなく、またギリシャから地中海・黒海沿岸の各地に進出した移民が建設した歴史の新しいポリスもあり、多くのポリスで僭主が出現したが、そのあり方はさまざまであり、王を称して自ら世襲の君主となる者もいた

イタリアにおける僭主 13世紀からルネサンス時代にかけてのイタリア半島では共和制を敷いていた各都市国家内で、富裕な一族から公職選挙などを操作し、事実上国家を支配する僭主(シニョーレ)達が出現した。ミラノのヴィスコンティ家、フィレンツェのメディチ家などはその最たる例である。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説 僭主政せんしゅせいtyrannisギリシア語

古代ギリシアのポリスにおける僭主支配の政治体制。

僭主政は、紀元前7世紀なかばごろから前1世紀にまでわたるが、僭主の現れなかった前460~前406年を境にして、前期僭主政と後期僭主政とに分ける。前者は、貴族政の動揺期、まだ独力で貴族を倒すだけの力が平民にない段階において、野心家の貴族が、重要な官職や祖国防衛戦での功績などを利用して平民の人気を集め、彼らの協力と、外国の権力者の援助などを得てクーデターを起こし、貴族政を打倒して樹立した独裁政で、コリントのキプセロスKypselosとその子のペリアンドロス、シキオンのクレイステネスKleisthenes、アテネのペイシストラトス、サモスのポリクラテスなどが代表的な僭主であった。

 僭主は、市民から武器を取り上げ、自身は親衛隊や傭兵(ようへい)部隊を擁し、貴族に対しては処刑、追放、財産没収などで弾圧した。市民一般に対しても、陰謀を企てる機会を与えないために、中心市に出て怠惰に時を過ごすことを禁じたり、財源確保のために租税を取り立てたりしたが、平民の支持を保つために小農民の保護や商工業の奨励に努め、また主要な官職は一族で抑えつつも、従来の官職組織や制度習慣はできるだけ維持した。

さらに、詩人や芸術家を保護して独裁政の飾りとし、建築事業や土木工事を起こして、中心市を美化し、市民の生活に便宜を供し、有力な外国勢力や宗教の中心と友好関係を結んで支持者を拡大した。最悪の政治体制という古代の多くの政治思想家の批判にもかかわらず、かならずしも過酷な支配ではなかったが、暴君政に堕したものもあり、また平民の成長につれて独裁政への反発が強まったため、多くは2代で打倒され、もっとも長く続いた場合も100年であった。

その崩壊には平民より貴族のほうが貢献し、外国の武力干渉によった場合もあったので、崩壊後ただちに民主政になることは少なかったが、前期僭主政は、独裁政の維持を追求しながら平民の成長を助け、結局、民主政の成立を促進した。

 後期僭主政は、前期僭主政との共通点も少なくなかったが、ポリスと民主政の衰退期に現れたという事情から、平民よりも傭兵に頼る軍事独裁者の性格が強く、平民の利益を図る姿勢も弱かった。

シラクサのディオニシオス1世、2世やアガトクレス、テッサリアのフェライPheraiのイアソンIasonなどが主要な僭主であった。[清永昭次] 出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書 世界大百科事典内の僭主政の言及 【シニョリーア制】より

中世末期のイタリア都市における事実上の君主制。シニョリーアsignoriaは主権を意味する。 古代ギリシア都市の例を援用して〈僭主制〉と訳す場合もある。また主権を掌握した君主をシニョーレと呼ぶ。11世紀以降,北・中部イタリアの各地に成立したコムーネ(都市国家)は,13世紀に入ると党派の対立,都市相互の抗争の結果,政治的な安定を失い危機を迎えることになった。

一部の都市,とくに大都市に圧迫されているロンバルディアやロマーニャの中小規模の都市において,権力を一人の有力者の手に集中することによって危機を克服する試みが行われた。… 【専制政治】より …古代ギリシアのポリスにおける自由の観念は,このようなオリエント的専制政治との差異の意識に基づいて成立したのである。伝統的政体論において最も危険で堕落した体制とみなされた僭主政治,すなわち支配者が不法にその地位につき,あるいは権力を濫用してみずからの利益のみを追求する政治は,専制政治の一つと考えられる。また,帝政ローマ期に皇帝がみずからの手に権力を集中し,皇帝崇拝を要求するにいたる過程は,オリエント的専制政治の導入とみることもできよう。…

【独裁】より …広義には,他人の意見を聞きいれず一人でものごとを決める意で,企業内(〈社長の独裁〉)や集団内(〈町内会長の独裁〉)で用いられることがあるが,それは政治用語から派生した比喩的用法である。類語として専制政治despotism,オートクラシーautocracy,暴政・僭主政tyrannyなどがあり,日本語の独裁はこれらの意味を含み,despotism,autocracy,tyranny等も独裁と訳される場合がある。

政治学用語としては,専制政治が少数者の恣意にもとづく政治であるのに対して独裁は大衆の支持ないし参加を背景にもつものとして,オートクラシーが立憲制や権力分立に対置される統治方法概念であるのに対して独裁は自由主義や民主主義と対置される体制概念であるとして,また,僭主政がアリストテレスなどにおいて君主政に対比され,その堕落形態とされるのに対して独裁は古代ローマに発し現代にいたるさまざまな政治体制に適用可能であるとして,区別される場合がある。…

※「僭主政」について言及している用語解説の一部を掲載しています。 出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

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